恋鉄症候群

垂直回転

第1話

 この会社に勤めて3年の月日が過ぎ去った。私は丁度この時期に入社し、色々な経験を積んで今ここにいる。今年からは、主任としてチームをまとめる責務を背負う。

「そろそろ朝礼の時間ね」

 窓の外で豪華絢爛に咲き誇っている桜を後目に、眠気覚ましのコーヒーを一気に飲み干した。

 ミーティング室では、新入社員と古参社員の方々が対面していた。色あせていないスーツを着て、緊張気味で顔が引きつっている新入社員。初孫を眺めるようにほのぼのと見守る古参社員だが、新入社員には悪質な姑のように映っているのであろう。

「今年の新入社員は…8名か。去年より多く採ったな」

 強面の社長が新入社員リストを眺める。人事担当の方は、横で少し苦笑いをしていた。

 一昨年から景気よく右肩上がりをしている当社は、今年から採用人数を増やそうと言ったのは社長ではないか。

「君たちが主に関わる人物と言えば、この場にいる社員と、こちらの主任くらいだろう。あとは追々紹介する」

「初めまして。主任の鐡井七緒(てつい ななお)です。今日くらいは、ゆったりとお花見をしながら親睦を深めたいんですけどね、社長。お花見は今月中旬までお預けってことでいいですか?」

 社長が頷くと、お花見を楽しみにしていた社員たちが笑みをこぼす。それでもまだまだ緊張がほぐれない新入社員に、今月の流れを説明しながら手引き資料を渡した。各新入社員には、教育係の社員が割り当てられる。

 ある程度のことをさらっと説明して、あとは教育係に任せよう。

朝礼会議が終わり、教育係が新入社員を社内案内しようといていた時だった。視線を感じた私は、資料から目を離す。ぞろぞろと会議室から出口へ向かう社員の中に、新入社員の一人と目が合った。どこかで会ったような気がするが、思い出す前に彼女の姿は消えていなくなった。

「確か、丹原さんという人だったような」

 新入社員リストに載っている履歴書を確認する。

 丹原伊千(たんばら いち)。○○県立××大学卒業。

「ああ、思い出したわ。大学の後輩じゃない」

 しかし、記憶に残っている彼女とは、僅かながら雰囲気が異なっていたような気がした。顔はあまり変わっていないように見えたが、どこかひっかかる。そもそも、あまり会話を交わしたことがないため、なんとも言えない。

 なにはともあれ、後輩がここに入社したのは喜ばしいことね。

 先輩として、見本となるよう努めましょう。

 今日は天気が良くて暖かい。まるで、これからの私を温かく応援してくれるように思えた。





 私がこの会社に入社したのは、御社のどうのこうのに惹かれ、自身の力を発揮できる場であること、ではない。給料はまあまあ良く、限りなくホワイトな会社であることは卒業生から聞いている。出勤時は私服でもいいことも重視した。ただ、それだけである。

 難なく目標としていた会社に就職することができ、初の朝礼がさきほど終わったところだ。社員たちが出口へぞろぞろと向かっているなか、部屋の奥にある窓際に、人目を引く人物がいた。

 大学時代の、確か、3つ上の鐡井先輩だ。

大学時代の頃よりも大人びていて、周りを安心させるほどの余裕がある雰囲気をまとっていた。さきほどまで緊張していた私とは大違いである。視線を送り続けていると、さすがに私の視線に気付いたようだ。何かを思い出そうとしている顔を見届け、私は教育係の竹下さんと一緒に社内を歩き回った。次の日からは、教育係と一緒に一日のルーティンをこなし、今月末までに提出する書類を作成する。

 竹下さんに気付かれないように浅い溜息を漏らした。大学とは一変した環境に身を置くと、予想以上に体力と精神がすり減るのを実感した。


 慌ただしい日々は猛スピードで過ぎ去り、気付けば夏の日差しと熱気に文句を言う季節になっていた。

「いっちゃんってさ、いつもタートルネックだけど暑くないの?」

 近くの喫茶店で昼食を共にしていたのは、同僚の内海一枝(うちみ かずえ)。彼女は伊千と同い年で、出身地も一緒だったことから仲良くなった。

「日焼け対策よ。冬は防寒にもなるし」

 一枝が不思議がるのも当然だろう。伊千は、会社に着ていく服だけでなく、私服もタートルネックを着ている。一部の社員からはタートルネックちゃんと呼ばれているが、当の本人はさほど気にしていない。

