[3] 森林戦

 ベルリン南東の広大な森林帯シュプレーヴァルトに潜むドイツ軍はバラバラになった諸師団の残兵と逃走中の民間人でごったまぜになっていた。さまざまな方角、雑多な部隊から8万人が集まった。主力は第9軍―オーデル湿原にいた第11SS装甲軍団と第5SS山岳師団の残兵である。ブッセの期待通りに、上手く脱出してきたフランクフルト・デア・オーデルの守備隊もこれに加わった。南から第5軍団が合流した。これは退路を断たれるまでは第4装甲軍の北翼を形成していたが、第1ウクライナ正面軍のベルリン進撃で後退を余儀なくされた。

 第9軍はフュアステンヴァルデ南東の湖沼と森林が入り混じった地域で、第1白ロシア正面軍と第1ウクライナ正面軍に包囲された。ブッセはヴェンクと協議した上で、ベルリン南方の松林を真西に向かって包囲を突破する決意を固めた。第12軍と合流して、共にエルベ河畔に撤退する。ブッセが抱える最大の問題は後衛が第1白ロシア正面軍との不断の戦闘で身動きが取れなくなっていることだった。ブッセはヴェンクに自軍は「イモムシのように西進中」と通報した。ヒトラーはベルリン救援のために進撃せよとますますヒステリックな命令を出していたが、ブッセもヴェンクもそんな命令に従ってこれ以上無益に人命を犠牲にするつもりはなかった。

 4月25日、第1白ロシア正面軍の3個軍(第3軍・第33軍・第69軍)は北と東から第9軍に対する攻勢に出た。第1ウクライナ正面軍も第3親衛軍をトイピッツの南を走るベルリン=ドレスデン間のアウトバーンに急派した。第9軍が包囲を突破するには、この道路を横切ることが予想された。だが、第3親衛軍は担当戦域の南部を占拠できなかった。後に第28軍がバールトの東を補強したが、2個軍の間にわずかな間隙が残った。

 4月26日、ハルベから前進した第9軍の斥候は不意に発見したこの間隙からアウトバーンを横切ってバールト=ツォッセン道路に到達した。それは第3親衛戦車軍の補給路になっていた。第28軍はこの危機を回避するため、急きょ2個親衛狙撃師団(第50・第96)を反撃に投入した。第2航空軍による激しい空襲と地上部隊による反撃を受けて、第9軍はアウトバーンからハルベの森林に押し戻された。

 アウトバーンとバールト=ツォッセン道路を横切った集団をドイツ空軍機が発見し、ヴァイクセル軍集団に報告した。第9軍が西に向かっていることを知ったヒトラーは激怒したが、ブッセが自分の命令に逆らっているとはまだ信じ切れずにいた。この日の夜にヨードルが送った電報には、ヒトラーの一方的な忠誠観があますところなく示されていた。

「第9および第12軍による集中攻撃は第9軍の救出のみならず、基本的にはベルリン救援に役立つものであるべきだと総統は指示された。ベルリンにおられる総統は各軍がその義務を果たすことを期待しておられる。現下の状況の下で戦況を立て直し、総統を救うために最善を尽くさぬ全ての者を歴史とドイツ国民は軽蔑するであろう」

 4月27日、第9軍は攻撃を再開した。南ではハルベからバールトを目指し、北ではトイピッツから攻撃を発起した。北では戦車に支援された数千名のドイツ兵が第5親衛狙撃師団の前線に楔を打ち込み、第160狙撃連隊の一部を包囲した。南では第291親衛狙撃連隊を包囲したが、屋根裏や地下室に立てこもったソ連兵がバールトから救援部隊が駆けつけるまで戦い続けた。

 4月最後の週を通じて、独ソ両軍の戦闘が続いた。戦闘の実態は主にソ連軍の砲撃により、悲惨を極めた。ソ連軍の戦車隊と砲兵隊は瞬発信管付きの砲弾で故意に高い樹木を撃ち、敵の頭上で炸裂させた。樹の下にいる兵士たちに砲撃で飛散した木片から身を隠す術がなかった。木片が胸や腹に突き刺さって負傷した兵士は斃れたまま、失血死した。こういう砲撃を受ける状況下では、歴戦の古参兵にもパニックが広がった。

 戦場となった森林全域に、はっきりとした形の戦線はほとんど無かった。いたる所で凄惨な小競り合いが展開された。戦車1両が突然、防衛線や林道に姿を現して敵を驚かしたりした。戦闘で松林が燃え、煙が辺り一面に立ち込めた。薄暗い森林に煙が立ち込めて、視界はさらに悪くなった。補給用の運搬車や前車付きの砲架を曳く馬が驚いて、しばしば逸走した。原隊を探して呼び合う兵士たちの声が絶え間なく響いた。なんとか隊形を保っている部隊に命令を徹底させようとしたが、さまざまな部隊が混じりあった。国防軍とSSが気まずげに肩を並べてとぼとぼ歩く有様だった。

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