第52章:神々の黄昏

[1] ゼーロウ高地攻防戦

 4月16日午前5時、第1白ロシア正面軍がオーデル河沿いの陣地に向けて一斉に砲撃を開始した。8993門に上る火砲、重迫撃砲やカチューシャ・ロケットを備えた砲兵部隊がこの日だけで123万6000発を敵陣地に叩き込んだ。砲撃のあまりの激しさに60キロ離れたベルリンの東端でも、家の壁が振動したほどだった。

 約30分続いた砲撃の後、地上部隊が前進を開始した。攻撃開始の際は143基の探照灯を一斉に照射させ、敵を脅しつけてやろう。ジューコフは自身の考えに満足していたが、実際は探照灯も準備砲撃も前線の兵士たちにとってあまり役に立たなかった。探照灯のせいで突撃する歩兵は眼が眩んで方向を見失い、足元の地面は激しい砲撃ですっかり悪くなり、オーデル河付近のわずかな道路はすぐに渋滞した。大規模な砲火が敵の第一防衛線に集中し、第二防衛線が破壊されていないことも災いした。

 ハインリキはソ連軍の総攻撃を予期して、前日の夜のうちに前線にいた将兵を第二防衛線に退避させていたのである。第九軍は砲撃の被害を最小限に食い止めることに成功し、砲撃後に敵陣へと突入した第1白ロシア正面軍は予想外の激しい防御射撃に遭遇した。第8親衛軍はわずかに前進したが、その南翼にいた第69軍は完全に立ち往生してしまった。

 前線指揮所から歩兵部隊の苦戦を見ていたジューコフはベルリンへの進撃に遅延が生じることを恐れて動揺した。戦局を打開するため、後方に待機していた第1親衛戦車軍と第2親衛戦車を前線に投入する命令を下した。

 ところが、この命令が裏目に出てしまう。前線に展開する第8親衛軍が敵陣の突破を果たす前に大量の戦車部隊が背後の道路上に進出したため、大渋滞が発生した。特に攻撃を支援する砲兵部隊が移動できなくなってしまったことが致命的だった。第8親衛軍は作戦初日にゼーロウ高地の麓にすらたどり着けないまま、前進を停止せざるを得なくなった。

 この日の夜、第1白ロシア正面軍は「作戦開始から6日目のベルリン攻略」という任務を遂行できなくなっていた。真夜中にジューコフが無線電話で高地がまだ占領されていないことを報告すると、スターリンは明らかに立腹した口調でジューコフを詰った。

「明日はゼーロウの線を確実に占拠できるのか?」スターリンは念を押した。

「明4月17日の日没までには、ゼーロウ高地の防衛線を確実に撃破します」ジューコフは平静を装いながら答えた。「敵がここに兵力をつぎ込めばつぎ込むほど、ベルリン占領は容易になるものと確信します。要塞化された都市よりも、何もない田舎の方が敵軍撃滅は容易です」

 納得しかねる様子のスターリンは次のように言い捨てて電話を切った。

「こちらでは、コーネフに命じてルイバルコとレリュウシェンコの戦車軍を南からベルリンに向かわせ、ロコソフスキーには渡河を早めて北から攻撃するように言うつもりだが」

 攻撃側―ゼーロウ高地の突破を試みる第1白ロシア正面軍を特に悩ませたのは、高低差が40~50メートルもある稜線の奥から砲弾を撃ち込んでくる第9軍の砲兵陣地だった。

 4月17日早朝、第1白ロシア正面軍はゼーロウ高地に対する強襲を再開した。同正面軍砲兵司令官カザコフ大将の下、4個砲兵師団と1個親衛迫撃砲師団に所属する各種重砲がゼーロウ高地に向けて次々と砲弾を叩き込んだ。2個親衛戦車軍が前進を開始したが、ただちに装甲擲弾兵師団「クーアマルク」のⅤ号戦車「パンター」から反撃を受けた。

 前日の戦闘で防衛線に穿たれた亀裂は夜のうちに到着した2個装甲擲弾兵師団(第18・第25)によってすでに埋められていた。88ミリ高射砲と歩兵のパンツァー・ファウストによる攻撃で多くの戦車が擱座した。第1白ロシア正面軍は各地で前日にも増して激しい抵抗に直面し、ジューコフはスターリンに約束した戦果は達成できなかった。

 首都ベルリンを目指すレースにジューコフは完全に出遅れてしまった。しかし第1白ロシア正面軍と対峙する第9軍には、もはや拠点を維持する戦力は残されていなかった。第1白ロシア正面軍の前線部隊は損害を受けながらも行く手を阻むドイツ軍守備隊をブルドーザーのように押し下げながら、ベルリンまでの距離を1キロずつ縮めていったのである。

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