ほろ酔いsweet☆bath

蓮水千夜

ほろ酔いsweet☆bath

 偲信しのぶ義帰よしきの住むマンションの部屋の前に立ち、玄関のチャイムを鳴らした。しかし、何の反応もない。どうやら留守のようだった。


「こういうときに限って、留守なんだよなぁ」


 はぁ、とひとつ溜息を漏らし、持っていた合鍵で部屋の中に入る。もともと、明日会う約束をしていたのだ。だから、一日前に来ても、問題ないと思っていたのだが。現実はそう甘くないらしい。


 とりあえず、部屋の電気を点け、リビングに向かう。


 いつもなら、夕飯は義帰が作る美味しい手料理を一緒に食べるのだが、今日はすでに仕事の合間に済ませていた。半分、ご飯目的だった昔と違い、今はご飯がなくても、少しでも義帰に会いたいと思う自分がいる。これが恋人同士というものなのだろうかと思うと、少し気恥ずかしい気持ちになった。


「とりあえず、テレビでも見ながら待つか!」


 気恥ずかしい気持ちを振り払うように、叫びながらテレビを点ける。なんとはなしにテレビを見ているうちに、偲信は次第に深い眠りに落ちていった――。



◇◆◇◉◇◆◇



 物音が聞こえたのは、それからどれくらい経った後だろうか。義帰が帰ってくる気配を感じ、偲信は目を覚ました。


「ただいまぁ。偲信? 今日、来てるの?」


 いつもよりふわっとした声で、玄関先から話しかけられる。


 ――もしかして、少し酔っているのかな?


 そんなことを考えながら、玄関まで義帰を出迎えに行った。


「おかえり、義兄よしにい! 今日、思ったより仕事が早く終わったから、会いに来たんだ。義兄を驚かそうと思って、黙って来たんだけど……。こういう日に限って留守なんだもんなぁ」


 後半は、ちょっとおどけたように言ってみる。


「そうだったんだ……! ごめんね。今日は急に、職場の同僚に飲みに誘われちゃって……。でも……、待っててくれたんだね。ありがとう」


 義帰は申し訳なさそうにしたあと、満面の笑みでお礼を言ってくれた。

 薄縁うすぶちの眼鏡からのぞく優しい瞳に、猫のようなふわふわなくせっ毛。そんな義帰が笑うと、年上なのにどこか幼くて、可愛らしく感じてしまうから不思議だ。


 それにしても、やっぱり義帰は少し酔っているみたいだった。うっすら顔が赤いし、いつもよりぼうっとしている気がする。


 そもそも、義帰は普段あまりお酒を飲まない。少なくとも、偲信と一緒にいるときは、飲んでいる姿は見たことないし、家にも調理用の酒しか置いていなかったはずだ。だから、酔っている姿は見たことがなくて、偲信にとってはそれが少し新鮮だった。


「いいって! いいって! それよりさ、疲れてるだろうし、早めにお風呂にでも入ってきたら? お互い明日は休みだし、ゆっくり話すなら明日でも……」


 もう少しそんな義帰を見ていたい気もしたが、今はもう遅い時間だ。早めにお風呂にでも入って酔いをまして、寝た方がいい。そう思って、靴を脱いで部屋に上がって来る義帰の気配を後ろに感じながら話していると、いきなり背後から抱きしめられた。


「っ! ……よし、にい?」


 いつもとは違う義帰の行動に戸惑っていると、ぎゅっ、と義帰の抱きしめる手に力が入る。


「……偲信」


 普段より熱を帯びた声が偲信の耳を刺激する。それだけで、どうしようもなく自分の顔が火照ほてっていくのを感じた。


「……何? どうしたの?」


 動揺を抑えながら、努めて冷静な声で聞く。

 これくらいで、動揺しているとバレたらそれはそれで悔しい。


「…………」


 返事がないので、少し体を動かし義帰の方を覗き込む。


「義兄……?」


 その瞬間、肩口に顔をうずめていた義帰と視線が合った。


 どこか熱を持ったようなその瞳に目をらせずにいると、そのまま肩を引き寄せられ、強引に唇をふさがれる。


「ッ……!」


 いきなり過ぎて、一瞬、何が起きたか分からなかった。引き寄せられた体は義帰と正面から向き合うような体勢になっており、その体もまた、義帰の力強い腕で抱きしめられ、逃げることができない。