「いっちゃんの首元には刺青があるからだ、とか言ってる人もいるんだよ?」

「刺青って……私はただ、首元が敏感なだけ。少しでも日光が当たるとかぶれちゃうの。昨日だって、少し当たっただけでかぶれちゃって」

「うわ大変じゃん。紫外線アレルギーとかそういう感じかぁ」

「一応、体質改善とか試みているんだけどね」

「分かる。私の妹もアレルギー体質でさ。ホント、本人が苦労してるんだわ」

 一枝は妹と上京し、そのまま一緒に暮らしていると聞いた。その妹と重なったのか、優しくて穏やかな視線を私に向けていた。彼女の姉の部分を見たような気がした。

 そんな彼女に大変申し訳ないが、私がアレルギー体質であることは真っ赤な嘘である。それらしい嘘をついて、周りに詮索されないようカモフラージュしているのだ。

 心が痛むが、これも私の秘密を守るためだ。許せ。

「少しでも体調不良になったら遠慮なく言ってね。担ぐから」

 暑さのせいで食欲のない伊千だが、一枝はかつ丼を平らげていた。彼女のさっぱりとした性格と豪快な食欲は、所属していた大学が体育会系だったからなのであろうか。体力に自信があり、いつもはつらつとしている。文系大学の出で、体力に自信のないもモヤシな私とは正反対である。

「そういえば私の教育係が、鐡井さんの色恋沙汰の話が一切出てこないってが嘆いていたわ」

 思い出したくないものを思い出してしまったのか、冷水の入ったコップを片手に唸る。これでもかというくらい眉間に皺を寄せており、彼女にしては珍しい表情だった。

「ほら、私の教育係の上森さんって、噂話が大好きじゃない? なかなか尻尾が掴めないからって朝からなんか機嫌悪くて……あぁ、会社に戻りたくないよぉ」

 一枝の教育係はそういう人だったかもしれない。きっと、新入社員の中で一番さっぱりしている一枝以外と組んでいたら、とんでもないトラブルが起こっていただろう。難のある社員を教育係にするのはどうかと言いたいが、上森さんはそれほど仕事ができる人なのだ。仕事に対しては丁寧で頼りになるのに、人の噂に対しては意地汚い。

「うーん、確かに。主任とは同じ大学だったんだけど、そういう話は聞いたことない」

 この回答で上森さんの機嫌がよくなることはないだろうが、一枝を憐れむつもりで知っている限りの情報を伝えた。

 当時、友人のどろどろとした恋愛事情を聞いていた身としては、鐡井先輩は不思議な存在だった。顔も性格もいい人間が、必ずしも恋愛を経験するわけではないことは承知だが、鐡井先輩を好いていた学生を私は知っている。それに、その学生が告白しているところを偶然見かけたこともある。

「主任って、おっとりしていて癒し系じゃない? 上司と部下とも仲が良いし、仕事もできるし文句のない人柄。だけど、交際を申し込む猛者たちを片っ端から断っているらしい」

「ふーん」

 やっぱり鐡井先輩って今もモテるんだ。

 それなのに、独り身を通しているのはなにか理由があるのだろうか。

 この時、私は鐡井先輩に興味を持ち始めた。

 もしかしたら、とんでもない秘密を隠しているのではないかと期待している自分がいたのだ。

「まあ、仕事一筋って人か、叶わぬ恋をしている線が濃いと思うけど」

「ねー。深入りして機嫌損ねちゃったら出世街道も絶たれちゃうしね。やめやめ」

 ウエイトレスが机の上にパフェとレシートを置いた。あろうことか、一枝は食後にパフェを頼んでいたらしい。顔を輝かせる一枝は、目の前の甘味に全神経を集中させ、幸せそうに頬張っていた。豪快な彼女の一口は、予想以上に大きかった。

