[2] 防衛線の崩壊

 4月27日、ドイツ軍は都心の「Z」地区にじりじりと後退する。独ソ両軍の戦闘はますます激しくなった。ドイツ兵がパンツァー・ファウストでソ連戦車を撃破する度、ソ連軍の前線指揮官はカチューシャ・ロケットの射撃で報復した。しかしこのような広範囲の地域を狙う兵器による報復は1人のパルチザンによる攻撃の報復に多数の人質を殺害するにも似た方法だった。

「Z」地区では、負傷兵がホテル・アドロンの地階に設置された仮包帯所に後送された。SS兵士はSSの医師が管理する総統官邸地階の仮包帯所に送られた。ここに戦闘終結時は500名近い負傷兵が詰め込まれていた。もっと大規模なトーマスケラー野戦病院は「屠殺場」さながらだった。民間病院と同様に、軍の野戦病院でも水、食料、麻酔剤が不足していた。

 ソ連軍のベルリン進入速度には、方向によって極端な差があった。市街地の西では、第47軍が第4親衛戦車軍と合流して包囲環を完成させた。そのままシュパンダウに接近した第47軍はガトー飛行場の激戦に巻き込まれた。ここでは国民突撃隊と空軍士官候補生が飛行機の残骸の背後から88ミリ高射砲で応戦した。

 北方では第2親衛戦車軍がジーメンスシュタットからほとんど前進できなかったが、第3打撃軍はフンボルトハイン防空退避施設を迂回してティーアガルテンとプレンツラウアーベルクの北縁防御線に到達した。フンボルトハイン防空退避施設の処理は重砲と爆撃機に委ねた。時計回りの方向を維持して東部地区への突入を目指す第5打撃軍もフリードリヒスハイン防空退避施設を迂回した。同軍麾下の第9狙撃軍団(ロスリイ中将)が渡河してトレプトウに進入した後、主力はフランクフルターアレーとシュプレー河南岸の中間にいた。

 南方では、第8親衛軍と第1親衛戦車軍がラントヴェーア運河に到達して防衛線を突破していた。第1白ロシア正面軍はスターリンが指示した目標―帝国議事堂ライヒスタークを目指していた。この運河が官庁街に至る最後の大きな障壁であり、総統官邸までの距離は2キロも無かった。南西で第3親衛戦車軍がシャルロッテンブルクに進入して、その西翼がグリューネヴァルトを通過して第18装甲擲弾兵師団の残兵と対峙していた。

 この時期、市街戦を展開するソ連軍では味方の過失による死傷がかなりの規模に達した。ある部隊を支援する砲兵隊やカチューシャ・ロケットがしばしば接近してくる友軍を砲撃した。第28軍司令官ルチンスキー中将は「友軍相撃事件が頻発」と書いている。戦場となった市街地の上空に立ち込める煤煙に視界が悪化したため、第1白ロシア正面軍と第1ウクライナ正面軍に配属された2個航空軍が味方を誤爆することもあった。

 オーデル河下流の戦域で第3装甲軍の防衛線がついに崩壊した。第2白ロシア正面軍は敗走する第3装甲軍を追撃し、北部ドイツ平原に進出した。第3装甲軍司令官マントイフェル大将はヴァイクセル軍集団参謀長トロータ少将に電話を入れて戦況を報告した。

「完全な崩壊を遂げたのは『ランゲマルク』と『ヴァローニエン』の両SS師団、第1海兵師団、それに高射砲部隊すべてだ。10万人近い兵士が西を目指して敗走している。これほどの惨状は第1次世界大戦の末期でも見たことがない。これからも優秀な将校たちが先頭に立ち、局所的には戦うだろう。しかし、それは戦争の意義ではありえない。そのために、また勇敢な兵たちが死なねばならなくなる。ことは重大なのだ。すぐにでも行動しなくてはならない。貴官は健気な部下たちに現在地に留まれと説得できるか?それとも、彼らを西に導くべきだと考えるか?」

 報告を検討したハインリキはこの日、マントイフェルに対して西方のマウレンブルクまで撤退する許可を出した。だが、ハインリキはこの命令を総統地下壕のカイテルやクレープスに通知することは避けた。ヒトラーの命令に真っ向から逆らうことになるからである。遅かれ早かれ総統地下壕から叱責を受けると覚悟していた。

 第2白ロシア正面軍の西進により、ハインリキと幕僚はブレンツラウ近傍ハスレーベンの軍集団司令部を放棄せざるを得なくなった。撤退中にホーエンリヘンの近くで、ヒトラー・ユーゲント大隊と出会った。平均年齢14歳の少年たちは武器と雑嚢の重みによろめきながらも、元気をよそおっていた。幕僚の1人が指揮官に「百戦錬磨の敵を相手の戦闘にこんな子どもらを送り出す」のは犯罪だと言ったが、聞き入れられるはずも無かった。

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