第三十三話 ボスはちゃんとオークでした

 大慌てで通路を走る。この先がボス部屋だが、後ろから人の声がしたから急いでいた。


「モンスター居ないよ!」

「わかった!」


 走りながら返事をするといつもとより大きな声が出てしまい、慌てて口を抑えた。ビックリしたのもあるが、通路に反響して誰かに聞かれては拙いと思ったからだ。気を付けなければ。


 とは言っても、新しくなったパイド・パイパーに付いている装飾がジャラジャラと鳴るのであまり意味はないかもしれない。奇襲時だけ気を付けて、あとは堂々としているくらいが良いのかも……。


 無人の曲がり角を越えた先にはポッカリと空いた穴があり、その中は螺旋階段となっている。その先がボス部屋だ。階段の手前まで来た僕は深呼吸を繰り返して無理矢理息を整える。


「ふぅ……ふぅ……」

「大丈夫?」

「んっ……大丈夫……」


 唾液を飲み込み、ゆっくりと息を吐く。


「……うん、いけるよ」

「じゃあ行こう!」


 気合満々の姉さんがしゅるりと階段に吸い込まれたので、僕もそれに続いた。


 暗くて狭い階段を転ばないように気を付けながら駆け下りる。つい一週間前に此処を下りた時は緊張でいっぱいだったが、今は違う。勿論、緊張もしているが興奮の方が勝った。ワクワクした感情を抑えきれない自分が居て、妙に驚いている自分が居た。


 階段を下りきった先は以前も見た大広間。あの時は奥に一人、柱を抱えた巨人が座っていたが……。


「オークだよ!」


 あの髭の探宮者が言っていた通り、通常のボスはオークらしい。醜い顔の巨漢が群れでウロウロしていた。まずはレッサーサイクロプスではないことに安心してホッと

する。


「行くよ、姉さん」

「うん!」

「《召喚サモン骸骨双剣士スケルトンスラッシャー》!」


 広がった魔法陣から両手に1本ずつ剣を握った骸骨の剣士が5体、出現する。


「《召喚サモン骸骨守護士スケルトンディフェンダー》!」


 更に魔法陣から大盾を構えた骸骨が3体、僕の周囲に並び立つ。


「さぁ骸骨君達、やるよ!」


 姉さんの声にカタカタと骨を鳴らしながら果敢に走り出す双剣士達を見送り、僕は魔法の用意をしながら盾持ち達の後ろへ隠れた。


 姉さんを筆頭に双剣士達を召喚し、僕は後方で身の安全を守りながら魔法を使う。これがオークと戦う上で姉さんと決めた作戦だ。ウェポンを新調したお陰で魔法の使用効率も格段に上がり、多数の召喚も今の所は苦にならない。


 呼び出し、操作することが召喚魔法だが、それを複数となると数の多さだけ細やかな操作が必要になってくる。

 その細やかな操作を姉さんが現場でしてくれるのが一番効率の良いやり方だ。本来なら遠隔で魔法使用者が操作するのだが、姉さんがそれを代わりにやってくれるお陰で此方は随分と楽が出来る。


 楽が出来るとどうなるかというと、こういう風に魔法を放つことが出来る。


「ハッ!」


 丸いシャドウフォックスの魔石に魔力を灯すと、濃い紫色に輝く。それをディフェンダーの間から放つ。一直線に魔法はオークを目指し、接触した途端に黒い炎に包まれた。


「ブギュウウウウウウウ!!!」


 けたたましい絶叫が響く中、更に魔法を用意し、燃える仲間を呆然と眺める間抜けに向かって放つ。双剣士達に痛めつけられ、ボロボロになったオークは体力が落ち、抵抗力が弱まる。そんな死にかけのモンスターを見つけた場合は、この煙の魔法を放つといい。


