第31話

 ソウマたちとジョーカーとの戦いは熾烈を極めていた。


 既にグレーター・デーモンはソウマによって、既に首を刎ねられており、ジョーカーも長い戦いのためか既に満身創痍の状態あった。


「畜生、このジョーカー様が…こんな人間風情に…!」


 ジョーカーが悔しそうに吐き捨てると、またアレックスに軽妙な動きで飛び掛かった。


 その時だった。


 不意に彼の背に鋭い刃が突きたてられたのだ。


「き、貴様…」


 突き刺したのは、ソウマだった。


 彼は一瞬の隙をついて、ジョーカーの後ろを刺したのだ。


「後ろからとは卑怯な…」


「ふんっ、戦いに卑怯もあるかよ」


「ちっ…お前は…悪か?まぁい…いさ…貴様らはこ…の先…」


 ジョーカーは何かを言いかけたが、その前に体は塵となって消滅したのだ。


「消えた…?」


 ソウマはジョーカーが塵に消滅したことにそのことに不思議に思った。


 通常であれば、魔物はその場に死体が残る筈であるからだ。


 そのことに不思議に思ったのか、紗季はキョロキョロと辺りを見渡すと、何かに気付いた。


「あれを見て」


 紗季は壁の方を指を差すと、そこにはピンクのナメクジのような生き物がこの場から離れように見えた。


「あれは…?」


「たぶん、あれが本体ね」


 ジョーカーの本体は舌であった。


 本体は小さなピンクのナメクジのような魔物であり、体が破壊されるとあのような姿になるのだ。


 ジョーカーは体の復元のために地面の微生物から魔力を吸収して、再び復活を果たすのだ。


「ああなってしまえば、もう何もできぬだろう」


 アレックスがそう呟くと、ジョーカーの本体は壁の中へと消えていった。


 敵意がないものは見逃すが、『善』の者の気質であるのだから。


「それよりも早く助けないと!」


 ジョーカーが消えると同時にソウマは慌てて彼女の方に駆け寄った。


 ルビアは石像に両腕を括りつけられていた。


 ほとんど魔力が吸い尽くされているためなのか、意識はほとんどなく、ぐったりした様子であった。


 紗季がスキルを用いて、罠がないか確認し、ソウマは村正の一太刀で彼女の拘束を解いた。


 その際に倒れこむ彼女の体をソウマは両腕でしっかりと受け止めた。


 どうやら、しっかりと意識はあるようであった。


「…?ソウマ君?」


 魔力のほとんどが抜き取られているようであったが、どうやら受け止められたときに意識が回復したようだ。


 かなり弱り切っているが、無事な様子だ。


 それでもソウマにとっては大切な存在だ。


 彼はその言葉に気づくと、思わず抱きしめてしまった。


 不意に抱きしめられたことに、驚いたのか、彼女の顔が紅潮していた。


「…どうしてここにいるの?」


 彼女は顔を赤くしたまま、そう尋ねた。


 ソウマはその言葉に答えようとした瞬間だった。


 はっと、ルビアが何かに気付いたのか、ソウマを勢いよく突き飛ばした。


 当初は突き飛ばされたことに驚いたソウマであったが、すぐに大きな火柱が一直線に飛んできたのだ。


 最強の炎魔法と言われる“アトミックレイ”だ。


 魔法が飛んできた方を向くと、そこにはあの男がいた。


 錬金術師≪アルケミスト≫だ。


 いや、そもそも本当に錬金術師≪アルケミスト≫なのか?