 

 一枝が途中でギブアップした甘味を食べる羽目になった私は、物凄く甘酔いをしていた。さきほど歯を磨いたばかりだというのに、口の中がまだ甘い気がする。主任に提出する書類を片手に、重たい足取りで主任のデスクへと向かった。

「あら、もうできたの? 凄いわね」

 鐡井先輩の笑顔と、穏やかな口調のおかけで少しは和らいだかもしれない。褒められると伸びる性質である私は、見えるはずのない尻尾をはち切れんばかりに振り回す。

「教育係の竹下さん。結構スパルタなところがあって大変かもしれないけど、一番頼りになる方だから色々学べると思うわ」

 そう言いながら書類を確認する。何もできない時間を持て余していた私は、鐡井先輩のデスクに視線を移した。鐡井先輩のデスクは綺麗に整頓されており、無駄がなかった。ただぼーっと眺めていた私だが、ふとあることに気付いた。ペン立て、シャープペンシル、ボールペン、定規、小物入れ、そしてスマホケースが金属で統一されていたのである。どれも小細工がされており、洗礼されたフォルムだった。

 鐡井先輩は金属調のものが好きなのだろうか。

 私の背筋がぞくっとした。

「うん、これで大丈夫。あとはー……丹原さん?」

 私はハッとして、すぐさま鐡井先輩のほうへ視線を戻した。

「すみません。ちょっとぼーっとしていました」

「食後だからね、ぼーっとしたくもなるわ。この書類、問題ないから預かるね」

「はい。あ、あの」

「ん?」

「鐡井先ぱ…いえ、主任は金属がお好きなんですか?」

 鐡井先輩の顔に、一瞬だけ焦りが見えたのを見逃さなかった。予想外な質問を受けたときの顔にも見えたが、私には他のなにかが含まれているように見えた。確信は持てないが、怯えに近いものが見えた気がした。

「ああ、私の父は金属を加工するところに勤めていてね。その試作品をよくもらうの。だから、身の周りが金属でできたものに囲まれちゃうのよね」

「そうだったんですか」

 いつもの穏やかな表情と声で説明する鐡井先輩。さきほどの表情は、一体なんだったのだろうか。平常心を取り戻した鐡井先輩をつついても、きっとはぐらかされるだけだろう。興味を持ち始めた私は、大きな賭けにでることにした。

 私の秘密を犠牲にして、鎌をかけてみるのも悪くない。

「主任。今夜、お時間がありましたら食事でもどうでしょうか」

思いつきで鐡井先輩を食事に誘った。鐡井先輩にひとつ聞いてみたいことができたからである。そんなことはつゆ知らず、鐡井先輩は微笑む。

「今日は金曜日だものね。少しくらいパーッとしてもいいでしょう。いいお店を知っているから、参加人数が決まったら教えてちょうだい」

「参加人数、ですか。私とサシ飲みは駄目でしょうか」

「丹原さんと二人で?」

「はい」

 声を潜めて「実は相談したいことがありまして」と伝える。もちろん相談したいことなどない。こうでもしないと怪しまれると思い、咄嗟に嘘をついた。鐡井先輩は、私の都合のいいように察したらしく、真剣な顔をして頷いた。

「分かったわ。じゃあ、仕事が終わったら飲みに行きましょう」

 良心が痛むが、なんとか鐡井先輩と飲みに行くところまで漕ぎついた。あとは、仕事が終わるまでに適当な相談ごとを見つけるだけだ。





 丹原さんの悩みごととは一体なんだろうか。もしかして、教育係の竹下さんがなにかやらかしたのだろうか。それとも、噂好きの上森さんから傷つくようなことでも言われたのだろうか。私は今日一日の業務をこなしながらも、不安でいっぱいだった。同じ大学の先輩である私に相談するということは、もしかしたら会社以外の悩みごとなのかもしれない。

 悶々としていたら、時刻は定時を回っていた。キリの良いところで作業を止め、丹原さんのデスクに目をやる。彼女も業務が終わったのか、ノートパソコンを閉じ、帰る支度をしていた。帰る支度を終えた社員たちに紛れながら会社を出て、私と丹原さんはそのまま飲み屋街へと向かう。