 何故なら、其奴はゾンビとなって此方の味方になってくれるからだ。


「ボェ……ァー……」


 虚ろな目をしたオークは手にしていた棍棒を手放し、素手で隣のオークの背後から掴みかかり、首の付根に噛み付いた。骨まで食い千切るような立派な顎だ。さぞかし痛いだろう。


 そうしてゾンビに噛まれ、死にかけたところに魔法を放って仲間を増やす。ゆっくりとゾンビ化は侵食し、いつしかオークの半分はゾンビとなって大広間を彷徨っていた。


 もう半分は、姉さん達が始末していた。返り血を拭いながら現場を指揮する姉さんが双剣士達にゾンビの処理を指示していた。走り出した双剣士達はオーク・ゾンビの脳天に剣を突き立て、どんどん魔石へと変えていった。


「お疲れ様、姉さん」

「おつかれー。味方に屍術師が居ると楽で良いわね……敵と戦えば戦うだけ味方が増えるんだから」

「絵面が悪いから嫌われるけれどね」


 言葉だけ聞けば有能のそれだが、やってることは死体を弄んでるだけだ。必至に戦った相手をゾンビ化させ、使役して仲間だった味方を攻撃させる。人間相手にやろうものなら罵詈雑言の嵐だ。


「ま、良いんじゃない?」

「姉さんがそう言うなら」


 こんな僕を肯定してくれる姉さんが居るから、僕は頑張れるんだ。


 いつしかゾンビ化したオーク達も処分され、辺りは魔石だらけとなる。その場に座って休憩している間、骸骨達にそれを集めさせ、回収した後は魔法陣の中へと戻らせた。


 そしてお待ちかねの宝箱だ。大広間の中央に、いつもより豪華な見た目の宝箱がいつの間にか現れていたので、それを確認しに行くため、よいしょと腰を上げた。


「じゃあ開けるよ?」

「うん!」


 ゆっくりと蓋を押し開ける。ガタンと向こう側に倒れるまで押し上げて中を覗くと、2つのウェポンが入っていた。


「今回は2つなんだね」

「前回が3つだったからちょっと損した気分……」

「まぁまぁ、確認していこう」


 まずは青い剣を取り出す。幅広い刃は両刃。持った手触りは金属製かな? 僕には重く扱えない。


「『アイスエッジ』だって。氷属性の剣型ウェポンだね」

「これも氷魔法が使えるようになるの?」

「ううん、剣自体が氷属性みたい」


 首を傾げる。剣自体に属性がついているとどうなるのだろう?


「例えば、斬った相手が凍ったりとか」

「あぁ、なるほど」


 内部から凍らせるのは中々恐ろしいな。なるほど、そういうタイプのウェポンもあるわけか。


「これは買取かな」

「そうだねー。もう一つはどうだろう?」


 アイスエッジを鞄に仕舞い、もう一つのウェポンを取り出す。此方はパイド・パイパーと同じ杖型のウェポンだ。けれど見た目はグネグネと変に曲がっていて気持ち悪い。部分部分が火膨れしたかのような感じも嫌だ。色も濃い紫でちょっと引く。


「これはもう買取決定だね。『毒沼の枯れ枝』って名前の杖型ウェポンだよ」

「毒か……」


 この毒々しい見た目からして毒だ。持ってるだけで気持ち悪くなってくるくらいだ。持っていたくないが鞄に入れるのもあんまり気が進まないな……。

 しかしこれもお金になるウェポンだ。嫌だけど持って帰るしかない。


 諦めた僕はその杖も鞄に仕舞い、立ち上がる。


「さぁ、帰ろう」

「そういえば後続の人、下りてこなかったね」

「確かに……」


 気を利かせて入ってこなかったのかな。前は駆け込んできたから、入れないような仕組みにはなってないと思うけれど。


「まぁいいや。行こう、姉さん」

「うん、リューシ」


 気にしても仕方ない。帰るまでが探索なので、しっかりと気を張って帰るとしよう。

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