第三十一話 生まれ変わったウェポン達

 窓から差し込む光と姉さんの奇声に起こされた僕は欠伸一つ、今日の予定の為に身支度を始めた。


 今日はウェポン技師さんにパイド・パイパーとパラライザーの改造をお願いしに行く。


「姉さん、行くよ」

「あーい」


 準備を終えた僕は2階で研究をしていた姉さんを呼ぶ。最早扉なんて何の意味もなく、すり抜けて出てきた姉さんは僕の隣に降り立った。


「おはよう、リューシ」

「おはよう、姉さん」


 アンデッドとなって研究し放題になった姉さんは何処か若返ったように見えなくもない。いやそんな訳はないのだが。でも病気で寝込み、どんどん痩せていった姉さんを見ていると、どうしても今の方が健康的に見えてしまう。


 家を出て4番街方面へ歩く。今日はまだリセット2日目なのでまだまだ活気が凄い。時間的にはちょっと出遅れた時間だが、ギルドに向かって走っていく探宮者は多い。


 途中で路地を通って東側の大通りへ移動し、歩いていくと目的の店が見えてきた。


「『アズリア工房』って名前なんだね」

「うん。此処にお願いしようかなって」


 評判は分からないが、把握してるウェポン技師さんの店は此処しかない。だけど3番街だし、それなりの店構えだし、安心してもいいだろう。


 お店の扉をソッと開くと、中は様々なウェポンと素材が並んでいた。中には探索用の武器系や防具系だけではなく、日常生活で使う道具系の物も置かれていて興味を引く。


「いらっしゃい」

「あっ、どうも」


 声のした方を向くと、眼鏡を掛けた男性が柔らかく微笑んでいた。この町には似つかわしくない優しげな男性だ。線も細く、荒事なんかには向かないタイプだろう。


「アズリアと申します」

「リューシです。えっと、今日はウェポンの改造をお願いしたくて」

「はい。品をお預かりしても?」

「はい」


 鞄から2つのウェポンを取り出し、カウンターの上に置く。そして素材となる魔石も用意する。並べた品を見てアズリアさんは小さく『おぉ……』と声を漏らした。


「組み合わせて欲しいのは屍術師用杖型ウェポン『誘うパイド・パイパー』とダンジョンで入手した『シャドウフォックスの魔石』。それと短剣型ウェポン『雷剣パラライザー』と『レッサーサイクロプスの魔石』です。レッサーサイクロプスは雷魔法系の邪眼です」

「ふむふむ……面白い組み合わせだ」


 まずはウェポンを手に取り、じっくりと観察をするアズリアさん。此処最近、大活躍のパイド・パイパーは小さな傷が目立つが、まだまだ戦えるウェポンだ。これを期により強くなって帰ってきてくれると嬉しい。


 パラライザーはまだ未使用のウェポンだが、その力は有用だ。魔法に杖という後衛そのものの戦い方だから、懐に入られると難しい場面も多かった。何とか持ち前の杖捌きで難を逃れてきたが、それが難しい場面も増えてくるだろう。その時、こういう短剣が一つあればきっと役に立ってくれる。麻痺効果もあるとなるとその役目は重大だ。


「見た所、ウェポンも魔石も高位の物です。少々、お時間が掛かりますが……」

「大まかに見積もってどれくらいでしょうか?」

「4日といったところですかね」


 ふむ……となると次のリセット日には間に合いそうだ。


「分かりました。ではお願いします」

「畏まりました。料金なのですが……」


 流石に高位ウェポンと高位魔石ということでそれなりに値段は張ったが、レッサーサイクロプスから入手していたお金のお陰でそれ程痛手という訳でもなかった。このお金が無かったら悩んだところだが。


