第3話

 ウィリアムは偉大な大魔導師に礼を述べ、砦をあとにした。


 外で野営の準備を終えて待機していた捜索隊と合流した。


 恰幅の良い白髪の老騎士ウィリアムの傍へ近づいてくる。


 老騎士バイロンは剣術指南役である。


「殿下、どうでしたか?」


「西の海岸にある洞窟へ、明朝出発する」


 老騎士は白い髭に手をやり、満足そうに微笑む。


 夜の帳が破られ、そして夜明けが訪れた。


 朝霧によって、森全体は白いベールで包まれている。


 見渡す限り霧に呑み込まれ、濃霧によって何も見えない状況であった。


 まるで異世界へ迷いこんでしまったようである。


 ウィリアムは自分の体がこの霧に溶け込んでしまい、やがてここから消え去ってしまうのではないかという不安さえ感じた。


 そんな物思いにふけっていると、背後から耳に心地よい聞き慣れた声がした。


 ウィリアムが振り替えると、狼の紋章が見事に装飾されている黒い甲冑の部位が、互いにぶつかり合い金属音を奏でる。


「殿下、この霧では海岸まで向かうのは危険です」


「分かっている、だが、一刻を争う」


 ウィリアムと同じ黒い甲冑を身に付けた、老騎士バイロンの忠告はもっともだが、ウィリアムはいてもたってもいられなかった。


 苛立ちを隠すように、少し波打つような癖のある黒い髪を無造作に払うように手で後ろへ流した。


 父が邪悪な教団の女司祭と何かを企んでいるのなら、それを諌めなければならない。


 それが王子である自分の役目なのだから。


 しかし、この厚く立ち込め行き先を阻む霧では、森の中を進んで行くのは熟練の狩人でも容易ではなく、危険を伴うことなのである。


 森に生息する大型の獣である熊や狼などとの遭遇は、生命の危機を伴う。


 その獣よりもはるかに恐ろしい”森の住人”もいる。


 海岸へ向かう西の森一帯は”深い森”と呼ばれている。


 この森には森の妖精エルフ族が住んでいる。


 森の妖精であるエルフ族が、何故このような過酷な環境で暮らしているのかは、ウィリアムも知らない。


 彼らエルフ族は人間と関わりを持たないようにしており、お互いの交流がないのである。


 学匠の話では、エルフ族は妖精界の住人であり寿命がなく”永遠の存在”ということだった。


 特徴としては、人間の耳よりもエルフの耳は先端が少し尖っており、華奢な外見ではあるが成人の人間の身長とほとんど変わりがない。


 切れ長の目で容姿端麗であり、人間よりも高い知性の持ち主である。


 そして、彼らエルフ族は全員が強力な精霊魔法の使い手ということだ。


 弓矢と剣の技にも優れており、エルフ族は皆優秀な戦士でもある。


 ウィリアムはエルフ族の姿を一度も見たことがなかった。


 西の深い森には滅多なことでは立ち入らないことになっているのだ。


 この森のエルフ族が、この北の大地に呪いをかけて、雪と氷に閉ざしたのだという言い伝えもある。


 もし、それが本当のことならば、彼らエルフ族にこの極寒の地にかけられているその呪いを解いてもらえれば、父ユアンの望みが叶う。


 陽の光が再びこの大地に恩恵を与えてくれるのならば、願ってもないことなのである。


 国民は今まで以上に飢えることなくなり、今よりももっと住みやすい国になる。


 作物が育てば国民は飢えずにすみ、王国が傾く事が少なければその分、国民は安心して生活し、生きていくことができるのだ。


 結果的には国が豊かになるというわけである。


 ウィリアムはエルフ族に会いたいと思った。


 そうすれば、父ユアンが邪神の力を借りる理由もなくなるのだ。


 邪悪な力で他国を侵略するつもりなら、他の国々からいったいどれだけの非難を受けることだろうか。


 逆に、この北部の大地に建国する狼の紋章の王国が、他国に攻め滅ぼされしまうかも知れないのだ。


 ウィリアムは出発を急ぎたかった。


 これ以上、時間を無駄にすることはできないのである。


 父に会って暴挙を止めさせなければならない。


 父にこの無意味な行いを気づいて欲しい。


 これから起こるであろう戦いが、いかに意味のない無意味な戦いであり、避けなければならないことであることを理解して欲しい。


「選択肢は自分の意思で選び、その選択でもたらされた結果は、それに追随したことでしかありません。選択は結果を見越してするものではないのです」


 老騎士は、そんな若者の苦悩を察した。


 そんな様子を水晶の球体から覗き見ている者がいた。


 闇色の瞳が映し出された若者を、値踏みするかのように見詰めている。


「わたしの王……」


 そう呟くと、しなやかな指先で流れるように水晶の球体に触れる。


 黒水晶球の魔力の発動が止まり、物見の水晶球の映像は消えた。


 この女性は魔法使いなのだ。


 北部の土地には魔法使いが多い。


 この辺境の地に彼らが多いのは、魔法を使えない多くの人々が、彼ら魔法使いの力を恐れ迫害したためである。


 多く人間は魔法使いに対し好感を持っていない。


 どちらかというと”悪しき者”や”悪魔と契約を交わした者”として恐怖の対象なのだ。


 魔法を使えない多くの人々からしたら、魔法使いといえば、古来の神や精霊の力で奇跡を起こしたり、悪魔の使徒にして悪魔と契約して邪悪な術を行う人々だと信じられている。


 超自然的な力で人畜に害を及ぼしたり、または怪しげな妖術を行使する者としての一般的な印象が強い。


 女性の魔法使いは特に”魔女”と呼ばれた。


 魔女は悪魔と契約を結んで得た力をもって災いを成す存在と考えられ、多くの女性の魔法使いたちが魔女として迫害を受けた。


 それは魔女狩りという殺戮として、歴史の中に刻まれた。


 人里離れた森の奥深くの洞窟などに住み着き、カギ鼻の老婆の姿で黒いとんがり帽子に黒いローブを纏い、杖を使って呪いの類の魔法をかけたり、部屋の中には硝子の瓶には様々な昆虫や爬虫類、蛙などの両生類、植物の根や葉や実が詰められていて、大きな釜で魔法の薬草を煮こんでいたりする。


 さらに、箒に跨って空を飛び移動したりする。


 魔法使いたちは、黒猫や烏、蛇などの不吉とされる動物を使い魔として使役している。


 また街の路地裏で、占い師として水晶玉に手をかざして占ったりする姿も見られる。


 魔法使いを一緒くたするのが、魔法を知らない人に見られる傾向である。


 魔法について知識のある者なら、基本魔術、創成魔術、四精霊魔術、死霊魔術、召喚魔術、拡大魔術、付与魔術、精神魔術、幻覚魔術、統合魔術といった系統があること知っている。


 魔女は物見の水晶球を布で包み、歪んだ形の樫の木の杖を掴み複雑に振った。


 そして上位古代語を詠唱すると、立っていた床のその場から魔女の姿は消えていた。


 高位の魔法使いだけが使える瞬間移動の魔法だった。


 そして、床に残されているのは、ひとつの骸だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る