「もう慣れた?」

「はい。おかげ様です。スパルタな竹下さんの元で、同僚と励まし合いながら頑張っています」

「あはは。あ、今から行く居酒屋だけど、大衆居酒屋みたいなところがいい? それとも、個室があるところがいい?」

 席の仕切りがあまりない大衆居酒屋のほうが、その場の雰囲気に乗って緊張せずに話せるかもしれない。もしも相当深刻な悩みごとなら、と個室のある居酒屋も念のため候補に挙げた。

「……個室のほうが、相談しやすいです」

 まさかの深刻なほうだった。

 ちゃんと相談に乗ってあげられるのか心配になってきた。

OKサインを出して、個室のある居酒屋に電話をかける。花の金曜日だが、運よく席を取ることができた。目的地はここから歩いて数分のところにある。店内は薄暗く、落ち着いた雰囲気の居酒屋。たまに、親しい友人と大事な話をするときに使わせてもらっている。

 店内に入り、名前を伝えたら奥へと案内してくれた。

「賑やかな飲み屋街に、こんな素敵なお店があったんですね」

「居酒屋に詳しくなるのは社会人の宿命よ。幹事とか任されたら、なおさらね」

 主任になったから、今度から幹事は部下に放り投げよう。

やっと肩の荷が下りた気分だった。しかし、これからどのような悩みごとを聞かされるのだろうかと、目の前の玉手箱にビクビクしていた。静かで落ち着いた空間に、入口で注文したビールとお通しが運ばれてきた。ついでに適当な食べ物を注文する。

「じゃあ、入社して四ヶ月記念ということで、乾杯」

 丹原さんは「乾杯」と、照れ気味に控えめな乾杯をした。

「丹原さんとは同じ大学の出で、同じ学科だったんだけど、専攻が違うからあまり話す機会がなかったわね」

「はい。でも、鐡井先輩の話は教授や先輩方から聞きましたよ」

「え?」

「ふふ。物凄くマイペースでおっとりしているけど、卒論で周りがひいひい言っているなか、鐡井先輩だけ涼しい顔をして締め切り前に提出していた話など」

 そんな話が三つ下の後輩にまで行き渡っていたのかと、驚きを隠せなかった。私はただ、焦るとドジを踏んでしまうため、慎重にものごとを確実に進めていただけである。

「あとは、殺伐な空間に鐡井先輩を放り投げると緩和するって話も聞きました」

 殺伐空間に出くわすのが多かったのは、その話のせいだったのか。

 人を緩和剤みたいに扱うんじゃありません。

「でも、それだけなんですよね」

 丹原さんはジョッキを静かに置いてつぶやいた。

「ホント、良い噂しか聞かない」

 まだビールを二口しか飲んでいないはずだ。酔うにはまだ早すぎる。丹原さんの様子の変化を感じた私は、笑って誤魔化すことしかできなかった。きっと、私の防衛本能がそうさせたのであろう。

「笑えるような失敗談が一つもないなんて、私ってつまらない人間でしょ?」

 丹原さんは、私の弱みを握りたがっているのだろうか。理由はともあれ、私が隠している最大の秘密が、ひょんなことで知られる可能性だってあるのだから気が抜けない。

「……そんなことないですよ。そこで、聖人君子な鐡井先輩に相談なんですけど」

 そらきた。

本題である相談ごとが重くのしかかってきた。ますます気が抜けなくなる。

「私、理由があってタートルネックを年中着ているんですよ。それを陰でタートルネックちゃんって呼ばれるの、本当は嫌なんです」

 タートルネックちゃん。

私は初めて彼女のあだ名を聞いた。それよりも、タートルネックちゃんだなんて、センスのかけらもないあだ名だ。もう少し捻った名前があったのではないか。和語にしたら亀の首というから、亀ちゃん…いや、それはもっと酷い気がする。ネーミングセンスがあれば、もっと可愛らしいあだ名を考えついたはずだ。しかし、今の私には到底できない。