 謎の男は何の動きも見せずに氷壁を作り上げると、紗季たちとソウマを分断した。


「錬金術師≪アルケミスト≫…!」


「そこで見ていろ」


 今まで余裕たっぷりであった錬金術師≪アルケミスト≫であったが、どうやら今はその余裕がないようであった。


 インディスとの戦闘で少しは疲弊はしている様子であったが、彼は先程の戦いで使用した短剣を取り出し、ソウマたちを一瞥した。


「ソウマ・ニーベルリング。貴様ならここに来れると思っていたよ。ご苦労様であった」


 錬金術師≪アルケミスト≫はそう皮肉交じりにソウマを褒め称えると、短剣をソウマの方に向け、冷酷にこう言い放った。


「だが、貴様の下らない理想もここまでだ。ここで消えろ!」


 そう言うと、錬金術師≪アルケミスト≫はソウマに目にも止まらない速度で斬りかかった。


「!?ホールド!」


 慌ててルビアが魔法で錬金術師≪アルケミスト≫の動きを拘束しようとしたが、まるで効いていなかった。


「…このぉ!!」


「ルビア!止せ!」


 ソウマの制止も聞かず、ルビアは近くにあった手槍を持ち、それで錬金術師≪アルケミスト≫に殴り掛かった。


 だが、所詮は聖女とは言え、素人の女の一撃だ。


 あっさりとその攻撃は受け止められてしまった。


「どうしてなの?」


 ルビアのその言葉に錬金術師≪アルケミスト≫は少し動きを止めた。


「どうして、この人を狙うの?ねぇ、どうしてなの!答えてよ!」


 その言葉に錬金術師≪アルケミスト≫は一息ため息をつくと、こう答えた。


 しかし、それは錬金術師≪アルケミスト≫の声ではなかった。


「君こそいつまで下らない女神共の言うことばかり聞いている!」


 その声はルビアがついさっきまで聞いていた声と同一のものだった。


 自分を心配してくれる人。


 あきらめの悪い人。


 何より自分のためにここまでやってくる人。


 その声はまさしくその人だった。


 ルビアがその声に驚いている隙にあっさりと彼女は錬金術師≪アルケミスト≫に弾き飛ばされてしまった。


「あくまでこの私の邪魔をするならば、この場で…くだらない女神の思い共々消えろ!」


 錬金術師≪アルケミスト≫は元の声色に戻すと、短剣で彼女を刺そうとした。


 だが、どうやらためらいがあるようだった。


 その隙に咄嗟にソウマが錬金術師≪アルケミスト≫に飛び掛かった。


 その不意打ちに錬金術師≪アルケミスト≫は短剣を落とした。


「お前の狙いはオレだろ!この娘は関係ない!」


「ああ、そうだな。お前はこの私と同じくこの世界に価値がない人間だからな!」


 そう言うと、錬金術師≪アルケミスト≫は短剣を再び掴み、ソウマに斬りかかった。


「止めて…」


 ルビアは二人の戦いを見ながら、小さくこう呟いた。


 だが、彼らの戦いは止まらない。


 彼女は力を振り絞り、大きく息を吸って大声でこう言った。


「止めて!これ以上自分を嫌いにならないで!」


「えっ!?」


 ソウマが驚いたその時、懐から赤い帽子がするりと落ちた。


 それはソウマがいつも被っている物と同一のものだ。


 だが、彼は今なお帽子を被っており、それにスペアなんて持ってなかった。


 今の一言ソウマはこの錬金術師≪アルケミスト≫が…いや、この人物が何者かほとんど確信へと繋がった。


「わかったぞ、お前の本当の正体」


 ソウマがそう言うと、錬金術師≪アルケミスト≫は動きを止めた。


「ほう、私の正体?」


 錬金術師≪アルケミスト≫は余裕に満ちた態度だった。


 だが、ソウマには確信がなかった。


 しかし、そうとしか考えられなかった。


「…お前はそこにいる相原が同時に異世界召還されたと言った。だが、実際にはその召喚される前に既にお前はこの世界にいた。何故かって?お前はそれを知っていたからだ」


 錬金術師≪アルケミスト≫は答えなかった。


 ソウマは続けた。


「さらに実際の錬金術師≪アルケミスト≫はどんなに高度な技術を持っていたとしても、武器を一瞬にして生み出すことは不可能だ。おそらく、あらかじめ武器をどこかに貯蔵しておいて、『転移≪ゲート≫』の呪文で取り出していたんだろう。偽造されたステータスカードも予め作っていた奴だろう。おそらく、お前の本当の職業は錬金術師≪アルケミスト≫ではなく、『魔法剣士≪ルーンナイト≫』だ」


 そこまで言われても、錬金術師≪アルケミスト≫は何も答えなかった。


 ソウマはいよいよ答えを出そうとした。


「さらにこの帽子は何の耐性もなく、防御性もない。どんな冒険者を探しても、持っているのはオレぐらいだ。スペアも既に売っていない」


「ほう、では私は何だと言うのだ?ソウマ・ニーベルリング」


 強いプレッシャーだ。


 仮に外しても、酷い侮辱を受けるだけだろう。


 だが、この人物の正体をソウマは本能的に確信していた。


 ソウマはキッ、となり、錬金術師≪アルケミスト≫の名を答えた。


「わかったぞ。お前の本当の名前は…ソウマ・ニーベルリングだ」

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