第六章

6-1

 外に出ると、すでに私たちの足跡は消えていた。まっさらな雪道。その上を歩いていると、時折どこを歩いているのか分からなくなってきて、私は後ろを振り返る。


 特区配備用ロボット管理棟。その昔、そんな風に呼ばれていた建物はすでに見えない。前を向けば、薄っすらと管理塔の姿が見える。


 まるで何かに踏みつけられたようだと、私はあの建物の中に入って思った。二度ほど、私はあんなふうに崩れた建物を、かつて訪れた禁地で見たことがある。そんな建物があった禁地では、決まってあいつがいたのだ。


 真っ黒な体。蜘蛛のような様相で、一つの大きな瞳。私が生まれ育った場所を燃やし尽くしていったロボット。


 仮に、この場所にもあれがいるのだとしたら、遭遇した時に私は何を思うのだろう。


 熱く、赤い炎が上げる音と、お母さんと妹、見知った人たちの叫び声が混ざり合い、大きな悲鳴となった音を、私はあのロボットを見るたびに思い出す。私の町を壊したロボットと、私がこれまで渡り歩いて来た禁地で見かけたロボットは、同じ見た目をしているだけだというのに、それでも私は、あの姿を見るたびに黒い染みのようなものがじんわりと広がって、私を内側から真っ黒に包み込むようだった。


 同じなのに、同じじゃあない。きっと、あの時ハクが感じた思いは、私のとは正反対のものだろうけれど、それでも私にはなんとなく彼の気持ちが分かった。大切な人がどこか遠くへ行ってしまう。その時に渦巻く感情を、悲しいだなんて一言で一色単にしてほしくはないし、言い切ることもできない。


「…………」


 建物を出てから、ハクの様子が少しおかしかった。ミシェルと同じ姿をしたロボットが、何体もぐちゃぐちゃになって瓦礫と雪に埋もれている。そんな光景が彼に大きなショックを与えたのは分かる。けれど、なんだかそれだけではないようで、今の彼の顔を見ると、その両目はどこか遠くを見つめているようだった。


「ハク」


 呼びかけても、彼は小さな声で「大丈夫だよ」としか答えてはくれない。私は彼を励ましたくて、「飛行機、これで直るといいね」「空から見る景色はどんなだろうね」「管理塔に帰ったらご飯を食べよう」と、ハクは興味を持ちそうな話題を投げかけてみたけれど、彼は空っぽな作り笑いを浮かべるばかりだった。


 本当に、彼は一体何者なのだろう。禁地で人に出会ったのはこれが初めてで、それもこの禁地で生きている人間は彼しかいないようだった。


 おそらくだけれど、この禁地は今まで私が見て来た禁地とは全く異なるものだと思う。ハクにも話したけれど、これまで私が見て来た禁地は、簡単に言えば街なのだ。住む場所と、遊ぶ場所と、何か物を手に入れる場所。そういった場所が複数集まってできた大きな街。その街の中で、大昔の人は生活をしていたのだと私は思っている。


 でも、私が今いるこの禁地は、街だとは言い難い。街の機能が人々の生活の場であるのなら、私が今いる禁地の機能は何なのだろう。私はそれが知りたい。一体大昔の人は、どんな目的でこんな場所を作ったのか、私は知りたかった。もちろん、あの飛行機に乗って空を飛んでみたいとも思う。それは嘘じゃあない。私にとってはどちらも大切で、成し遂げたいことだった。


 この禁地を知るためにも、また飛行機に乗って空を飛ぶためにも、ハクという存在はなくてはならなくて、きっと私だけではどちらも成し遂げることは出来ないだろう。今日彼と一緒に外に出て、私は改めて強く思った。だからこそ、私はなんて声をかければいいのか分からない。禁地を知って、空を飛ぶ。その過程で彼が傷ついても良いはずなんてない。でも、彼は今酷く苦し気な表情を浮かべている。


 もしも、私が今日彼を連れ出さなかったら、彼にこんな表情をさせずに済んだのだろうかと、そんなことを考えてしまう。


「…………」


 結局、管理塔に着くまで私は何一つハクに声をかけることは出来なかった。唯一言えたことといえば、「この荷物、飛行機があるところまで運んでいくよ」なんて、その程度のものだった。


 荷物を置いて、飛行機を見上げる。彼の方に顔を向けると、彼は「ありがとう。リノのおかげで飛行機を直せそうだよ」と、笑うのだ。


 その笑顔を見ると、私は辛い。体を引きつらせるように笑うその様子が、私には痛々しく見えてしまう。


 私にも、そんな風に笑っていた時があった。頬を無理やり引きつらせてやって、私は大丈夫だと思っていなければ、どうにも生きてはいけなかったんだ。


 あの時、私はずっと独りだった。でも、今は独りじゃあない。私がいる。


「ハク、何でも言ってね」


 私がそういうと、彼は笑うのをやめた。そして一言、「ありがとう」と言って、飛行機を見上げるのだった。

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