第三十四話 裏ギルドとカドゥケウス

 姉さんと今後の事やヴィオラさんにまた自慢してやろうという話をしながら階段を登る。


「2連覇だし、きっと褒めてくれるよ」

「そうだね。ヴィオラちゃん、ああ見えて可愛いところあるし……ん?」


 僕の先を歩く姉さんがピタリと止まった。


「モンスター?」

「いや……多分、人間」

「探宮者……? あぁ、さっきの後続の」


 気を使って入らなかったんだろうなとは思っていたが、何故此処に居るんだろう。ボス部屋に用でもあるのかな。


「……嫌な予感がする」

「……」


 姉さんの言葉に、先日の裏路地事件を思い出す。ボスは倒したのにまだ此処に留まる理由。色々考えてみたが、此処がブラックバスであることを考えると、確かに予感は嫌な方向へと向かっていった。


 無言で《パイド・パイパー=カドゥケウス》を握り直し、腰に下げたレームングの柄に触れ、位置を再確認する。


 段数を重ねるごとに1階の天井が見え、壁が見え、数人の男達が並んでいるのが見えてくる。


「……」

「……えっと、あの」


 無言で見られ、堪らず意味もなく口を開いてしまう。


「ボスは、あの、倒しちゃいました。もう居ないんですけど……」

「あー、それは知ってるよ。静かになったしね」


 じゃあやっぱりもう用はないはずだ。


「……それじゃあ僕達はこの辺で」

「まぁ待ちなよ」


 1つしかない通路を塞ぐように立たれ、これはいよいよ戦闘かと鋭く男を睨む。


「おいおいおい、そう怖い顔すんなよ! まぁ警戒するのは分かるけどさ、まぁほら、落ち着いて。お話するだけだから!」

「要件はなんでしょう?」


 油断せず周囲を確認しながら応答する。周りの男達は微動だにしないが、武器を携帯している。いつその切っ先が此方を向くか、わかったもんじゃない。


「君、リューシっていうんだろ。此処に来たばかりなのに先週と今週、ボスを倒してる優秀な探宮者パスファインダーであり、屍術師ネクロマンサー……」

「……」


 いつの間にかそんな情報が出回っていることに一瞬、驚く。が、努めて表情には出さないように男を睨み続ける。


「そんな君を、うちのギルドに勧誘しに来たのさ」

「ギルドでしたら、もう所属してますが」

探宮者組合そっちのギルドじゃなくて、うちの……」


 男がニヤリと笑う。


「裏ギルドさ」



  □   □   □   □



 嫌な汗が背中を伝う。自然とパイド・パイパーを握る力が強くなっていくのが分かる。


「裏ギルド、ですか」

「あぁ、俺達は探宮者組合パスファインダーギルドとは違うんだよ。くだらないルールなんてない、自由なギルドさ!」

「はぁ……ですが僕はもう所属していますので。鞍替えする気もないです」


 世話になった人達を裏切るつもりは一切ない。その意思を込めてパイド・パイパーの切っ先を男に向ける。それを見た男は溜息を吐いてがっくりと肩を落とした。


「はぁ……残念だよ。ねぇ、生きにくくない? 屍術師なんてさ、疎まれることはあっても感謝なんてされないだろう? うちにも居るよ、見下され、蔑まれてきた奴がさ。でも今は元気にやってるんだぜ?」

「確かに因果な職業だと思います。でもそのお陰で色々役立ったこともあります。誰に蔑まれようと、疎まれようと、僕は僕であることを否定しません」

「俺達のギルドに入るのが自分を偽ってるって、そう言いたいのか?」


 呆れ顔だった男は眉間に皺を寄せて僕を睨む。凄まれようと、僕の意見は変わることはない。だってそれは明らかな逃げ・・だ。胸を張って自分を誇れないようじゃ生きていけない。


「その通りです。周りに馴染めず、逃げた人間の集まりが裏ギルドなんじゃないですか?」


 僕だって周りに合わせるのはとても苦手だ。今まで出来なかったから、凄く苦手だ。だけど、今は僕を虐めるような人間は居ない。あの村とは違う。だからこそ、常に努力している。相手がどう思ってるかとか、相手がされて嫌なことは言わないとか、そんな小さな一歩だけど、いつも一歩一歩を大事に過ごしている。


 それを否定された気分だった。僕の日々の努力を、屍術師であるというだけで否定された気持ちだ。だから初めて、僕はこの町に来て怒っていた。


「……そうかよ。あぁ、今日は勧誘だけで、断られたら引き下がろうと思ってたんだが……其処まで言われちゃあ、傷付くよなぁ?」


 周囲を見回すように怒鳴るように男が言う。周りの人間はそれに応えるように各々が持つ武器を構えた。激突は避けられないようだ。僕もパイド・パイパーを構える。


 と、いきなり黒炎が男達に向かって放たれた。一直線に集団に向かって飛んでいった炎は見事に隙だらけの男達の足元に着弾し、爆発音が響き渡る。慌てて腕で顔を覆う僕の目の前で男達が吹き飛ぶのが見えた。


