02 我ら迷宮探索隊ですわ!

 

 遂にその日がやって来た。

 指定された集合場所には腕に覚えのある者達が集まっている。


 今日、迷宮を攻略し、闇の神が元いた世界へ帰還する事で一連の事件が終わる。

 それと同時に建国前から続く争いも節目を迎える。


 この一週間、私はシルヴィアとエカテリーナと共に思い残す事が無いように過ごした。

 昨日は教師や理事代理としての仕事を休ませてもらい、三人で魔法学園内を手を繋いで散策したり、シルヴィアのオススメする喫茶店で食事をしたりした。

 夜には同じベッドの中で就寝し、今朝はいつもと変わらない朝を過ごした。


 私がここまで子供好きだとは思わなかったが、教師という職業が思っていたよりも楽しかった。

 家に帰ればシルヴィアとエカテリーナがいてくれて、家族とはやはり良いものだと再認識出来た。

 そんな思い出は胸の奥にしまって、気持ちを戦闘へと切り替えなくてはならない。


「みんな、今日はよく集まってくれた」


 この場にいるのは誰しもが一流の戦闘力を有している。

 まずは私とシルヴィア。


「【ママ、頑張ろう!】」

「今日は張り切っちゃうわよ」


 エカテリーナを最奥まで届けるのが目的なので、シルヴィアは基本的にエカテリーナとセットでなるべく魔力を温存しておく。


「お姉様。迷宮が崩れちゃいますからほどほどにですよ」


 アリア君には光の巫女としての役割もあり、万が一に備えてシルヴィアの近くに待機させる。


「何かあれば俺がアリアくんを守ろう。この剣だってあるしね」


 そう言って武装のチェックをするのはエース王子。

 私がシルヴィアを守る盾であれば、彼はアリア君の敵を斬る剣だ。

 手に持っているのは、初代国王が使用していたとされる聖剣だ。

 王族へと返還されたが、この作戦に間に合うように届けられた。


「頼もしいね、エース王子は」

「わたくし達の役割は露払いですの。そこはしっかり理解してくださいまし、義兄様おにいさま


 国王陛下から命令を受けて聖剣を運んで来たのは悪友のニール・ダイヤモンド。

 公爵家の当主でありながら騎士団にも所属し、あちこち動いている落ち着きのない男だ。

 今回の作戦では聖剣の移送の他に、義妹であるキャロレイン君からの応援要請もあり、戦闘に参加する。

 学生時代は私に次ぐ学年次席だったのだ、心配は無いだろう。


「如何でしょうかジャック様、エリス様」

「業物だな。切れ味といい素晴らしい魔剣だ」

「ポーション類や魔道具を始め、ご協力感謝いたしますわ」

「いえいえ。うちの商会のミスもありましたんで、当然の事です」


 恭しく頭を下げているのはもう一人の学生時代の悪友であるマイト。

 JOKERを倒した後、闇魔法による記憶の改竄が解けたようで、ニールと高価な魔道具を荷馬車に詰め込んでやって来た。

 学園に初出店した店の責任者がいつの間にか、変装してなり代わられていた件については、一方的な被害を受けたのでお咎めはない。

 しかし、JOKERとその仲間がゼニー商会魔法学園支店の中に潜伏していたのは事実なので、今回は罪滅ぼしと商会のイメージアップのために身を削って協力している。


 全てが無事に終われば魔法学園と国を救った立役者が使ったアイテムはこれだ!と宣伝文句を作って商売をするのは目に見えているがな。


「オレっち達も頑張ろうぜクラブ」

「勿論です。必ず姉さんを守るってソフィアに約束したんですから」

「オレっちもモルジャーナに言われたよ。這ってでも生きて帰って来いって」


 風魔法による索敵や各種メンバーのサポートが得意なクラブも勿論参戦。

 それからシンドリアンの皇子であるシンドバットも探索メンバーの一員だ。

 本来の彼の実力では選考の対象とはならないが、今回は特別に水神の羽衣を着用しての参加が認められた。

 羽衣は取り扱いが非常に難しい立場にある魔道具だ。

 元々はシンドリアンのかつての皇子が闇、の軍勢と戦うために持ち出したシンドリアンの秘宝。

 しかし、この国で紛失したまま行方知れずとなっていた。

 だが、事実は闇の神を封印し、その封印を安定させるために水中神殿に設置されていたのだ。

 遥か昔の皇子がこの国のために役立ててくれた恩がある。

 我が国で発見されたとはいえ、元はシンドリアンの秘宝。困った事に現状ではシンドバット以外に使用出来る人間がいない。

 取り扱いに悩み、放置しておくくらいなら今回の迷宮探索でシンドバットに活躍させて、その褒賞として彼に与える事で返還へね理由付けをしようというのだ。


「へぇ、随分と集まったじゃないさね」

「ほほっ。この人員なら小国の軍勢くらいひと捻りじゃな」

「これはアタシの出番はあるのかねぇ?」


 そして更に、この作戦のためにマグノリア理事長が招集したのはかつての恩師であるエリザベス・ホーエンハイム先生。

