[4] 全面戦争の実態

 1941年6月22日から1945年5月8日までの4年間に渡る独ソ両国の激突は紛れもなく近代で最大級の全面戦争であった。それと同時に人類史上でも稀に見るほど、苛酷で無慈悲な災厄であった。

 独ソ戦の緒戦からスターリングラード攻防戦に至る18か月間(第1部:崩壊篇から第4部:極限篇)はモスクワとスターリングラードにおける防衛戦の厖大な規模に集約される。ドイツ軍はモスクワとヴォルガ河畔、カフカス山脈の北麓まで進出した。この侵略に対してソ連軍は電撃戦を阻止して、ほとんど留まることを知らないドイツ軍の軍事的勝利の流れを一変させることに成功した。しかしそのために1千万人以上の損害と、数え切れない一般市民の犠牲を代償とした。

天王星ウラノス」作戦からウクライナの解放に至る12か月間(第5部:覇権篇・第6部:凋落篇)はヴォルガ河畔とクルスクにおけるドイツ軍の破滅的敗北とソ連軍によるドニエプル河への突進によって終わった。この時期に赤軍は実行可能な攻撃の概念として電撃戦を粉砕した。さらに1千万人近い犠牲者を出しながら、ソ連軍は自国領土の解放に乗り出した。この時期にドイツ軍と枢軸国軍は何十万人もの損害を被った。ドイツにとって一層ひどい打撃となったのは、この損耗がやがて全面的敗北につながるのではないかという恐れが次第に現実味を帯びてきたことである。

「バグラチオン」作戦からベルリン攻略に至る18か月間(第7部:蹂躙篇・本編)では、その恐れは現実のものとなった。ソ連軍による戦略的な勝利は立て続けに生じ、ドイツ軍の心臓部は引き裂かれた。ソ連軍は情け容赦なく中欧・東欧諸国に突進していった。それはナチ体制下のドイツが軍事的にも、政治的にも明白な敗北を喫したことによって頂点に達する。だが、この時期においても赤軍は900万人の犠牲者を出した。

 1945年春の軍事的結果が意味するところは明白である。不敗のように見えたドイツ軍が今や最後の残兵となって、東西から進撃してきた連合国軍によって粉砕されたのだ。ナチ体制下のドイツは空前の暴力性と破壊力によって権力と支配を打ち立てたが、今度は同じように激烈で徹底的な方法で打倒された。ベルリン攻略作戦の厖大な規模こそがそれまでの戦争と似ても似つかない独ソ戦の終幕に相応しいものであった。ソ連軍にぞっとするような数の犠牲者を新たに生み出して、ドイツは灰燼に帰した。

 赤軍はかつて1930年代に理論家によって唱えられただけで実践されなかった多くの軍事理論を実行した。高価な代償を伴う学習が必要になったのはやむを得ないことだった。独ソ戦が長期化するにつれて、ドイツ軍が次第に1941年当時の敵(ソ連軍)に似てくる一方、赤軍は「縦深作戦」という名の下にますます電撃戦の精髄に近づいていくという奇妙な逆転現象が生じた。

 1941年当時のドイツ軍は「委任戦術」を誇りにしていた。これは下級指揮官が上級指揮官の作戦構想を理解して、それを各自の柔軟な方法によって実行するということであり、下級指揮官の独自性をかなり許容するものであった。それにより、敵の抵抗の中心を迂回して後方深く啓開を続行することが出来たのである。

 しかし1942年末からは、ドイツ軍は次第にその特異な長所を失いだし、かつての赤軍の欠点を身に帯びるようになった。立て続けに犠牲が出たことにより、訓練や戦術上の熟練度に低下を来すようになった。指導性の点でもヒトラーは次第に、1941年当時のスターリンに似てきた。1941年12月のソ連軍によるモスクワ全面総反攻の際に退却を禁じたことは正しい判断だったが、その後もヒトラーは攻守両面でますます軍に干渉するようになった。この干渉がそれまでドイツ軍に多くの成功をもたらした柔軟性と下級指揮官の自発性を失わせ、組織が硬直化していった。

 赤軍は戦前の概念に復帰していくにつれ、有能な指揮官と有効な組織・兵器・戦術を生み出していったが、それはまた痛ましい課程を踏まえていた。スターリンと麾下の将軍たちは兵士らの生命にほとんど関心を払わなかった。ベルリン攻略作戦でも3個正面軍の損害は極めて大きかった。必要以上に大きな損害を出した理由の1つは西側連合軍が到達する前にベルリンを占拠しようと急いだこと、もう1つはベルリン攻略に過大な兵力を集中したために友軍相撃が生じたことだった。

 4年間に渡る戦争で独ソ両国ともに莫大な資源とエネルギーを消耗したが、1945年春に生き残って勝利を収めたのはソ連軍だった。後にスターリンが核戦争に例えたほどの闘争において、不敗を誇ったドイツ軍は完膚なきまでに撃滅されたのである。

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