第四十五話 シルヴィア・クローバーァ!

 

 トムリドルは事情聴取中に隠し持っていた魔道具を使って逃げようとした所をマグノリア理事長に殺された。

 そう聞いていたのに、どうして生きてるの!?


「信じられないといった様子デス。わかりますよ?生き返ったのかと驚いているのでしょう」


 理事長だけじゃなく、エリちゃん先生も確認した。

 お師匠様の元にも事件の詳細な報告書は届いていた。死を偽装するのは不可能よ。


「死んだのデス。トムリドルという男は貴方も知っての通り死にました。確実に、揺るぎなく、正真正銘に」


 若々しいトムリドルの顔をした何かは話を続ける。


「そもそもJOKERという存在を誰も良く知らないのデス」


 闇の軍勢を率いて神の代行者と呼ばれた闇魔法使い。

 光の巫女の対極に存在する人物。

 それくらいこの世界の生まれじゃない私だって知っている。


「かつてJOKERの名を持つ一族は根絶やしにされたのはご存知デスか?」


 お城に行って人生ゲームをしている時にジャックが私達を怖がらせようとしてある話をした。

 初代国王は闇魔法を使うJOKERの血縁を根絶やしにしようとしたと。

 心優しいと言われた王は執念深く一族を見つけ出しては自らの手で斬り殺したという。

 その怨念は今も残り、お城の一角には草木が生えない場所があると。

 実はドジな料理人が大量の塩が入った袋を落として中身を溢したからというくだらない理由だったけど、誰かが噂と噂を面白半分で繋げた怪談だった。


 前半の根絶やしにしようとしたのがまさか本当だったなんてね。


「関係ない赤子まで探して殺す意味はあったのか?あったのデスよ」


 教壇に立っているような口調で話は続く。


「JOKERとは一族の事を指すのではなく、一人の魔法使いの名前なのデス。彼は自分の死後も支配を永遠のものにするためにある禁術を開発したのデス」


 術の名前は霊魂播種れいこんはしゅ

 自分の魂を細かく砕いて他者へと忍び込ませる。

 血の繋がる相手限定だが、本物のJOKERが死んだ時に直前の記憶と経験を転写させる術。


「そうやってJOKERは代々受け継がれて来たのデス。ただ、度重なる転写は元の人格を希薄なものへと変化させていったのデス」


 コピーをコピーしていくと少しずつ劣化していくのは当然の事実。

 紙ですらそんな始末なんだから、人の魂なんて複雑なものを写し続ければ結果はお粗末になる。


「トムリドルに転写された頃には闇の力も消えて、ただ残忍で傲慢な気質が残った程度。最早JOKERという名前は飾りでしかなかったのデス」


 いずれは消えて無くなり、大昔の出来事で終わるはずだった。

 転機があったのはお師匠様の出現からだった。


「この世から姿を消した妖精族のハーフ。その力があれば闇の神は復活できるのデス」


 JOKERの意識はトムリドルを刺激し、闇の宝玉を探し出させた。

 元のトムリドル自体が執念深いのもあり、十年以上も準備をしてきた。


「でも計画は失敗したはずよ」

「今までJOKERは何度も失敗を重ねました。万が一に備えるのは当然なのデス」


 慎重に準備を重ね、それでも失敗した後のことを考えて病的なまでに保険をかける。

 まずは闇魔法を使える人間を一人用意し、闇の宝玉の力を使って魂だけを壊す。

 空っぽの器にトムリドルに流れるJOKERの血を輸血して

 後は死の直後に魂の記憶を転写させる。


「JOKERとしての性質が濃く残ったのは助かりました。下手をすれば第二のトムリドルが誕生し、二の舞になる所だったのデス」


 そうやって他人の体にトムリドルの顔を持つJOKERは蘇った。


「知識だけは豊富なので困りませんでした。変身薬の調合も簡単でしたし」


 さっき顔が溶けたのも変身薬のおかげってわけね。

 私が知っているのは一人の人間相手に別の人間の幻覚を見せる。

 欠点は第三者から見れば偽者だって丸分かりな点だった。

 それをJOKERは改良して、肉体そのものを変身させる薬にしたみたい。


「おかげで他者の協力を取り付けるのも簡単だったのデス。死者に化ければ容易く心を許すのデスから」

「まさか貴方、ジェリコ・ヴラドも!?」

「えぇ。死んだ姉の姿を一度見せただけで手伝ってくれましたよ。我々の野望が叶えば完全な形で姉が復活すると」