「……ふっ、……んっ!」


 義帰はもう一方の手で、偲信の短い髪を優しく撫でながら、さらに口づけを深くしていく。

 髪を撫でる手はこんなにも優しいのに、口づけはとても激しい。そのギャップに戸惑いながら、偲信はただただ、義帰の体にすがりつくことしかできない。


 息つく間もなく、さらに熱を帯びた舌が偲信の中に入り込んできた。


「ッ! ……っんん! ふっ、ぁっ……」


 こういう深いキスは未だに慣れない。義帰に口の中を乱されて息苦しいはずなのに、それ以上に、ゾクゾクと今までは感じたことのなかったような感覚に支配され、体が熱くなる。


「よ、義兄……、もうっ……!」


 力が入らなくなってきた手で、精一杯義帰の体を押しやり、何とか声を上げる。

 これ以上は、本当にいろいろとまずい気がした。心も体も全て溶けて、何も考えられなくなりそうだ。


「はぁっ……! ッ……! ごめんっ! つい、止まらなくて……」


 義帰が偲信の抵抗に気づき、体を離してくれた。


「だって……。偲信に会いたいなぁって思ってたら、偲信が家にいたから……。すごく嬉しくて、抱きしめたくなっちゃって……。 そしたら、偲信が可愛い顔で見つめてくるから……、その……、すごく、キスしたくなったんだ……」


「なっ……⁉」


 あまりのストレートな物言いに、こちらの方が照れてしまう。


 ――よ、義兄って、こんなキャラだったっけ⁉ というかいつもより言動が幼くなってるような……⁉


 いろいろ混乱しながら、そんなことを考えていると、義帰は項垂うなだれていた頭を上げ、上目遣うわめづかいで偲信の顔を見る。


「……嫌、だった?」


「っ……!」


 そんな、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、そんなことを言うのは、実に卑怯だと思う。そんな風に言われて、嫌などと言える訳がなかった。いや、別に嫌だった訳ではないのだが。


「別に嫌じゃないけど……、急だったから、びっくりしたって言うか……。やっぱり義兄、今日相当酔ってるだろ! だっていつもは、急にこんなことしないし……」


 いろいろ恥ずかしくて、顔を背けていると、落ち込んだ声が聞こえてきた。


「……こんな俺は、嫌い?」


 ――だからそんな捨てられた子犬みたいな顔やめてほしい‼


 なんだか自分がすごく悪い奴みたいな気がしてきた。


「だっ、だからっ、嫌いじゃないってば! そんな顔するなよ!」


 一生懸命、フォローしてみる。


「……本当⁉」


 すると、義帰がふわっと、花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「……!」


 ――ちくしょう! かわいいなっ‼


 そんな笑顔に、思わずキュン、としてしまう。偲信はこの義帰のとろけるような笑顔に、どうも弱かった。


 とりあえず、いつまでも玄関先にいる訳にはいかないので、二人で居間に行く。偲信がソファーに腰掛けると、義帰も上着を脱いで、そのまま偲信の隣に腰掛けた。


「よ、義兄……?」


 なんか……、いつもより距離感が近い気がする。いや、恋人同士だから別に何の問題はないのだけれど、やっぱりいつもと少し違う義帰の行動に戸惑ってしまう。


 偲信がそわそわしていると、義帰が何やら遠慮がちに問いかけてきた。


「……あのね、偲信。俺、やってみたいことがあって……」

「な、何……?」


 話すのに勇気がいるのか、顔を赤くしてもじもじしている。しばらくして、ようやく話す気になったのか意を決したように切り出した。


「……その、俺っ……、 偲信と一緒にお風呂に入りたいんだっ、けど……!」

「…………。……へっ⁉ い、いや、えっ……? お風呂っ⁉」


 正直、全く予想もしていなかった言葉に、一瞬頭が真っ白になった。


「うん……。だめ、かな……?」


 うつむき加減で、懇願するように見つめてくる。


 ――だから、その顔は卑怯だろっ!


