これは夢の中だから

廊下に出ると、酷く空腹感を覚えた。


「お腹すいたな・・・・。」


「おいクソ女。右にはいくなよ。夢から覚めれば好きなだけ食える。」


ハコが私に語り掛けてくる。わかってる。左ね。左よ。



廊下を進むと、丁字路に差し掛かった。ここを左。

右側の奥は、暗くて良く見えない。


私が左に進もうとした時、右側から嗅覚を擽るいい匂いが漂ってきた。


「おいしそうなスープの匂いだわ!」


左に進めば目が覚める。それはわかっているのだから、少し空腹を満たしても、かまわないよね・・・。そういう抗いがたい気持ちが湧いてきた。そう。どうなったところでこれは夢なのだから。


「あれはお前のじゃない。・・・ガ・・・の贄だよ。売女め。」


「ハコくん?誰のですって?」


「とにかくお前のような豚のための餌じゃないってことだよ。そこの角からそっと覗いてみな。生きて帰りたければな。」


暗がりを少し進むと、確かに曲がり角があった。その先に微かに光が見える。私は誰にも気付かれないようにそっとその光の先を覗き込んだ。


光の先には大きな部屋があるようだった。あまりよく見えないけれど、大きな生き物の腹が見える。でっぷりとしていて、波打っているのか、脈打っているのか、溶けているような、固まっているような・・・視界に入るその姿は、皿の上の蟇蛙によく似ていたけれど、体毛があるようにも見えた。部屋の奥からは人間らしきものの叫び声、何かの料理の匂い、大きな鼾、曖気が聞こえてきた。


「・・・あれはな、今は満腹だから大丈夫だ。近づいてもいいが、踵を返すのが身のためだぜ。俺は忠告したからな。」


私は言いようの無い不安・・・恐怖を覚えた。この先には確かに近づいてはいけない何かがあるような気がした。その”ヒキガエル”の姿を見ただけで、私の空腹感は消え、またその腹を見ているだけで、”そいつ”に見られている気分になった。敵意は感じなかったけれど、抗えない何かを感じざるを得なかった。


これは夢の中・・・だったけれど、私は踵を返して、夢のゴールへと引き返した。爪先に何かがぶつかったので目を凝らすと、それは見るからに人骨と思われる骨だった。私は不安や恐怖を感じながら、ゴールへと駆け出した。

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