「この野郎……っ!!」


 噛み付いてやろうとした私から大仰に距離を取るJOKER。

 笑いながらネタバラシする。


「しかし、闇の神の力を使っていたJOKERですら霊魂を埋め込んで複製品を作るしか出来なかったのに、完全な形での蘇生なんてちゃんちゃらおかしい。


 病に蝕まれたジェリコ・ヴラドが縋り付いた希望。

 自分の功績も身分も捨て去って、手を汚してまで望んだのは好きだった姉との再会。

 ただもう一度会いたかったという非現実的な願いは叶うこと無かった。


 もし協力の対価が本物だったらジェリコ・ヴラドは救われたのかもしれない。報われたのかもしれない。

 祖母がそれを許さなくても願った側の悲願は果たされるのだから。


 だけど、それをコイツは踏みにじった。

 人の心の弱みに漬け込む形で!!


「学園の理事ともなれば研究結果も素晴らしかった。おかげで新たなる魔法刻印が完成したのデス。これがあればもう闇魔法使いは怯える必要がないのデス」


 闇魔法使いと闇魔法使いは互いを認識する。

 それは同じ神から加護を受けた同士だったから。


 でも、カリスハート公爵家のように裏切る者がいた。

 アリアのように闇の力に敏感な光魔法の使い手がいた。

 恐ろしい闇魔法は今は簡単にバレるようになってしまった。

 それを刻印にする事で知覚されなくなった。


「でも、そんなんじゃお師匠様やアリアには勝てないわよ!」


 今は無理でもお師匠様ならきっと魔法刻印を持つ人間を見つけ出す方法を探してくれる。

 アリアの癒しの力なら必ず刻印を解除してくれる。

 私が誰よりも二人の活躍やポテンシャルを知っているんだから。


「えぇ。デスからもう一つ用意するのデス。闇の神の完全なる復活を」


 JOKERが蘇る前、トムリドルも同じような事を言っていた。

 闇の宝玉に封印された闇の神を復活させれば強大な力が得られる。

 お師匠様が可愛く見えるレベルの力がね。


 そんなのが暴れたら理事長でも太刀打ち出来るかどうか。

 あのお爺ちゃんなら隠し玉くらいありそうだけど、魔法学園は無傷とはいかないでしょうね。


「だけど、それは無理な話よ。あの宝玉は壊れたし、禍々しいくらいの魔力は消滅したわ!」


 アリアとエースが二人がかりで倒して破壊したんだもの。


「くくっ。そう思うのが自然な流れなのデス。だからこそ誰も気づかなかった」


 笑いを堪えきれずに漏らすJOKER。

 愉悦に顔を染めて、私の瞳を覗き込む。


「儀式は完成し、闇の神が解き放たれた事に」

「う、嘘よ!」

「本当なのデス。妖精族の血で魔法陣は完成していたし、予想外な方法で聖杯の莫大な魔力は注がれた。それにより極めて歪で不完全な形とはいえ復活は果たされたのデス。砕けたのは空になった容れ物デス」


 嬉しそうにJOKERは私の肩に手を置いた。


「それもこれも全部、貴方のおかげデス。シルヴィア・クローバー」


 だって、いや、なんで?

 そんな事を何も知らないし、心当たりだって私には何も…………。


「闇魔法とは闇の神からの加護」


 言葉は続く。


「JOKERの杖とは持ち主を選ぶ魔法具」


 拘束されていて身動きが取れない。


「聖杯クラスの膨大な魔力の使役と妖精族との魔法的なパスの形成」


 それ以上言うな!


「貴方なのデス。闇の宝玉の封印を解き、その権能を授かったのは。異常なまでの魔力量の増加はその一部に過ぎないのデス。声を聞きませんでしたか?神の声を。見ませんでしか?御姿みすかたを。どうしてそんな力を得たのか。それは、」


 疑問は確信へ。

 疑いは真実へ。


「闇の神に選ばれたからなのデェェェェェェス!!」


 声はしていたけど、聞き間違いだと思っていた。

 私の中の心の声だと思っていた。


 ハッキリと呼びかけられたのは水中神殿。

 それに応じたのは私の意思。


「う、嘘よ。私を騙そうとしている……」



 エカテリーナこそが伝説にある封印された闇の神だなんて。



『【ママ、大丈夫?】』



 私の背中に隠しているこの子がそんな存在だなんて今までこれっぽっちも全然分からなかったわ!

 そんなの予想できた人いないでしょ!?




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