 こんな顔をされて断れる奴などいるのだろうか……。


「だ、だめっていうか、なんで急にそんな……。やっぱり今日の義兄おかしくないか⁉」


 わずかな抵抗とばかりに、懇願する顔から目を逸らして話す。


「……おかしくないよ」


 ぼそり、とつぶやくような声が聞こえた。


「……へっ? 今なんて……」


 思わず義帰の方を見ると、真剣な眼差しの義帰と目が合う。


「別に、おかしくない。急って訳でもないし……。本当はずっと……、もっと、偲信に触りたいって思ってたんだよ……?」


 一瞬、泣いているのかと思った。そんな、切ない顔をしていた。


「ッ! あっ……!」


 そう思ったのも束の間、気付けばまた唇を塞がれていた。そのまま、ソファーの上に押し倒されるような形になる。


「ふっ……んんッ! ぁ……、んっ……」


 さっきより性急ではない。けれど、今度はゆっくり、ゆっくりと浸食されてくようで、体がさっきより熱くなっていく。


「はぁっ……、ぁ、ダ、ダメだよ……。こんな……あッ!」


 義帰の唇が偲信の首筋を這う。そのかんにも、義帰は偲信のシャツの中に手を滑り込ませ、肌をなぞっていく。その動きに偲信の体は思わずビクッと、反応してしまった。


「いやっ……! ちょっ、そんなとこ、ぁッ……! ダメっ……‼」


 義帰の唇が、手が、偲信の敏感な場所に触れてくる。これ以上されたら、おかしくなってしまいそうだ。


「ねぇ、一緒に入ろ? ……嫌なら、ずっとこのまま……」


 耳元で甘くささやく声は、まるで悪魔のようだ。普段の義帰からはとても想像できない。


「は、入るっ! 入るから、もっ、や、めて……」


 涙目になりながら、観念して入ることを了承したが、にっこりと笑う義帰を見ていると、やはり早まったかと思ってしまう偲信だった。



◇◆◇◉◇◆◇



「あっ……! ああぁッ!」


 どうして、お風呂場はこんなに声が響くのだろう。自分の声が反射して、どうしようもなく恥ずかしい。しかも、こんな狭い浴槽の中では、否応いやおうなしに体が密着してしまう。


「偲信……! はぁっ、ぁ、……好き。大好き……。もっと、かわいい声……聴かせて?」

「はぁっ、んッ……!」


 後ろから抱きしめられるような体勢で、しつこく義帰に攻め立てられる。もはや、まともな思考が出来なくなってきた。意識が飛びそうになりながらも、義帰の腕の中に納まるような形で浴槽に浸かっていると、ふいに耳元で囁かれた。


