第18話

 しばらくの沈黙後、アレックスの手当てが終わったころだろうか。


 エゼルミアの手当てを受けていたアレックスはむくりと起き上がり、必死に灰を集める彼女の元に静かに歩み寄り、深々と頭を下げた。


「面目ない。私が不甲斐ないばかりに…」


 その言葉にルビアはふるふると涙を流しながら首を振った。


「気にしないで。自分を責めないであげて」


 ソウマもその場で何とも言えない顔をしていた。


 このような状況には慣れていない。


 どんな人間でも「人が死ぬ」という状況には慣れるわけがないのだ。


 それでも、もしあの時制止を振り切らずにあの技を放っていれば、ヴォンダルの遺体は灰にはならなかったかもしれない。


 だが、もし躱されれば最悪の事態になっていた可能性があったのだ。


「大丈夫?手伝おうか?」


 紗季は必死にヴォンダルの灰を集めるルビアに声をかけた。


「大丈夫」


 彼女はそれだけ小っちゃく答えた。


 ルビアはヴォンダルのことをよく知っていた。


 彼の性格、好きな物や嫌いな物、大切な孫がいること。


 それからこの迷宮を出たら冒険者を引退すること、亡き妻のことを女神に尋ねるつもりだと言うことも。


 彼女はそれを思い出しただけで再び泣きじゃくった。


「どう見ても大丈夫じゃないから手伝うね」


 そう言って、紗季はその場に屈みこむと彼女と一緒にヴォンダルの灰を集めた。


「…もう一人いなくなちゃったね」


 エゼルミアは神妙な顔でそう呟いた。


「私もこうなるのかしら…」


 無理もない。


 このアイワーン迷宮だけでも無数の死者を出している。


 しかし、迷宮内で灰になるというケースは極めて少なく、蘇生例もめったにない。


 しかも、老齢の彼が蘇生する可能性は極めて低いだろう。


 それでも彼女は蘇生する可能性を捨てきれなかった。


 その様子を見ていたソウマは一声彼女にかけた。


「…灰を集め終わったら、すぐに第4層に向かおう。急がないと、あいつらに先を越される…」


 その言葉にルビアはかっとなった。


「何言ってるの!すぐにでも蘇生させてあげないと!」


「後からでも大丈夫だ!それにあいつらに先を越されて、手遅れなったら、ヴォンダルは蘇生したときどう思う!?」


「あの人は…!」


「感情的になるのは良いが、聖女殿。君は大きな使命に帯びているのではないかね?」


 それを止めたのは、先程の錬金術師だ。


 その姿を見るや、ソウマは彼を睨みつけた。


「何でさっきオレを止めた?」


 その言葉に錬金術師は静かにこう答えた。


「私の直感だが、お前は何かの大技を先程使おうとしたな。たかが威力は知れていると思うが、もしそれが原因でワープゾーンの入り口が崩れたらどうするつもりだったのだ?もしや、それすらも考えられない脳の持ち主なのか、貴様は?」


「何だと!?あの技を第4層で打ったら、平気だったぞ!」


 子供のように怒るソウマとは対照的に錬金術師は冷静なままだった。


「それにこの辺りは人が少ないとは言え、それなりの数の冒険者がここにおる。それもほとんどがステルベンの息がかかった『悪』の冒険者だ。おそらく、迷宮からのこのこ戻った暁にはそこの聖女諸共お縄になっていたかもしれん」


「だけど…」


「それに万が一にその攻撃が当たったとしても、ステルベンはまだ戦えただろう。そうなれば、怒り狂うステルベンによって君たちは全滅するだろう。むしろ貴様は私に感謝すべきだと思わないのかね」


「くっ…」


ーー今すぐでもこいつを殴りたい


 ソウマはそんな衝動に駆られたが、彼だけ相手の実力を昨晩目撃しているのだ。


 階級に似合わない剣の使い手であり、正体不明の謎の男だった。


「サキ、私に提案があるのだが」


「何かしら?」


 紗季が返事すると同時に灰は集め終わった。


「何かの縁だ。この者たちの迷宮探索に協力をしないか?二人よりもその方が効率が良いだろう」


 その提案に紗季はきょとんとした。


「…一応、聞くがそなたらの戒律は何かね…?」


 そう尋ねたのはアレックスだ。


 彼はヴォンダルを失った自責の念に駆られているが、この男が現れたタイミングはこちらに取り入るには最適だったからだ。


 アレックスの言葉に紗季はステータスカードを見た。


 そこに書かれている戒律は『中立』とのことだった。


「あたしは『中立』。こっちの錬金術師≪アルケミスト≫も『中立』」


「そうか…ところで貴殿らの名は何と申す?」


「相原紗季≪あいはらさき≫。一応、異世界から来たよ。んで、こっちは」


 その言葉を遮るように錬金術師はこう言った。


「私は訳合って名を明かすことができない。ひとまずは異世界の錬金術師≪アルケミスト≫と名乗らせてもらおう」


 その言葉にソウマは舌打ちした。


「名前を明かせないって、どういうことなんだ」


「言葉通りだ、間抜け。安心したまえ、私はこのように奴隷印をこの娘…サキに刻まれている。反逆をすれば、私は何らかの罰を受けるだろう。それに私の実力ならそこの小僧がよく知っている。昨晩のことを忘れてないだろうな?」


「本当なの、ニー君?」


 ルビアの言葉とともに一斉に彼に注目が集まった。


 確かに彼は昨晩彼の戦いぶりを見ている。


 もし、戦っても絶対に勝つことないだろう。


「ああ、見た。こいつの実力は確かだ」


 その言葉にルビアは目を見開いた。


「何で隠していたの?」


 ソウマはその言葉に困ったように頭をかいた。


「一応、君は聖女と言う立場だ。もし、こいつが危ないやつだったら、危険な目に合うかもしれないと思ったから…」


「貴様の思い過ごしだ、間抜け」


 その錬金術師の言葉にソウマはついにぶち切れた。


「さっきからてめぇオレにばっか突っかかりやがって!何なんだよ、お前は!?それにオレには」


「ああ、知っているよ。貴様の下らないその名前を」


「なっ…!?」


 錬金術師のその言葉にソウマは開いた口が塞がらなかった。


「ソウマ・ニーベルリング。会いたかったぞ、ずっとな」


 錬金術師の口にはソウマに対する明らかなる敵意がそこにあったのだ。

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