第1話
『迷宮の謎を解き明かした者はその者が生き続ける限り、永遠にその望みを叶え続けるだろう』
テセルナード大陸に一年前に新しくできたばかりの『言い伝え』だ。
それが生まれたきっかけとなったのは、ある調査団が古い遺跡の調査をしていたところ、地下深くに繋がる迷宮が見つかったのだ。
調査団が好奇心からか迷宮を見ると、その中から干からびた老人が迷宮の奥から現れて、調査団たちににこういったのだ。
『この迷宮の謎を解き明かした者はその者が生き続ける限り、永遠にその望みを叶え続けるだろう』
老人はそれだけ言うと、塵となって風と共に消えてのだ。
それを聞いた調査団は消えていった老人のわずかに残った塵をかき集めて、すぐさま国に帰り、そのことを王に報告した。
調査団よりその老人の話を聞いた王は驚き、すぐに迷宮攻略のために自ら調査団を組織し、既に現地に出向いた調査団と共に迷宮に赴いたのだ。
この国…「アイワーン」と言うのだが、ここ数年間国益があまりよくなく、その影響もあってなのか、民衆の不満もそれに伴って年々大きく溜まっており、それを解消すべく国は様々な改革を行ったのだが、どれもうまく行かなかったのだ。
これは一度うまく行かないと、それが延々と続くという一般的な転び方に似ているだろう。
そして、それが続くといずれはその不満が爆発し、革命に発展して国の滅びへ繋がるのだ。
アイワーン国が立憲君主制でなったのは、今の現国王から二世代前の先々代王による失政の果てから民衆のみならず、彼を支持していた貴族諸侯も見限られ、王に国政を制限させる法律を強制的に制定させたのが始まりである。
当時の王は革命を恐れるばかりに自己の保身のためにそれを了承し、それ以降王族は国政にほとんど携わないことを誓ったのだ。
だが、アイワーン王は諦めていなかったのだ。
実は今回の調査団も国政復帰を目指す王が王政復帰の大義名分を得るために、藁にもすがるのような思いで私財を投げ打って、調査させたのだ。
だから、数少ない王権派の人間で組織されていた調査団の報告はまさに“可能性”とも言えるべきだったものだったのだろうか。
今回の迷宮探索に携わった者達も迷宮攻略のために軍隊も王の側近のみで組まれた少数の近衛兵のみであり、外部には知られることはなかった。
こんな迷信を信じ込むぐらいだから、余程追い詰められていたのだろうか。
しかし、運の悪いことにすでにその迷宮は命知らずの冒険者たちが既に足を踏み入れていたのだ。
この腕利きの冒険者たちは迷宮を見つけると、すぐに第一層を突破していたのだ。
さらに調査団の一人が酒場でうっかりと迷宮のことを口を滑らしまい、この迷宮の“言い伝え”もあっちこっちに伝わってしまい、今や知らない者が多いのであろう。
そのことを道中で聞いた王は大きく焦燥し、その焦りのあまりこのように国中にお触れをだした。
「迷宮の深部に辿り着いた者は莫大な財と近衛兵の地位を与えることを約束しよう」
このことを聞いた人々は新しい言い伝えに夢と希望を抱き、数多くの冒険者が迷宮に挑みだしたのだ。
◇◆
そんな噂話からか、迷宮付近では世界各国から冒険者たちが集まった影響もあり、小さな町が迷宮付近に生まれた。
商人たちは横柄な冒険者たちを相手に逞しく商売魂を見せていたのだ。
これはアイワーン国は国政もあまりうまく行かず、景気の悪い状態が何年も続いたためか、迷宮特需と言うべきなのか商人たちも気合を入れて商売をしていた。
こんな何もない不毛な遺跡地帯であったこの場所には冒険の象徴たるギルド会館が新設されることを始め、武器屋や宿屋などの設備が出揃い、貿易商人も多数いてかなり繁盛していた。
これに伴い、この街は人間【ヒューマン】だけではなく、森の民とよばれる美しき種族エルフ、大地の民と呼ばれる小さな体躯ながらも力強き種族ドワーフ、子供のような体躯をした勇気の種族ハーフリング、そして誇り高きバハムートを信奉するドラゴニュートや獣のような特徴を併せ持つ獣人なども多種多様な種族も見られた。
この地区は腐敗しているアイワーン政権の手の届かないところにあったため、王もこの場所に入る際には臣下の者達と共にギルド会館の許可をもらい、別荘を築いたほどであった。
