第19話
「な、なんでオレの名前を…?」
驚くソウマと対照的に錬金術師は驚くほどに冷静であった。
「さぁな。町で『村正』を所持した変わった小僧の話を耳にしたからな」
ーー違う、この男嘘をついている
ソウマは直感した。
どういうわけか、この男は自分に対して強い敵意をこちらに向けていたのだ。
しかし、当然ながら正体がわからない以上、この者がどうしてこちらを恨むのかわからなかった。
「…さて、この小僧のことはひとまず置いておいて、他のご三方の名前をお聞かせ願おうか」
その言葉にルビア、アレックス、エゼルミアの三人は沈黙した。
この男が何なのか、わからないからだ。
その雰囲気を察したのか、紗季がこう言った。
「ごめんよ、この男は常に上から目線なんだ。あたしもいつも腹立つし、こいつは名前も素顔も明かさない奴だから本当に信用できないけど、ここはお互いの信用のためにまずは自己紹介お願いできる?」
紗季の柔和な態度にほぐれたのか、最初にエゼルミアが口を開いた。
「エゼルミアよ。司祭をやっているわ」
「エルフって本当にいたんだね、この世界に来てちゃんとしたエルフを見たのは始めて」
「エルフの冒険者は珍しいからね」
そんなやり取りをしていると、次はアレックスが言葉を開いた。
「私はアレックスと申す。聖騎士だ。先程は無様なところをお見せした」
「竜人だ。こちらこそよろしく」
「ああ、よろしく頼もう」
アレックスの名乗りに淡々と頷く、最後はルビアが名乗った。
もう、彼女は泣き止んでおり、気丈に振舞いだしていた。
「私はルビア。一応、聖女って呼ばれているよ。サキちゃんはいつからこの世界にいるの?」
「二日前。そこの男に唆されてこの迷宮に潜ることになった。すぐにでも元の世界に帰れって」
「あら、まぁ仕方ないよね」
ソウマは一連のやり取りを見て寂しくなったのだろう。
少々の深呼吸の後に、
「オレの名前は」
と名乗ろうとした。
しかし、残酷にも紗季の「知ってる」の一言で片づけられてしまった。
ソウマはその一言にムスッと来たが、この一連の原因となった錬金術師を睨みつけることで一人勝手に満足した。
錬金術師が一連のやり取りを見て、溜息をついて言葉を発した。
「では、よろしいかな。そろそろ先に進もう。あまりだらだらするわけにはいかないからね」
その言葉にソウマはムッと来たのか、彼よりも先にワープゾーンに入ろうとした。
「餓鬼か、貴様は」
「うるせぇ」
ただでさえ、相性の悪いアレックスに加えて、どうもこのソウマと錬金術師は相性がより悪いようだ。
アレックスは『戒律』と言う価値観がある分はましだろう。
初めから印象が最悪な二人を抱えて、このパーティはどこへ進むのだろうか…?
◇◆
迷宮の第4層は第1層と同様に土の壁に覆われており、まるでモグラが掘ったような大きな一本直線の道になっており、その奥には扉がぽつんと一つあった。
この扉は第1層から現在確認されている第8層までに点在しており、これが最初発見されたときは古代人の移籍かと思われていた。
しかし、冒険が進んでくると、迷宮の魔物でも知能の高い
これはそもそもそういう文化が彼らにあるのだろうと考えられた。
実際にオークやゴブリンたちが支配する第1層から第3層までは不潔な彼らにとっては床や壁が汚れてようがお構いなしだ。本来綺麗好きな豚の種族と分類されるオークたちの住処は綺麗好きが来たら発狂するだろう。
逆にオーガたちが住まう第5層からはかなり文明的な建築物となっており、この第四層もオーガたちにたびたび整備されている。
オーガたちは比較的文化があり、知能もオーガよりも優れているが、やはり人と比べるとそこまで頭脳がよくない。
ようは綺麗好きかそうじゃないかという問題である。
ただ、彼らがいる場所は隠し通路であった。
オーガたちの整備など受けているわけではない。
「あの奥に第8層まで一気に行けるエレベーターがある」
ソウマは扉を指さすと先陣をきり、前へずかずかと進んだ。
「ずいぶんと気合が入っているではないか。ソウマ・ニーベルリング」
錬金術師はそんなソウマを見て、鼻で笑った。
「ソウマ殿」
ソウマに声をかけたのはアレックスだった。
彼は迷宮に入る前にソウマといざこざを起こしていた。
「なんだい、アレックス」
思わず、相手が目上であるのにも関わらずソウマはタメ口で話した。
余程頭に来ていたのだろうか。
「その…この迷宮に入る前にはそなたを『黒銀の鉾』のスパイではないかと疑う心があった。あの時はすまなかった。それに私の不注意であのような窮地を生み出してしまった。だが、そんな我らでもどうか力になってもらいたい」
その言葉にソウマは首を振ってこう答えた。
「過ぎたことはどうでもいい。これからさ。あのことはなかったことにしよう」
ソウマはそう言うと、こう続けた。
「だから、改めてよろしく。アレックス」
そういうと彼は頭を下げた。
「ううむ…てっきり責められると思ったが、こちらこそよろしく頼みますぞ」
迷宮ではこういう些細な仲間割れこそが最大の命取りなのだ。
特に宝物の横取りや手柄の独り占めで仲間殺しが横行しているすきに魔物に襲われて、パーティが全滅したという話も多くある。
その様子を見ていたルビアは少しにっこりした。
「よかった…」
「ええ、どうにかなると思ったわ」
だが、安心している暇はないのだ。
いかにもパーティの不和を起こそうとしている人物もいるのだ。
「仲良くするのもいいが、その前に天井を見るといい。どうやらお客さんのようだ」
「天井?」
ソウマがその言葉に反応して、上を見るとそこにはおびびたしい数の虫がいた。
彼らの名前はダンジョンビートルと言い、この第4層でも特に危険な魔物であり、積極的に人襲うのだ。
大きさは1mほどもあり、カブトムシと言うよりかはカナブンに近い形状をしており、その強大な体で体当たりを放つ恐ろしい魔物だ。
この魔物は何故かカピバラを天敵とするが、この場所ではカピバラがいないのかこの場所に住み着いたのだろう。
ダンジョンビートルたちはソウマたちの姿に気づくと、一斉に降りてきた。
どうやら、こちらを襲う気まんまんのようだ。
「流石にこの程度の魔物に手こずるようでは深部にたどり着くのは不可能だろう。ここは私は見物させてもらおう。君たちの実力を見せたまえ。後方支援だけはさせてもらおう」
そう言って、錬金術師は彼らのバックに移った。
「あの野郎…上から目線で…」
「でしょ」?腹立つよね
ソウマの言葉に紗季は同調したが、それどころではない。
今まさに新しくなったパーティの戦いが始まるのだ。
決してミスは許されないのだ。
そのビートルたちの数はおよそ通常よりもかなり多くその数30体ほどにもなった。
「何か妙に多くない?」
ルビアの言葉にソウマは察した。
「ステルベンだ」
この程度の魔物ならば、おそらくだがステルベン達は腐肉などを使ってこの場所にこの魔物たちをこの場所に集めたのだろう。
そう考えたソウマはいったん深呼吸をして、策を考えた。
そしてすぐにそれが閃いた。
「皆オレに考えがある」
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