第10話

「元々この世界に来たことがあった?」


「ああ、その通りだ」


 彼女たちはギルド会館での冒険者登録済ませ、会館にある食事処にて二人で食事を取っていた。


「何となく、そんな気がしたけどね…」


 彼女はそう言いながら、ボーバルバニーの肉を頬張った。


「最も以前召喚された所とは違う国だがね。風の噂でこの迷宮を聞いていたのだ。せっかく元の世界に戻れたのに、またこの世界に連鎖召喚されたのだ。酷い話だと思わないかね?」


「…錬金術師≪アルケミスト≫の元の世界はどんなところなの?」


「私か?ここと似たような世界だよ。私には最も帰りを待つ家族も友人もいないがね」


「勝った。家族いる」


 紗季はそれを聞くと、ガッツポーズをした。


 それを聞いた錬金術師は少し苦笑いをすると、


「帰りを待つ者がいるならば、確かに君の勝ちだ。迷宮の深部にたどり着いたならば、すぐにでも元の世界に戻るべきだ」


「それな」


「よくわからないが、わかったということだろうか?まあいい、ひとまず君の名前をお聞かせ願おうか。主殿」


「相原紗季≪あいはらさき≫。17歳、元女子高生」


「実にわかりやすい返答をありがとう。では、サキと呼ばせて頂こう」


「りょ」


「了解ということにしておこう。ところで私のステータスカードは見ただろう」


 ステータスカードと言うのは、水色の薄いカードのようなものであり、この世界では所謂名刺代わりのようなものだ。


 カードには冒険者の氏名や階級のみならず、その者が持つパラメータも記載されているのだ。


「見るに堪えない低ステータスだったよね」


 そう、錬金術師≪アルケミスト≫の能力はあまりにも低かったのだ。


「左様。ステータス偽造をしたのだ。本来このようなすれば、冒険者登録抹消される。さらにあのステータスカードは精密な魔法機器≪マジックアイテム≫でね。余程のことがなければ、偽造ができないのだよ」


「へぇー、どうやって偽造したの?」


「錬金術を使って偽造したのだ。このレベルならば容易い。それに私が登録するのは始めてではない。偽造して当たり前だろ」


「堂々たる犯罪自慢乙」


 彼女はそう言うと、ブロッコリーによく似た青い野菜を丸ごと食べた。


「結構なことだ」


 彼はそう言った瞬間だった。


「異世界人がここに来たという話は本当か?」


 突然、何者かが紗季たちのところへやってきたのだ。


 悪名高き『黒銀の鉾』のNO.2であるエリックだ。


 彼はステルベンの側近にして、冷酷な魔術師としても知られている。


「あそこにいますぜ、エリックさん!」


 彼の周りにいる手下の一人が紗季たちがいる机を指さした。


「やはりな、話は本当のようだな」


 エリックがそう言うと、紗季たちの机へと赴いた。


「何のようかな?」


 錬金術師≪アルケミスト≫の言葉にエリックは彼の首にかけられている冒険者最底辺の証である“白”級の証があるのを見ると、すぐに興味を失せたのか、“青”級の証を持つ紗季の方へと興味が移った。


