第2話
山に入ってから奥へ進めば進むほど、霧が濃くなっている気がする。
二人は眉間に皺を寄せて辺りを見回した。
木に、何か動物が引っ掻いたような跡がいくつもあった。
「獣の縄張りなんじゃねぇかな…?」
「いいからついてこい!」
霧が行く手を遮るように漂う。
唸り声が聞こえた気もする。
草を踏みしめる音が、そこで聞こえたような。
「これじゃ道もわからねぇ。」
「うぅ…来るんじゃなかった…。」
背後から唸る声が聞こえる。
これは、獣が近くにいるんだ。
早足で、その獣に遭遇しないように歩いた。
霧に混ざった、何かの匂いに鼻を向ける。
「なんでぇ、甘ぇ匂いだな?」
「え?」
首を傾げていると横の草むらが揺れた。
それに驚いて悲鳴を飲み込み逃げる。
すぐそこにいるんじゃないか、と刀を握り締める。
霧はどんどん濃くなって、いよいよ此処が何処なのか、今何処に向かっているのか、何一つわからなくなった。
言い合いをしながらなんとか震える足を運ぶ。
目の前に、狼の足が霧の中から踏み入ってきて立ち止まる。
その顔が腹を空かせたように舌を垂らして、睨んでくるのだ。
悲鳴を上げて尻餅をついた。
逃げようと思って後ろを向いたら一際大きな黒い狼が地を這うような唸り声をたてて歩んでくる。
開いた口からは鋭い牙が見える。
四方八方狼に囲まれて、しかもこんなでかい狼なんて見たこともない!
立ち上がろうにも足は役立たずで、刀を持っていることすら忘れていた。
間合いを詰めるように巨大狼が歩んでくる。
「おぅい!!二人ともー!無事かー!!」
その叫び声に狼が唸った。
そして後ずさる。
霧を掻き斬って飛び込んできたのは寺の息子だったのだ。
いつの間にか巨大狼の姿がない。
「は、早う逃げねぇと!」
腕を掴んでやっとのことで立ち上がる。
「狼の群れだぁ!」
「そんなもん何処にもいないさ!」
周囲を見回してそう言うが、霧から顔を出した狼がいくつもいくつもいる。
いつ喰らおうかと睨み付けてきているのだ。
「目ぇ覚ませ!ただの霧だ!」
その寺の息子はそう叫んでもう一度霧を見た。
すると狼がまるでそこにいるかのように妙な漂いかたをする霧を目の当たりにした。
その狼が、唸っている。
「き、霧が、狼に見える!?」
驚きはしたが、よくよく考えると霧なのだ。
本物の狼ではない。
二人の手を引っ張って駆け抜けることにした。
霧の狼はしつこく後ろや横を走って追ってくる。
目の前の狼に飛び込むと煙のように失せた。
けれど狼が悲鳴を上げるような声が響く。
山の出口だと思って二人を前に行かせて背中を押すと、横から霧の狼が飛びかかってきた。
大きく口を開けて噛みつこうとするのを手で払った。
やっぱり消えた。
けれど払った手に痛みが走る。
血が出てきて、ぞっとした。
走って二人を追いかけ村まで帰った。
山から出ると霧は追ってはこないし失せている。
不思議な気持ちを抱いたまま寺に帰った。
本当は母の病気を治す為に薬草が欲しかった。
あの二人に頼んだのにあんなことになってしまったのだった。
二人はもう嫌だと泣き喚くし、それを聞いたら誰も行こうとしない。
父に禁じられていたが、自分が行くしかない。
それにあれは、霧だ。
大丈夫なんだ。
けれど痺れるように痛い手に説明がつかなかった。
霧の狼に噛まれたのだ。
息が苦しくなってきて、怖くなった。
けれども腹をくくって行かなければ。
母を助けたい。
その一心で。
二人の言う巨大狼の正体を思い出す。
あの時唸りながら霧の中に消えていったのは狼のような瞳をした、人の姿をしていた。
もしかしたら、あの山の神様だったのかもしれない。
仏様の前でそんなことを思いながら痺れる手を抑えた。
これは、あの狼様のお怒りだ。
治らないかもしれない。
だったら、母を助ける代わりに自分を差し出そう。
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