この町はそんな自由を夢見る若者たちが集まるにぎやかな場所なのだ。
「へい、いらっしゃい!お、そこの坊主!これから迷宮探索かい?うちの武器は西のドワーフが作った武器よりも切れ味が優れているよ!」
当然だが、この町では商人たちは客引きも盛んだ。
今日も冒険者に負けないくらい30代半ばぐらいの大きな体躯を持った武器屋の親方は目の前を通っている幾数多の冒険者に手当たり次第に声をかけており、いつものように若い冒険者に声をかけたのだ。
だが、若造扱いされたのにその冒険者は嫌気が差したのだろう。
声をかけられた少年から青年へと成長したばかりの年頃者は少しむっとした感じに親方の方を向いた。
彼の容姿は極めて平凡なものだった。何の特徴も無い黒い髪に高くもなければ、低くも無い身長。体格も冒険者らしく鍛えているのか、それなりにがっちりしており、服装も冒険者らしく青い衣に紺色のズボン、特徴的なものといえば興ざめするような赤い帽子に青いマフラーぐらいであろう。
ただ、彼の目にはやる気が満ちており、腰の武器はかなり使い古されているが相当な業物であり、ベテランの冒険者ならば声をかけたくなるような、悪く言えば利用価値があるような雰囲気を持った人物であった。
やる気に満ちた青年はどうやら坊主扱いに少し腹が立ったのだろう。
彼は若々しくも少し強い声でこう言ったのだ。
「坊主とは失礼ですね。これでも既に歳は19歳になったばかりですよ。それに武器ならもう間に合ってます」
この青年の名前はソウマ・ニーベルリングと言い、ほんの半年前に冒険者になったばかりのまだまだ駈け出しの冒険者である。
つまるところひよっこである。
◆◇
ソウマ・ニーベルリングはアイワーン出身の地方下級貴族のニーベルリング家の長男だ。
齢18歳のこの青年は半年前に家を飛び出すまで、ある一点を除けば、平凡な地方貴族でしかなかった。
その一点とは彼が生まれてくる前にある預言者が彼の家を訪ねたときにこう言ったのだ。
「この子の魂は異界より転生した魂である。ただ、どういうわけか。この子は全ての記憶を覚えていない。ましては強力な力を持っていない。安心してほしい」
それを聞いた彼の父親であるニーベリング男爵は心底ほっとしてこう言ったのだ。
「我が家に変なのが生まれなくてよかった」と。
こうして、ニーベルリング家の跡取りとして生まれたこの子供は、異世界の魂を持っていることからかつてこの世界に現れた異世界人「荒川蒼真≪あらかわそうま≫」からあやかってソウマと名づけられた。
当然、預言の通りに彼は特に異世界の知識とか持っておらず、普通の子供と特に大差もなく育った。
だが、彼も異世界転生した魂であったためなのか、時たま誰もが聞いたことの無いおとぎ話を友人や家族に度々言っていたのだ。
しかし、当たり前だが聞く人にとってはそれはただの空想上のおとぎ話でしかなかった。
それは彼にとっても同じであった。
いつの日か、その彼が聞いたというおとぎ話はいつしか言わなくなって、彼自身も忘れてしまったのだ。
だが、彼にはある夢があったのだ。
その夢に対する努力をしながら、他の人同様に平凡な日々を過ごしていた
そんなある日のことだった。
いつものように剣術の稽古していた帰り道にふっと耳にしたのだ。
『迷宮の謎を解き明かした者はその者が生き続ける限り、永遠にその望みを叶え続けるだろう』
そのことを聞いたソウマは「自分の力」で迷宮をどこまで試せるか、もしかすると、自分が抱いた夢がどこまで本当に叶うかもしれない。
そう思った彼はその日のうちに迷宮へ旅立つ準備を整えた。
全ての準備が整った彼はこっそりと両親へ置き手紙を置き、旅に出ようとしたが
しかし、すぐにばれた。
両親は長時間による説教をした。
しかし、ソウマはそれでも冒険者になりたかった。
そこで彼はニーベルリングの跡継ぎとして、必要な力量を身につけるために迷宮に行きたいと両親に言ったところ、月に一度家に戻ってくることを条件に冒険者にさせてもらったのだ。
その際にニーベルリング家の家紋が入ったマフラー、そして一族に伝わるある武器を受け取り、彼は名実ともに晴れて冒険者になったのだ。
しかし、冒険者になったはいいものの、当初は一族に伝わる武器とそれなりに洗練された武術のおかげで魔物との戦闘には活躍したものの、いまいちパッとしなかったのだ。