「お前名前は?」


 エリックは冷めた目で紗季にそう問いかけた。


 紗季は思わず名乗ろうとしたが、錬金術師≪アルケミスト≫がその合間に入った。


「すまないが、この者は私の既にパーティを組んでいる。それにそちらのパーティは既に6人ではないか」


 この世界のパーティには定員が定められており、最大で6名とギルド会館の方で決められているのだ。


 錬金術師≪アルケミスト≫の言うとおり、エリックのパーティは既に6名おり、定員に満たしているのだ。


 そうでなくても、『黒銀の鉾』のNo.2なのだ。


 チームメンバーには困らないだろう。


 エリックはその言葉に一瞬苛立ちを感じたのか、一瞬ギリッと歯を食い縛ったが、すぐに笑みを浮かべた。


「いや、失礼。駆け出し三流の“白”級が一流ギルド『黒銀の鉾』の“銀”級に意見するとはな…。いいだろう。このままで済むと思うな」


 エリックはそう言うと、彼らはその場から去っていた。


「今のは?」


 一連のやり取りを見ていた紗希は錬金術師≪アルケミスト≫にそう聞いた。


「この街の最大ギルド『黒銀の鉾』のNo.2エリックだよ。実力は大したことないが、人脈が優れているからか、ステルベンにギルドの管理を任されている。最もこの後会うことになると思うがね」


「ふ~ん、いかにもって感じだったね」


「ああ、あの手の輩は蛇の如くしつこい。すぐにわかることだろう」


 錬金術師≪アルケミスト≫はそう警告すると、再び椅子にドカッと座った。


 紗季は対して関心なさそうに目の前の料理を食べているとき、一つ気づいた。


「そういえば、食べないの?」


 そう、錬金術師≪アルケミスト≫は料理は何一つ注文していないのだ。


「そのことか?私には食事を取る必要ない。簡単なことだ。元々、そういう世界生まれだからね」


「へぇー」


 彼女はそれだけ聞くと食べ終わり、それ同じタイミングで店から出た。


 錬金術師≪アルケミスト≫の直感は正しかった。


 案の定、紗季を捕らえようと、エリックが徒党を組んで現れたのだ。


「本当に思ったとおりね」


「全く懲りない連中だ。考える能がないのか、それとも自分が優れているのか錯覚しているのか知らないが、無能共が雁首揃えているな」


 エリックはその言葉に苛立ちを隠せなかった。


「大人しく我らの言うとおりにしていればいいものを。貴様ら如き三流冒険者が超一流の冒険者であるエリック様に逆らおうとするからだ。俺は安全に迷宮の深部に到達したいのだ。そのためには優れた能力を持つ異世界人の力が必要なんだよ。そう、あのステルベンの奴を出し抜くにはな!」


 彼はそう言うと冒険者第三級である“銀”級の証を紗季たちに見せつけた。


 そして、魔術師である彼は手にした杖を彼らに向けるとこう続けた。


「そこの三流の錬金術師。先程はよくも最底辺の“白”級でこの一流魔術師のエリック様に意見してくれたな。この俺の最強魔法“グレーター・アイス・トルネード”で跡形もなく消えるがいい。何、その娘はこの俺の奴隷としてこき使ってやるから安心しろ!」


 そう言って、彼は詠唱始めようとした瞬間だった。


「そうか、では君の一流の証をもって、我ら三流冒険者の名を挙げるとしよう」


 その言葉とともに錬金術師≪アルケミスト≫は既に杖を持っていたほうの彼の腕を切り裂いた。


 そう、どこともなく彼が手にしたダガー一本で。


「あっ…へぇ…?」


 あまりの事態にエリックは硬直したまま、ただひたすら呆然としていた。


「片腕だけだ。大したことないだろう」


 錬金術師≪アルケミスト≫は冷たくそう言い放つと、紗季の方を見た。


 紗季もまたあまりの事態に唖然としていた。


 実際に人の血が飛び散り、挙句その腕がなくなる瞬間を目の当たりしたのだろうからか。


「サキ」


 彼が紗季を呼び掛けると、彼女はびくっとなった。


「迷宮に入れば、このようなことは日常茶飯事だ。今のうちに慣れておけ」


 錬金術師はそう冷たく言い放つと、エリックは腕を切り離されたショックから戻ってきたのか、その場で叫び始めた。


「腕が!俺の腕がああああああああああああああああ!畜生!てめぇらああああああああああ!よくも一流の俺の腕を!野郎ども!このド三流を生かすな!」


 そう言うと、彼の手下が一斉に武器を構えると、錬金術師≪アルケミスト≫は冷静な口調で紗季にこう言った。


「とは言え、まだ君には刺激が強すぎる。迷宮に潜る前に恐怖を焼き付けるわけにはいかない。ここから南へ全力で走れば、冒険者用の無料の宿がある。決してこっちを見るではないぞ。何すぐに追いつく。では、走れ!!」


