第11話

 嵐のような一夜が明けた。

 

 ソウマはその後宿に戻り、ひたすら目を閉じていた。


 当然、眠れることができなかったので、珍しく寝不足だ。


ーー眠れるわけねぇよ!!


 ソウマは渋い顔をしつつも、一種の躁状態に近い状態のおかげで勝手に覚醒状態になっていた。


 彼は身支度を整えると、宿屋の食堂に向かった。


 当然、彼は昨日のことは忘れらなった。


 正直忘れたい。


 けれど、忘れることを自分が許してくれないのだ。


 彼はもやもやした気持ちを抑えながらも、お腹の音がなることに気付いた。


ーーこんな状況でも腹がすくのだから、大丈夫だろう。


 そう思った彼は会談を降り、朝食を取りに宿屋の広間へ向かった。


「あっ、ニー君」


 そこには彼女が居た。


 ソウマは彼女を見た瞬間、一瞬だが霞のように昔の記憶が流れた。


ーー間違いなくこの娘なんだな


 彼は彼女の姿を見ると、軽く溜息した。


 そう、彼女とはルビアのことだ。


 彼女は彼の昔馴染みであると同時に女神の器たる依代の聖女なのだ。


 最もルビアとは昨日再会したばかりだった。


 しかし、そんなことを感じさせないぐらい彼女は明るい声で彼に声をかけてきたのだ


「おはよう」


 彼は仏頂面だが、明るい声で挨拶し返すと適当に支給された菓子パンや干し肉を手に取ると、彼女の所へ持ってきた。


「何でこっち来たの?」


 彼女は悪戯っぽくそう言ってきた。


「気分。そっちこそ何でここにいるんだ?」


「おっ、気が合うね。しょうがないな、隣に座ろっ」


 彼女は優しい声で言って、隣をぽんぽん叩いて彼を誘導した。


ーー何か恥ずかしいな…


 彼はそう思いつつも、ルビアの隣に座った。


「何取ってきたの?」


「パンと干し肉」


「そう、自分では作らないの?」


「いや」


 その言葉にルビアはむっとした表情になった。


「私ね、料理が好きでよく自分で作ったりするんだ。昨日から見ていたけど、お金そんなにないの?」


 その言葉にギクッとなった。

 

 図星だったからだ。


 彼はここ依頼を受けておらず、ほとんど実家の仕送りと無料の物資だけで生活していたのだ。


「ニー君」


 彼女の目は怒っていた。


「あのね、君は冒険者でしょ?凶暴な魔物とか罠とか常に危険と隣り合わせなことやってるでしょ?それなのにこんな栄養が足りないもので栄養失調で集中できなーいとか、ふらふらと倒れちゃったら笑い事じゃないでしょ」


「はぁ…」


「じゃあ、どうすればなるべくお金を使わないで美味しい物を食べられるか、教えてあげる」


 すると、彼女は妙に自信満々にこう言ってきた。


「自分で料理を作るの。簡単でしょ?」


 その言葉にソウマはしかめっ面になった。


ーー何を言ってるいるんだ?