 料金を払い、店を後にする。ウェポンを預けて丸腰というのも緊張するが、姉さんも居てくれる。これから4日間は研究以外で外に出るのは買い物くらいだろう。


「暫くは自宅謹慎だねー」

「別に悪いことしてないけどね」


 家に籠もるだけだから謹慎という言葉はやめてほしい。これからは引き篭もりだ。


「こういう時、お互い研究職だとそれ以外の全てが疎かになるから気を付けないとね」

「そうだね……特に私なんか食事も睡眠も不要だし」

「偶には休憩してね」


 疲れ知らずでも休憩はしてほしい。集中力みたいな体を使わない力だって使ってるんだから。


「さて、じゃあリューシの分の食料を買い込んだら家に帰ろう」

「お金はまだまだあるから大丈夫だね」


 という訳で食料を買い込んだ僕達は、その後の4日間を研究に費やしたのであった。



  □   □   □   □



 結局研究以外に外に出ることはなかった4日間だった。3日目の夜にヴィオラさんが夕食を食べに来たくらいで、その時以外は外気に触れてすらいない。


「くっ……日差しが……」

「アンデッドには辛いわ……」


 なので清々しい朝の日差しにゴリゴリと体力を奪われる羽目になってしまった。ただでさえ日光には弱い体なのに、どうして……。


 何とかお店にやってきた僕はゆっくりと扉を開き、転がり込む。


「あっ、リューシさん。……大丈夫ですか?」

「すみません、大丈夫です……」


 自分で言っておきながら声音は死ぬ寸前のようなか細さで、余計に心配させてしまった感があったので背筋を伸ばし、フードを脱いだ。


「それで、ウェポンの方は?」

「えぇ、無事に完成しました! これは凄いですよ!」


 と、興奮気味のアズリアさんがカウンターの上にパイド・パイパーとパラライザーを並べる。どちらも以前の見た目とはガラリと変わっている。パラライザーに関しては印象が薄いが、パイド・パイパーの変わりようは驚いた。


「此方が進化したパイド・パイパー、銘は『誘い、脅かすパイド・パイパー=カドゥケウス』。召喚術と闇魔法の力がかなり上がりました」

「ふむ……」


 以前は飾り気の無い白い木製の杖の先に闇属性の結晶がついただけだったが、目の前にある物は薄紫色の金属製の杖となり、先端には丸いシャドウフォックスの魔石がついていた。更にそれに絡むように2本の蛇のような細長い金属が絡む。が、その先端は狐の顔をしていた。


「シャドウフォックスの影響ですか?」

「そうですね。あまりにも素材同士の融合係数が高く、元々あった闇属性結晶とも混ざり合い、その力は計り知れません」


 手に取ると、想像よりも軽かった。金属製のように見えた見た目とは違い、触れた温度は冷たくない。

 少しカウンターから離れ、軽く振ってみるが、負担は少ない。先端の魔石の回りの装飾がジャラジャラと鳴るのが少し気になるくらいか。


「いいですね」

「最高のウェポンだと自負します」


 アズリアさんに頼んで良かったと、改めて思った。こうなるとパラライザーの方も気になってくる。


「此方もまた素晴らしいウェポンとなりました」


 カウンターの上にある短剣の鍔には大きな瞳がついていた。ジッと此方を見つめる目はあの時のサイクロプスを思い出す。


「銘は『迅剣レームング』。元からあった麻痺効果に加え、使用者の身体能力の上昇も付属されました」


 手に取ってみると、何だか力が湧いてくるような感覚がした。多少の無茶は出来そうな、そんな感覚。


「加えてこのサイクロプスの目から麻痺効果のある邪眼が発動出来ます」

「斬る以外の動作で麻痺効果を?」

「はい。自分で作っておきながら、恐ろしいものが出来たと震えますね」


 その震えは恐れか興奮か、僕には分からない。だけどこれはしっかりと管理した方が良さそうだ。


「以上となります。どうですか?」

「想像以上の結果でした。アズリアさんに頼んで良かった」


 差し出した手をアズリアさんがギュッと握る。また特殊なウェポンを入手した時はこのお店に来ようと思えるくらい、素晴らしいお店だった。


「また何か御用の際は……」

「えぇ、また利用させてください」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうに微笑むアズリアさんに会釈をして、店を出た。レームングのお陰か、先程まで感じていた疲労は嘘のように消え去っていた。


 歩く足も軽い。これならもっと研究出来そうな気がするが、今日はリセット日。明日は解禁日だ。きっと忙しくなるだろう。


「またボス狙い?」

「レッサーサイクロプスは嫌だけど、オークも経験しておこうかなって」

「じゃあ早起きだね。お姉ちゃんに任せなさいな」

「うん、頼りにしてる」


 ふわりと舞う姉さんが僕の肩に降りてくる。が、重みは感じない。そんな姉さんに人としての体を取り戻す為、頑張ろうと思えた。


 気分が良かったのでそのまま食堂で朝食を食べた僕は、暇しているであろうヴィオラさんに自慢すべく、ギルドへと足を運ぶことにした。

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