続・羅生門

無花果

続・羅生門

雨がさらに激しく降り続く。下人は闇の中を走りながら、全身を叩きつける雨をも気にすることなく走り続けた。走りながら色褪せた紺の着物を脱ぎ捨て、老婆から剥ぎ取った檜皮色の着物を乱暴に纏った。もはや、ついさっき羅城門の下で雨やみを待っていた男と同一人物ではない。


それから下人は人を殺すこと以外は何でもした。いや、自分の手を汚さないやり方なら殺すこともしていたかもしれない。それもこれも飢え死にをしない為の手段なのである。悪いこととは思わぬ。おれは、生きるために仕方なくしていることなのだ。下人は盗人になることを選んだ自分を肯定するどころか自賛の念すら感じていた。


ある日、下人は人気のない山道で追い剥ぎをするため旅人が通りかかるのを、息を潜めて待っていた。すると一人の男が通りかかったのである。男は何処からやってきたのか、さびれきった洛中にそぐわぬ身なりをしていた。着物は新しく、いかにも暖かそうな上着を着ていた。追い剥ぎをするにはおあつらえむきといったところだ。下人は男の前に立ちはだかり、汚れてドス黒くなった檜皮色の着物を翻した。「何処から来たか知らんが、着物と持っているもの全部置いて立ち去れば命だけは助けてやる。」下人はそう言って太刀の白い鋼の色を、その目の前にちらつかせた。しかし男は怯むことなく下人の太刀を払いのけ、瞬く間に下人を地面に叩きつけたのである。男は、水溜まりに俯せになった下人の顔をじりじりと踏みつけた。「おのれ、殺し屋が汚い盗人などに殺されてたまるものか。」男はそう言って下人の太刀を鞘から抜き、なんの躊躇いもなく下人の背中に突き刺したのである。


それから数日が経ち、下人は腐乱した死骸となった。死骸となってあれこれと考えはじめたのである。何羽もの鴉がうるさく鳴きながらよってきて、おれの檜皮色の着物からはみ出た肉をついばむ。ついばまれながら、なぜ檜皮色の着物を着ているのかを考えはじめたのだ。あの頃、そう、色褪せていたが紺の着物を着ていたはずだった。あの頃は、 少なからず良心というものがあった。しかし紺の着物は雨の下に脱ぎ捨てられ、ずぶ濡れになり泥にまみれ、踏みつけられ、かつての着物の形すら跡形もなく消えてしまった。なぜ、おれは紺の着物を脱ぎ捨ててしまったのだろう。

檜皮色の着物さえ着ていなければ、鴉に食われることもない。死骸になることもない。男に殺されることもない。盗人になることもなかった。そう、羅生門であの老婆に会わなければ良かったのだ。


下人は腐乱した頭で延々と後悔をはじめた。しかし鴉に目の玉を食われ、脳みそを食われはじめ、ついに考えることも出来なくなった。


下人はもうどこにも居ない。

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続・羅生門 無花果 @ichijiku8

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