「……ねぇ、偲信。俺はいつまで、偲信のお兄ちゃんなの……? せめて二人っきりのときだけは、名前で呼んでって言ったよね……?」


 そう言って、偲信の耳を甘噛みする。


「あっ……! ちょっ⁉ そ、そんなとこ噛まないで……!」

「だぁめ。呼んでくれるまで、離さない。……ねぇ、呼んで?」


 もてあそぶように、何度も耳をくわえられ、舐められる。


「っ……! よ、義帰……。義帰っ!」


 耳から伝わる熱に侵されそうになりながら、必死に名前を呼んだ。


「ふ、はぁ……。よくできました……。んっ……」


 背後にいる義帰の方に顔を向かされ、唇を塞がれた。包み込む様な優しいキスに、体の力が抜けていく。


「ねぇ、もっと呼んで……。お願い」

「……義帰。義帰……。よ、し……んっ……」


 キスの合間に精一杯名前を呼ぶ。それだけで、本当にどうしようもなく嬉しそうな顔をするから、たまらなく愛しくなってしまう。


「……偲信。愛してる……」

「……おれ、も……」


 そう言って、自分からもキスを返す。義帰は少し驚いた顔をしたが、その後すぐ暖かい、陽だまりのような顔で微笑んだ。


 ――あぁ、やっぱりおれは、この笑顔が大好きだ。


 そして、この日はお風呂から上がった後も、一晩中ベッドの上で義帰に愛され続けることとなった。



◇◆◇◉◇◆◇



「んっ……?」


 ベッドの中で何かが動く気配がして、偲信は目を覚ました。


 うっすら目を開けてみると、窓から朝日が差し込んでいる。


 ――もう、朝か……。


 朝日を見ているうちに、次第にぼんやりとした思考がはっきりしてきた。


 ――そうだ。おれ昨日義兄と……。


 思い出して、体が熱くなる。思わず、義帰がいるほうを見ると――、

 義帰がこっちを見て固まっていた。


「よ、義兄、お、おはよう」

「……お、おはよう」


「…………」

「…………」


 思わずお互いに固まってしまい、言葉がでてこない。

 すると、義帰がゆっくり起き上がり、口を開いた。


「えっと……。し、偲信? た、確か明日というか、今日来るって約束だったよね? あ、あれ? こ、この状況って……」


 嫌な予感がして、思わず偲信も起き上がり、問いかける。


「ま、まさか、義兄……。昨日のこと覚えてないのか……?」

「……ご、ごめん……」


 青ざめた義帰が申し訳なさそうに項垂うなだれる。


「……ふーん。そうか……。おれにあーんなことやそーんなことまでしといて、何も覚えてないのか……。なるほど、なるほど」


 笑顔でうなずく、偲信。そして、


「……歯ぁ、くいしばれぇっッ……‼」


 鬼のような形相で、義帰に殴りかかった。


「ッ……⁉」


 思わず、そのこぶしを受け止める義帰。


「あ……。ご、ごめん。思わず受け止めちゃった……」


 ――まぁ、義兄は意外と強いし、体も鍛えているから、おれの拳を受け止めるくらい簡単なのかもしれないけれど……。


 なんだか、涙がでてきた。


「よ、義兄のばかぁぁぁあああっ……!」

「ごめん、ごめん‼ 本当にごめん‼ ちょっと待って! 思い出すから! ちゃんと、思い出すからっ‼」


 泣き出してしまった偲信を前にして、慌てて言葉を紡ぐ。


「うっ、うぅっ……」


 義帰は、偲信を抱きしめ頭を撫でながら、ぽつぽつと語りだした。


「えっと……。確か昨日は、次の日偲信に会えるから、かなりわくわくしてて……。そしたら、職場の同僚が話しかけてきたんだ。それで、わくわくしている理由を聞かれて……。恋人が明日来るからだって言ったら、恋人と今どんな感じなのか詳しく聞きたいって、飲みに誘われたんだ……。それで、確か……」


 何か思い出したのか、義帰の顔がどんどん赤くなっていく。


「義兄……?」

「……思い出した」


 言いながら、片手で顔を覆う。


「! ……本当に⁉」


 義帰は、恥ずかしそうにしながら言葉を続けた。


「その……、飲んでいるときに、いろいろアドバイスをされて……。俺は、付き合うのは偲信が初めてだから、付き合った後どうするか、とか分からないことも多くて……。そ、それで……」


「それで?」


「い、いわゆる、その……何というか、いろいろイチャイチャする方法を教えてもらったというか……」

「イ、イチャイチャって……」


「そ、その中の一つに、一緒にお風呂に入るっていうのがあって……!」


「あっ……! そ、それで昨日、いきなりお風呂とか言い出したのか⁉」

「う、うん……」


 そう言って、恥ずかしそうに目を逸らしている義帰の顔は完全に真っ赤になっている。


「ごめん……! お、俺、昨日帰ってから無理やり偲信にいろいろ……! 偲信のことすごく大事にしたいって……。思いが通じ合えただけで、十分だって思っていたのに……! 昨日は全然理性が効かなくて……!」


