第四十六話 読書の日

「うーん……今日は収入無しか……」

「扉以外はね……」


 探索を続けて6時間が経過した。何度か休憩を挟みながら、右往左往してダンジョンを探索したが、下の階層に下りる階段ではなく、大きな扉を見つけた。多分、あれがボスの部屋に繋がっているのだろう。


「大きな空間だけのダンジョンか……本来はこの高さ分の階層があったのかもしれないな」


 そう考察するのはカディだ。なるほど、あの塔のような螺旋階段分を床と天井で幾つかに分ければそれなりの深度になるだろう。生成途中でどういう意図が働いたのかは分からないが、彷徨い、モンスターと戦いながら階段を見つけるよりは幾らかマシかもしれない。


 姉さんに抱かれながら登るのもこれで2回目ということもあり、精神的余裕も出てきた。


「明日はリセット日だし、明後日にボス部屋に行こう」

「そうだねー。じゃあ明日はお休みだ」

「私は町を探索したいな」


 もう階段を登ることに飽きたカディが手摺に足を掛け、ジャンプして上の手摺を掴むという登り方で外を垂直に登る僕達に追い付いてくる。人間業ではないのはモンスターだからしょうがないにしても、見ていて危なっかしいのでやめてほしい。


 ダンジョンから出た僕達は真っ直ぐ家に帰ろうとしたのだが、カディがどうしてもと言うので、アストンさん達と行ったお店に行くことにした。前回同様、奥で女性達が踊り、探宮者達が沸く中、僕達は食事に専念した。


「もぐ……もぐ……」

「あむ……んっ……」

「ずず……はぁ……」


 それは異様な光景だった。舞台上で踊る女性達に場が盛り上がる中、その一角では一心不乱に食事をしている集団が其処にはあった。口笛にも反応せず、歓声にも耳を貸さず、ひたすら肉を囓り、野菜を千切り、スープを飲み干す集団。ていうか僕達だった。


「うぇ……もうお腹いっぱい……」

「ちょっとリューシ、吐かないでよ? もうカディ、もっと考えて注文して!」

「責任を取って全て食べよう。もぐもぐもぐもぐ……」


 メニュー表を渡した僕達も悪かったが、止める間もなく注文しきったカディとそれを一発で覚えて作り上げた店員さんも凄かった。お陰様で地獄みたいな卓上にはなったが、これでカディも暫くは満足してくれるだろう。


「ふぅ……食った食った」

「満足した?」

「あぁ。明日も来よう」

「……」


 無尽蔵の胃を持つカディに溜息しか出ない夜だった。



  □   □   □   □



 翌日はダンジョンリセット日ということで、家でゆっくりすることにした。研究を続けてもいいが、偶には何も考えずに過ごすのも大切だ。


 という事で本を読もうと思ったのだが、手持ちの本が無いことに気付いた。


「どうしたものか……」


 リビングのソファでボーッと天井を眺めながら考えていると、姉さんの奇声が聞こえてきた。


「やっちゃー!! 林檎味のポーション出来たー!!」


 どうやらアンデッド用ポーションの新作が出来たらしい。姉さんもアンデッドになってから錬金術の方向性が変わってきた気がする。以前は人の役に立つ物を多く開発していたが、今はアンデッドライフを充実させる方向に変わっている。


 思えばそれはあの村に居た頃、誰かに必要とされる為にやっていたのだろう。そうしてお金を稼ぐ事で僕達が生活していけるように……。

 それが今は探宮者という職業のお陰でそういった心配をする必要がなくなった。なので今は殆ど趣味としてやっている。だが腕が良すぎるので開発する物も一流だし他にはない物なので売ればお金にはなると思う。


「……そうだ。2階の倉庫に何かあるかも」


 錬金台は此処の前の入居者の物だ。大きい物だから置いていったらしい。それ以外にも木箱が幾つか置いてあり、倉庫代わりになっていた部屋が今では姉さんの錬金部屋になっている。

 その木箱は姉さんがざっと見てくれたが、もしかしたら本なんかもあるかもしれない。


 早速僕は2階へと向かった。




「姉さん」

「んー?」

「木箱に本ってあった?」


 錬金台に向かう姉さんに声を掛ける。手を止めた姉さんが振り返る。そのままふわりと舞い、幾つかの木箱を覗いてくれた。


「これこれ。この木箱にぎっしり詰まってるよ」

「ありがとう、姉さん」

「いえいえー」


 見つけてくれた木箱の蓋を開けると確かに本が詰まっていた。これだけの本を集めるのにお金とか凄く使っただろうに、どうして置いていったのだろう。僕ならどうやってでも持っていくが……。


 まぁいい。今はとりあえず何か読みたい。一冊一冊手に取り、興味の湧く物を探す。幾つかはあの村に住んでいた時に家で読んだことのある本があった。懐かしさにパラパラとページを捲るが、読んだことのある本に時間を使うのも勿体無い。


 そして1つの本を見つけた。冒険譚のようだ。一人の冒険家が各地を周った話が物語調に書き綴られている。


 その場に腰を下ろし、木箱に背を預けて本を開く。姉さんが換気の為に開けた窓から入る少しの人の声と涼しい風が程良く気持ちを集中させてくれた。


 暫く読んでいたが、面白い。主人公はヨギリという男だ。彼は世界を旅する冒険家で行く先々で見つけた遺跡やダンジョンを探索しては不思議な物を見つけている。その中には他の本で読んだことのある伝説のウェポン等も発掘している。


『私が見つけた剣型のウェポン『タケミカヅチ』は雷を呼び、自身をも雷に変化させるウェポンだ。雷魔法を放つのは当然として、抜けば天から地に落ちる雷と同じ速度で斬撃を放つ事が出来る。これのお陰で私は数々の危機を乗り越えることが出来た』


 この一文にある『タケミカヅチ』という剣型のウェポンは本でしか語られない伝説のSS級ウェポンだ。だがこのヨギリの本ではなく、ウェポン図鑑と言う本にも書かれている。この本の著者と図鑑の著者は別の人物だが、実際に書かれているということは実在した可能性がある。


 そう考えると伝説というのも実は史実に則ったものなのかも……と思ってしまう。であれば同じ伝説のウェポン『ニルヴァーナ』も見つかるのでは……そう考えてしまうのも無理はない。


「ふぅ……」


 半分程読んだところで休憩することにした。顔を上げると窓の外は薄暗かった。いつの間にか一日が終わろうとしている。夕闇に浮かぶ黒檀の骨を眺めながら、木箱に身を預ける。吹く風はすっかり冷たくなり、少し肌寒い。


「あっ」


 一際強い風が2階に入ってきた。足の上に広げていた冒険譚が風によって捲られていく。まだまだ読んでいない場所だ。此処で目にしてしまうと先の楽しみがなくなってしまう。僕はソッと目を半分閉じながらページを戻す為に本を拾う。


 しかし、気を付けていたが先を知りたい気持ちが本の内容を盗み見てしまう。其処に書かれていた一文を、僕は目にしてしまった。


『――こうして私は旅の末に死者が眠る為、死者が造り上げた死者の為の宮殿『大霊宮ニルンパレス』へとやってきた』

「……えっ?」


 思わず声が出てしまう程の発見だった。

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