 紗季はその言葉に頷くと、振り返ってこう言った。


「死亡フラグ錬金術師≪アルケミスト≫のそういうところ嫌い」


 彼女はそう言うと、彼の言う通り南へ向かって走り出した。


「逃がすなああああああああ!ふざけんな、小娘!すぐに…」


 エリックが叫び、再び魔法を使おうとした。


 しかし、その前に勝負は着いた。


 エリックの命に別状はなかった。


 その手下5人も命に別状はなかった。


 しかし、結果は惨敗であった。


 エリックは錬金術師≪アルケミスト≫によって、四肢を完全に破壊され、名も知らない最底辺の“白”級の冒険者にこれでもかというぐらいの惨敗をしたのだ。


 その様子を見ていた手下ももはや私刑というぐらいのあまりに一方的な戦いに恐怖をしてしまった。


 このことはすぐにステルベンに報告された。


 聖女の噂も相まって、ピリピリしていた『黒銀の鉾』であったが、これを機に爆発。


 ステルベンは報復の意も込めて、その“白”級の冒険者を探し出していたのだ。


 これが二日前の出来事である。


◇◆

 迷宮からほんの少し離れたところにその『黒銀の鉾』の本拠地があった。


 『黒銀の鉾』の本拠地に使われる建物は元々貴族の避暑地として使われていたが、迷宮出現と同時にステルベン率いるギルドによって乗っ取られたのだ。


 そこの最も大きな広間ではステルベンは昼間から酒を飲んでおり、愛人と戯れていたのだ。


「ステルベン!いるか!」


 インディスは彼のいる部屋にノックもせずに扉を蹴り開けるように入ってきた。


 通常のドワーフの三倍という巨躯を持つステルベンは人間から見ても極めて大柄であり、一見すると巨大な魔物のようだった。


 さらに彼の首には冒険者第2級の“金”級が輝いており、冒険者でも指折りな実力でもあった。


「てめぇは…確かインディスだったな…」


 ステルベンはインディスを見ると、愛人を手放してそう言った。


 インディスはその様子に悪態をつきながら、こう言ってきた。


「けっ、いい加減にその物忘れが激しい爺みてぇな真似をやめろ色ボケドワーフ」


「ああ、悪かったな…それでどうだった?」


 ステルベンはインディスの無礼極まりない態度に少しも気を悪くせずにそう尋ねた。


「ああ、ご命令通りにエリックの奴を仕留めた奴と出くわしたぜ。噂通り異世界人とコンビを組んでやがったぜ」


 ステルベンはその報告に眉一つ動かさず、


「まぁ、無事でなによりだ」


と一言だけ言った。


「それだけかよ。それと…私もソウマと会ったぜ」


 その報告にステルベンはぴくッとなった。


「ああ。確か…ニーベルリングの小僧だよな…。俺もあいつと昼間会った。相変わらず生意気で命知らず若造なこった」


 ステルベンは相変わらず態度は崩さなかったが、その口元からニィと白い歯がちらつかせた。


「そうかよ、あいつどうも噂の聖女様とパーティ組むみてぇだな」


「ああ、そうみてぇだな」


 インディスの言葉にステルベンはそれだけ答えた。


「インディス。明日から俺自身が迷宮へ潜る。てめぇもついてこい。メンバーはもうすでに決めてある。あの生意気な聖女は気に入らんがとりあえず、今日は休め…」


「けっ、私は既にメンバー入りかよ。まぁいい、いい加減この迷宮にも飽き飽きしてきてたところだ」


 そう言って、インディスは部屋から出て行った。


「ふんっ」

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