「はぁぁぁ……キレそう……」


 低い声で小さく呟くのは魔法の発生源、姉さんだった。


「リューシがどれだけ頑張ってるかも知らないくせに好き勝手言いやがって……マジぶち殺すぞ……」

「あの、姉さん……?」

「リューシ、それ貸して」

「あっ」


 パイド・パイパーを姉さんに取られた。それは屍術師用のウェポンであって、アンデッドである姉さんが使うのは無理なんだけど……。


「あぁ、なるほどね……カドゥケウスって言うんだ、お前」

「誰のこと……?」

「おいで、カドゥケウス」


 何かを鑑定したらしい・・・・・・・・・・姉さんが杖を振るう。暗く輝くシャドウフォックスの魔石から紫色の魔法陣が展開し、其処から黒い霧が溢れ出す。召喚魔法のようだが、僕はあんな召喚はしたことがない。


 黒霧の中から現れたのは黒く、大きな獣だった。鋭い爪と牙が見えるが、何よりも目を引くのは真っ赤な鋭い眼光だった。


「覚えておいて、リューシ。これがパイド・パイパー=カドゥケウスの使い方だよ」

「召喚出来たんだ……いや、ていうか何で姉さんがパイド・パイパー使えるの?」

「さぁ……出来そうだったからかな」


 そんな理由で使えるなら誰でも……いや、何処の屍術師が使役しているアンデッドに自分の杖を渡すだろう。それは使役からの解放に繋がるし、自らの命を差し出すのと同義だ。

 だけど姉さんは使役アンデッドではなく、野良だ。だから今まで誰も気付かなかったアンデッドの杖使用なんてことが出来たのかもしれない。


 研究心が疼くが、今はこのシャドウフォックスと裏ギルド員が先だ。爆発から辛うじて逃れた男達が立ち上がり、剣や斧を手に此方を睨むがシャドウフォックスを見て踏み出せずにいる。


「はい」

「あ、うん」


 姉さんからパイド・パイパーを返してもらう。するとシャドウフォックスとの繋がりを感じた。ドクン、と鼓動のような空気の震えが僕へと響く。するとシャドウフォックスが此方に振り返る。怖い顔でジッと見るので、男達を指差した。


「殺さない程度にお願い……します」

「グルル……ギュアアアア!!」


 本当に狐なのか疑わしい吠え声で、だけど僕がお願いした通りに男達に襲い掛かってくれた。あまりにも見た目が怖いから思わず敬語になってしまったが、これが敬語じゃなかったら僕が襲われていたかもしれない。これからも気を付けよう。


 シャドウフォックス……カドゥケウスの力は凄まじく、僕や姉さんが何かするまでもなく男達が蹴散らされていった。カドゥケウスの隙を見て僕に襲い掛かろうとしてもすぐに気付いて取り押さえてくれる。これは素晴らしい……守ってくれる姿を見ているとだんだん可愛く見えてきてしまう。何ならあのモフモフの尻尾を撫でたいまである。


「クソ……こんなはずじゃ……!」

「残念ですけど、これが僕の答えです」

「う……ぁ……!」


 這いつくばる男の上でカドゥケウスが大きな口を開く。並んが鋭い牙が今にも男の頭を噛み砕くだろう。


「あ、あ……うわぁあああぁぁあぁぁああああ!!!」


 叫んだ男はそのまま意識を失った。勿論、僕のお願いを聞いてくれたカドゥケウスは噛み砕くことなく、周囲を確認して全員が戦闘不能になっていることを確認して僕達の元へと戻ってきた。


「あっ……ありがとうございました」

「コャン」


 先程の絶叫のような声ではない、可愛らしい声で小さく鳴いたカドゥケウスは驚くことに黒霧を放ちながら巨体を小さくしていった。子犬サイズになったカドゥケウスが僕の足に体を擦り付ける。


「はぁっ……!」

「可愛い……」


 思わず姉さんと一緒に悶てしまうくらいに愛らしい。カドゥケウスは僕のローブに爪を引っ掛け、よじ登り、僕の頭の上に乗っかった。


「いや、其処は流石に……あれ、あんまり重くない」

「体の大きさを調整出来るから重さも変えられるのかもね」

「なるほど……ていうかこの人達どうしよう」


 裏ギルド員は全員気絶するか動けずにいるかで、この場に放置すればいずれはモンスターの餌食になってしまうだろう。かと言って連れて帰るのは難しい。単純に人手が足りない。


 どうしようかと悩んでいると、通路の奥からバタバタと人が走ってくる音がした。またぞろ裏ギルド員かとパイド・パイパーを構えるが、飛び込んできた人間の姿を見てほぅ、と息を吐いた。


「大丈夫か、リューシ!」

「はい、ヴィオラさん」


 複数のギルド員を連れて駆け込んできたのはヴィオラさん達だった。これで安心出来るってもんだ。思わずその場に座り込んでしまうと、ヴィオラさんと姉さんが慌てる。頭の上のカドゥケウスはあぐらをかいた僕の足の隙間に素早く滑り込んで丸まってしまう。


 そんな愛らしい新しい家族の背中を撫でると、頬が緩むのを感じた。

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