「タートルネック……あ…!」

 私はあることを思い出した。そう、入社した日に感じた違和感の正体である。

大学時代の丹原さんは、綺麗な首元が見えるくらい髪を頭の上に結いあげており、首回りがすっきりしていた印象が強かったのだ。それを今は、タートルネックを着用し、さらに長い髪を下ろしたまますごしている。学年が離れており、一年しか共に学び舎で過ごさなかったが、今のようにタートルネックに執着したファッションと、髪をおろすスタイルではなかったことは確かである。外見やファッションが移りゆくことは決して珍しいことではない。ただ、周りと同様に、タートルネックを着続けるのにはなにか理由があるのではないかと思ってしまう。

「大学時代の丹原さんは、タートルネックに執着したファッションをしていなかったと思うのだけれど」

 もし、丹原さんが理由を隠そうとするのならば、深入りはしない。話してくれたら、私は先輩として、上司としてできる限りのことをしたいと思う。そう思いながら丹原さんを見守っていると、彼女は急に立ち上がり、私の傍へと腰をおろした。気を抜いてしまっていた私は我に返った。

 助けを求める子猫ちゃんのようだった目が、いたずらを思いついた子どものような目へと変わっていたのである。

「先輩に、私の秘密を教えてあげます」

 そう言って、私の左手をそっと手に取った。丹原さんはそのまま、自身の首元へエスコートしていく。私の人差し指から小指が、彼女のうなじに触れた。指紋をつけてはいけないガラスに触った時の罪悪感をまとった指先が、徐々に下へと伝う。彼女の体が強張るのを感じ取った。緊張している彼女に、私は一体何をしているのだろうか。赤くなっている彼女の耳に気を取られていると、私の指はタートルネックの中へと潜りこんでいた。衣服の中は熱い。指が首の根本にたどり着いたところだろうか。火照っている体とは違う何かに触れた。

 そこだけ、体温が低かった。

 そこだけ、しっとりした肌とは違い、つるつるしていて硬かった。

 私は思わず息を大きく吸い込んだ。

 その感触は、私を大きく興奮させるものであった。





 適度な緊張感のせいなのか、指先をうなじから首の付け根へ這わせただけで快楽が背筋を駆け抜ける。ちょうどに触れた時、さっきまでの鐡井先輩とは違う顔を拝むことができた。

 私の勘が当たった。

 私のは、周りの景色を取り込み、薄暗い照明さえも反射させ、鈍く煌めかせるのである。顔が綺麗な鐡井先輩も、歪んで映り込んでいた。

「先輩って、金属がお好きなんですね」

 そう言うと、鐡井先輩はいつもの表情に戻り、パッと手を振りほどいた。彼女はジョッキに残っていたビールを一気に飲み干すと、冷や汗をおしぼりで拭きとる。

「そ、そうなの。金属加工会社を経営する父を持つと、自然と金属が好きになっちゃうのよね」

 いまさら誤魔化しても遅い。私は、金属に触れた時の鐡井先輩を知ってしまったのだから。

「もっと触りますか? それとも、全貌を見ますか?」

 鐡井先輩は私から顔を逸らして目をつむっている。まるで、恥かしいところを見て緊張している初心な人のようだ。そうしないと理性を保てないのかしら。

「ふふ。もしかして先輩って、メタルフィリアなんですか? だとしたら全ての謎が解けちゃいますね」

 一枝から聞いた話だと、当社のホープに告白されても断ったらしい。もしかしたら男性に興味がないのかも、と勘ぐった女性社員のひとりが告白しても断ったらしい。二人とも顔も性格も地位も申し分ない。色々勘ぐるものの、謎のままである。許嫁、片想いなど色々噂されているが、どれも根の葉もない噂話である。

 なるほど。

 人間に興奮しないから、という理由があれば色恋沙汰を聞かないということに説明がつく。

「これからどうします? もし、私の家に来ていただいたら、もっと触ってもいいですよ」

 甘い誘いを彼女は断ることができるのだろうか。例え、断っても断らなくても、鐡井先輩の最大の秘密を握った時点で王手なのだから問題ない。

 私の神経が高ぶっているのだろうか。背筋に張り付いているが、妙な熱を帯びながら軋み声をあげた。





②へ続く

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