ギルド階級も第6階級の“紅”級と半年の冒険者としては極平凡といったものであり、当初の知名度とは裏腹にそこまで優れている冒険者とは言えなかった。
それでも彼の名前は一族に伝わる武器とその戦闘能力の高さおかげである程度の知名度は持っていたのだ。
ただ、この武器屋の親方はここ最近商売するためにこの町来たばかりなので、割とマイナーな冒険者である彼の名前はなぞ知っているわけではなかった。
だが、彼の手にする武器は冒険者間でも有名な業物であった。
ソウマが所有するその武器を見た親方はピンッときたのか、顎の下を撫でては「ははん」と納得した。
「お前さん、噂の『村正』の坊主か?」
それを聞いたソウマは少し嫌そうな顔をした。
名前ではなく、武器で知られているからだ。
ソウマの嫌そうな顔を見ると、こいつがそうであろうと確信した武器屋の親方は声を上げて笑い出した。
「ハッハッハッハ!本当に噂どおりこんな若い坊ちゃんだったとはな!いやはや、驚いたぜ!」
流石に武器屋の態度に若者らしく腹立ったのか、ソウマは怪訝な顔をしつつもその場から離れようとした。
それを見た武器屋の親方はソウマに興味を抱いたのか、彼をこう引き留めたのだ。
「まぁ、気を悪くするなって若いの!別に買わなくてもいいから、お前さんの話を聞かせてくれよ!何ならサービスしてやってもいいぜ!冒険者さんよ!」
それを聞いたソウマはそのままの向きで後ろを向いたまま、武器屋の親方のところへすごいスピードで戻ってきた。
「サービ…いや、まぁ見るだけならいいですよ。どうせ暇ですし」
「・・・随分と素直な奴だな」
◆◇
ソウマは親方からもらった菓子を食べながら、ちょっとした世間話をしていた。
「なるほど、あんちゃんはこれからギルド会館に行く途中なのかい?」
「ええ、お金ないんで」
「ほぅー、あれか?稼ぎが少ないのかい?」
その言葉にソウマはギョッとした。
どうやら、図星のようだ。
「ま、まぁそんなところですね…。今のソロの雇われ傭兵みたいなのにちょっと限界を感じてきたので…。ま、どこかのギルドに入れてもらいにいこうかなって。生活も厳しいし」
「へぇー、やっぱ儲かってないんだな。冒険者って」
「まあ、基本そうですね。最初のうちは何とかなってたんですけどね~」
ソウマは能天気そうにそう言った。
一応、彼は度々実家に戻っているためなのか、別に健康状態は悪くなく、しっかりと食事や睡眠も取っている様子であった。。
「それじゃあ、せっかくの妖刀『村正』が泣いちまうぞ?」
「そりゃまったく」
ソウマは笑いながらそう言った。
彼が持つ妖刀『村正』はテセルナード大陸に伝わる冒険者の三大神器と呼ばれるほどの業物であり、多くの冒険者の憧れの品物である。
この武器は熟練の冒険者でもなかなか手に入らない品物であり、第三階級の銀級の冒険者がちらほらと持っている物である。
だが、この刀は常に血に飢えており、魔物の血を絶えず吸い続ける呪われた妖刀でもあり、その切れ味はダイヤさえも切り裂くと言われている。
最も呪われた刀であるのに、迷宮深部のモンスターが守っている宝箱から複数手に入るらしいためか、単純になかなか目にかかることができないものすごく強い武器と言えば良いであろう。
「あんちゃん、ちょいとその刀見せてくれ」
「ん?ああ、いいですよ」
ソウマは親方にそう言われると、腰に携えていた刀を引き抜き、赤黒く輝く刀身を親方に少し自慢げに見せた。
「ほぉー、流石は『三種の神器』と呼ばれるだけはありそうだな…」
「『村正』ぐらいならステルベンの『黒銀の鉾』がわんさか持ってますけどね」
ソウマは鼻で少し溜息をつくと、刀をしまった。
「じゃあ…そろそろ」
ソウマがそう言って、この場を立ち去ろうとした瞬間だった時だった。
「おっと待ちな!」
「?」
親方はソウマを呼び止めると、何かを投げた。
食べ物だ。
「頑張れよ!あんちゃん!」
ソウマはそれを受け取ると静かに頷き、大声でこうお礼を言った。
「オレの名前はソウマ。ソウマ・ニーベルリング!ありがとうございます!」
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