 確かに自炊をすれば、金銭の節約にはなるだろう。


 だが、これから危険な迷宮に潜るのだ。


 悠長に料理などしている場合ではない。


 ましてはソウマは料理など何一つできないのだ。


 覚えている間に他の冒険者が迷宮を攻略されては後の祭りだ。


「…まぁ、考えておくよ」


 ソウマは面倒くさそうにそう言うと、その態度が気に入らなかったのか、ますますヒートアップした。


「考えておくじゃないの!しっかりご飯食べなくて、迷宮攻略したときに栄養失調で願い叶えられませんじゃ遅いの!今からでもいいから…」


 彼女が何か言おうとした時だった。


「おお、聖女殿にそのご友人じゃないか。二人で一体何を話しておるのだ?」


 会話に割って入ってきたのは彼女のパーティメンバーの一人ドワーフのヴォンダルだ。


 彼は既に朝食を取っていたのか、手ぶらのまま彼らの近くに寄ってきた。


「あ、ヴォンダルさん。あ、いや、ちょっとね。私の方が冒険者として、先輩だからちょっと迷宮に潜る前の心得ってやつを教えてあげていたの」


 彼女は少し慌てた様子でそう言った。


ーー俺の方が先輩だぞ、オラ


 それに対してソウマの心の突っ込んだが、当然声に出さなければこの訴えは届かないに決まっている。


「あ、ああ、そうかい。まあ仲良いのは良いことだ、お若いお二人さん。ええっと、ところでお前さん名前は何と言うのだ?」 


「ああ、自分はソウマ・ニーベルリング。一応、魔法剣士≪ルーンナイト≫をやっている」


「そうかい、ソウマかい。確か、ニーベルリングって言う小っちゃい貴族が昔雇い主にそんなのがいたな」


 ヴォンダルは顎髭を撫でながら、そう言うと、ルビアがにんまりしながら明るくこう言ってきた。


「そうです!この人はね、貴族のお坊ちゃまなんですよ!それも跡継ぎ!」


「ほほう、貴族の後釜が冒険者とはよく了承を得られたもんじゃな!お前さん何で冒険者に?」


 ソウマは内心「こいつ」とルビアに毒ついたが、はっきりとこう答えた。


「ああ、苦労知らずだと跡継ぎに不適格だと思ったからですね。それでどれだけ自分の実力を試せるかなと思って冒険者になったのです」


「ほーう、護衛も付けずに大したもんだ。だが、お主の冒険者階級“紅”級では迷宮攻略も難しいのではないかな?」


「間違いないですね。階級だけが全てではないですよ。これからですよ」


 そう言って、ソウマはにやりと笑った。


「さて、聖女殿。雑談はここまでにしてそろそろ大聖堂に向かうべきであろう。大司教様が待っとるだろう」


 その言葉にルビアは驚いた様子であった。


「え?大司教様が来てるの?わかった、すぐに行きまーす!」


「わしはあの女は好かんがな…。貴族の若いの。お主も来るかい?」


「えっ!!?ニー君も来るの?」


 その言葉にルビアは心底嫌そうな顔をした。


 どうも、ソウマと大司教が会ってほしくない。そんな風に感じられた。


 ソウマはそれを感じ取ったが、自身としても大司教と会えるチャンスだ。


「それなら是非お願い致します」


「良い返事だ。良いだろう、聖女殿?」


 ヴォンダルのその言葉にルビアは嫌そうな顔をしたが、深いため息をついてこう言ってきた。


「…今回だけ特別ね。ニー君!大司教様に失礼したら、すぐに追い出すからね」


 ヴォンダルの後押しもあるだろう。


 彼女はしぶしぶと了承したのだ。


「なかなか面倒な者に好かれたな、お主」


 ヴォンダルは小さな声でソウマにそう呟くと、苦笑いしながらこう返した。


「案外、オレの方かもしれませんけどね」


◇◆

 この町の迷宮付近には大聖堂がある。


 死んだ迷宮の探索者たちの遺体に祈りを捧げたり、蘇生のための術式を施すためにすぐ近くに建てられたのだ。


 ソウマは死亡経験こそはないが、この場所は心底嫌いだった。


 死んだ人間は生き返らない。


 そう考えている彼だからこそ、死を軽視している教会が気に食わなかったのだ。


 それでも半数以上の冒険者は彼とは真逆で死んでも復活できると考えいるためか、死んでもここに来れば大丈夫だろうと思っている者ばかりだ。


 しかし、もちろん蘇生に失敗すれば生き返らないし、成功しても蘇生者の遺体の損傷が激しかったり、欠損したりすると、後遺症が残る場合もある。


 さらにどんな冒険者でも言えることだが、蘇生をすると寿命が縮まるという話もある。


 それでも教会には死体の出入りが激しいのだ。


ーーいつ来ても嫌だな


 ソウマはそうは思っても、大司祭と会えるチャンスなのだ。


 何らかのコネクション作りには役立つだろうと、心の中で思っていた。


「あっ、ニー君あれ見て」


 突然、ルビアは教会と別のところを指差した。


 ソウマは彼女が指差した方を見ると、どうやら子供が困っている様子であった。


「?何だろう」


「聞いてみよ」


 そう言って、彼女は子供の方へ近寄った。


「どうしたの、ぼく?」


 流石聖女といったところか。


 極めて優しげな声で子供に尋ねた。


「パパがこれくれたんだけど、蓋が取れないの」


 子供はそう言うと、一本の瓶を彼女に見せた。


 中には玩具が入っているようだった。


「お姉さんに貸してみて、本当だ…とっても硬いや…。はい、ニー君お願い!」


「やっぱりオレがやるのかよ!」


「女の子だからか弱くて当然ですぅー」


 ソウマは内心舌打ちをしつつも、何だかんだルビアに押し付けられた瓶を開けようとした。


 しかし、開かない。


ーーまずい


 これで開かなかった色々な尊厳が台無しである。


 正直、村正でこの瓶を斬りたいとおもうぐらいだ。


 たぶん、その方がかっこいいだろう。


 そう思って、彼が刀を抜こうとした時だった。


「貸してみよ」


 ヴォンダルは彼から瓶をひったくると、蓋をあっさりと開けてみせた。


「こりゃそうとうな力で閉められておったな。ほれ、坊主」


 ヴォンダルはそう言うと、子供に瓶を渡した。


「うわー!ありがとう、ドワーフのおじさん!お姉さんもありがとうございます」


「オレは?」


 子供は瓶の中から一枚の手紙と一つの人形を取り出すと、それを嬉しそうに持ってどこかに行った。


 きっと、誕生日なのだろう。


「ありがとう、ヴォンダルさん」


「ま、わしらドワーフにとっては簡単な仕事よ」


 ヴォンダルはぶっきらぼうにそう言った。


 だが、この状況で一人だけ納得いかなかった男がいるのも忘れずに。

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