 年老いているとはいえ、まだまだその辺の魔法使いには劣らず、幅広い知識と繊細かつ緻密な光魔法がある。

 この迷宮に立ち入った事のある経験もあるため、今回は引退して休んでいる所を招集された。


「よろしくお願いします。エリザベス先生」

「何言ってんだいマーリン。今のアタシはただのババァで教師じゃない。頭を下げる必要なんてないさね」

「ですが、エリザベス先生は私にとって人生の師ですので、先生と呼ばせてください」

「はっ。あんたはアタシの事なんて踏み台くらいにしか思っていないと考えていたんだけどねぇ。少し見ない内に人として成長したじゃないか」


 そう言ってエリザベス先生は私の背を叩いた。

 学生時代によくこの手でニールやマイトと共に頭を叩かれたものだ。


「どれもこれもシルヴィアのせいですよ」

じゃなくてか。あの小娘は相変わらず周囲を振り回しているみたいさね」

「おかげで休まる暇がありません。……退屈もしませんがね」


 まるで遠足に行くかのようにエカテリーナと持ち物の最終確認をしている婚約者。

 その笑顔が見られるのもあと僅か。

 きっと、愛情が深い彼女はエカテリーナとの別れで悲しんで泣いてしまうだろう。

 その時に私は何をしてやれるだろうか?


「アンタがただ側にいてやるだけでいいんじゃないか?」

「……そうでしょうか?」

「愛した男が側にいる。それだけで女は救われるものさね」

「そんなものですか」

「そんなもんさ。あの子みたいに単純ならね。だから、絶対に生きて帰って来るんだよ」


 当たり前だ。

 この作戦がどれだけ危険だったとしても一人の死者も出すつもりは無い。

 私とアリア君とシルヴィア。それから最強にして至高の魔法使いと呼ばれるアルバス・マグノリア理事長がいる。

 アリア君の光の巫女のように、シルヴィアの闇の神の力のように、私の妖精族の血のように、特別な因子や要因も無く、その実力だけで今の地位を築き上げた怪物だ。

 私としても警戒こそしていたが、エリザベス先生に託された後は何かと世話になっているし、同じようにシルヴィアに振り回されている人だ。

 今回は味方としてその力を頼りにしている。


「お師匠様。準備出来ましたか?」


 そろそろ顔合わせも終わり、この牧場の奥にある迷宮へと向かうために集合をかけようかという時、私の元へシルヴィアがやって来た。


「私は昨日から準備万端だ。何の問題も無い」

「そうですか?なんだか心配そうな顔をしていたように見えたんですけど」


 私としては普段通りを装っていたが、こういう時の彼女は目敏いな。


「気がかりは一つあるな」

「何ですか?」

「光の神が言っていた事だ」


 アリア君の肉体に降臨した光の神が最後に言ったセリフ。


『そうそう、妖精の子よ。君の親に会いたければ闇の神と共に迷宮に来なよ。神からの小さなご褒美だ』


 あの言葉が今も頭の中に残っている。


「お師匠様の親ですか」

「あぁ。私には両親の記憶が無いからな」


 物心ついた時には一人だった。

 ただ妖精と人間のハーフである事、幼いながらに魔法が使えたので生きるのには困らなかった。

 だから親なんていなくても心配いらないと思っていた。


 それが突然、会えると言われたのだ。

 どうしていいか分からないというのが率直な感想だ。


「丁度いいですね」

「何がだ?」

「だって、お師匠様は私のお父様やお母様に挨拶してるじゃないですか。だから今度は私がお師匠様の親に挨拶するんですよ。おたくの息子さんと結婚します!って」


 全く、この馬鹿弟子は。


「よくそんな余裕があるな。君はただエカテリーナと共に祭壇へ向かう事だけを考えていればいい。それだけでいいんだ」

「えー、かなり本気で言ったんですよ。いずれ夫婦になるんですから相手の親と仲良くするのは当たり前じゃないですか。もしも、息子をお前みたいな小娘にはやらん!って言われたら私困りますし」

「そんな心配はいらん」

「何でです?かなり重要だと思うんですけど」


 私は自分の額を指でトントンと叩いた。


「何と言われようが私は君と添い遂げる。親が反対しようが、何をされようがだ」


 そんな事も分からないのか?と言うと、シルヴィアは顔を赤くしたのち、照れ臭そうに笑顔で私に言った。


「お師匠様ってどれだけ私の事が好きなんですか。全くもう……」


 どれだけ……か。

 私はな、シルヴィア。



 この命にかえても、誰よりも何よりも君だけを守りたいと本気で思っている。



 ただ、その言葉は彼女のよく言うフラグとやらになるので、私はあえて言わずに彼女の頭を撫でた。









 さぁ、時は満ちた。

 私達の未来がかかった迷宮探索の始まりだ。



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