 まくし立てる義帰の頬に、手でそっと触れる。


「……別にいいよ」

「で、でも、俺、きっと偲信のこと傷つけた……!」


 その目は、今にも泣き出しそうに潤んでいた。


「そんなこと、ないよ。まぁ、確かにいつもの義兄と違っていろいろ積極的だったから、驚いたけど。それだけ、その……おれのこと、欲しいって思ってくれたんだろ……?」


 恥ずかしかったが、思い切って問いかけてみる。


「……うん。実はいつも、結構我慢してて……」


「じゃあ、もう我慢しなくていいよ」


「で、でもっ……! もし、偲信に無理させてたらと思うと……!」

「無理してない!」


 そう言って偲信は義帰の頬を、両手で思いっきり引っ張った。


「い、いひゃッ……⁉」


「そういうの、無理って言わないから! おれはそんなにやわじゃない! それに……びっくりしたけど、嬉しかったし……。だって、義兄、普段そんなにおれに触れてこないじゃん。だから、おれいつも男みたいな恰好してるし……、ひょっとして、なかなかその気にならないのかなーって、ちょっと……、いや結構、割と悩んでて……」


 正直、このことは、付き合い始めてからずっと気にしていることだった。自分のことを大切にしてくれているのだろうとは思うものの、やっぱり女性としての魅力はあまりないのではないかと。だからと言って、いまさら女性の恰好で義帰に会いに行くのもそれはそれで恥ずかしい気もするし、というかずっと男の恰好で生きてきたし、今さらどうしたらいいのか……とか考えると、やっぱりいつも通りの男装で会いに行ってしまうのだ。


「そ、そんなことあるわけないっ! 恰好とか関係なく、俺はいつでも偲信に触れたいと思って……!」


 その言葉に、お互い思わず、かぁっとなって固まる。


「そ、そっか……」

「う、うん……。そう、だよ……」


「…………」

「…………」


 最初に、沈黙を破ったのは偲信の方だった。


「えっと、とりあえず、その……これからは、もっとおれに触れていいから……」


 おずおずと、うつむき加減で話す。


「と言うか、……触れて?」


 言いながら、そっと義帰の手を自分の頬に当て、その瞳を見つめ返す。


「ぐはぁっッ……‼」


 その瞬間、義帰が何故かダメージを受けたかのような声を上げた。


「ちょっ、義兄ッ……⁉ どうしたっ⁉」

「い、いや、あまりのかわいさに一瞬、理性がぶっ飛んだというか……」


「なっ……! 何言って……!」


「ごめん、ごめん。でも……、ありがとう。そう言ってくれてすごく嬉しい」


 そう言って、偲信のもう片方の手を取り、手の甲にそっとキスを落とす。


「っ……!」


「偲信……。大好きだよ」


 偲信を見つめ、優しい笑顔で微笑む。


「ぁ……ッ!」


 優しい笑顔に癒されていると、ふいにその唇が再び手に移動していることに気が付いた。

 義帰は、そっと偲信の指をなぞるように順番に口づけていく。


「ふ、ぁ……、よ、義兄っ……!」


 時折、指を咥えられ、舐められる。なんだかその舌の動きがやけにいやらしい。


「……偲信。かわいいね……。感じてるの……?」

「なっ……! そ、そんなこと……!」


 偲信のことを横目で見てくるその顔からは、いつもの可愛らしさが微塵みじんも感じられない。


「ふーん。じゃあ、これなら……?」

「ぅ、ん……っ!」


 義帰の唇が、今度は偲信の口を塞ぐ。


 ――な、なんか、心なしか昨日より、上手くなってるような……。


 どこかしら、余裕さえ感じるようなたくみなキスに意識が朦朧もうろうとしていく。


「ふっ……、はぁ、はぁ……!」


 ようやく、口を離してくれたと思ったが、まだ義帰の瞳は熱を持っているようだった。


「……今日は、朝から出かけようって話してたけど……。まだ、偲信のこと離したくない……。今日はこのまま、ずっとれていてもいい……?」


「ぁ……。う、うん……。いいよ……。今日は好きなだけさわって……?」


「偲信……!」


 義帰の顔がぱぁっと、華やぐ。


「あ、あと、それと……」

「? ……偲信?」


「おれも……、よ、義帰のこと、大好き……だよ」


 偲信は義帰の耳元でそう囁くと、ちゅっ、と頬に軽いキスを落とした。


「……ッ‼」


 その一言は、どうやら義帰の理性を完全に奪ってしまうには十分だったらしい。


 結局、この日はどこにも行かずに、二人で甘い時間をたっぷりと過ごしたのだった。

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