第四十四話 黒幕のご登場ですわ!
うっ……お腹痛い。
意識が戻ってきて最初に感じたのは腹部の痛みだった。
途切れた記憶の最後は、顔に黒い刺青がある大男に気絶するくらいの威力があるパンチだった。
そりゃあ、痛いよ。防御出来てないんだからさ。
呼吸する度にズキズキと痛みを感じる。というか、お腹がぐるぐるして気持ち悪い。
痛みを我慢しながらゆっくりと薄っすらと目蓋を開く。
するとそこには木の床があった。
どこよここ?
匂いを嗅ぐとカビ臭くて埃っぽい。でも、壁の一部から光が差し込んでいて薄暗い程度の明るさだ。
聞き耳をたててみるが、人の話し声はしない。
誰もいないなら好都合と思って首を動かし、周囲を確認する。
腐りかけの木箱やカビの生えた壺が置いてあった。
あまり使われていない倉庫みたいな場所だと思うわ。
「エカテリーナ、いる?」
『【うん。ママ起きた?】』
地面に転がされた私と違ってエカテリーナは縛られた状態で床に座っていた。
「とりあえずね。私が寝てる間に何もされなかった?」
『【大人しく待ってろって言われたよ】』
何も無かったようで安心する。
「ここがどこか分かる?」
『【袋に入れられてたからわかんない】』
エカテリーナは申し訳なさそうに言った。
誘拐中の移動を気づかれないように袋に詰められて運ばれたようね。
だとするとこの倉庫みたいな場所に運び込まれても誰も気づかないか。
教室くらいの広さがある倉庫には私とエカテリーナ以外に誰もいない。
見張りが外にいるかもしれないので会話のボリュームは最低限にしてエカテリーナから色々聞く。
私が寝ていたのは数時間くらいで男達は私とエカテリーナを閉じ込めるとさっさと出て行ったらしい。
ただ、その時に鍵をかける音がしたので入り口から外に出るのは難しいようだ。
本調子だったら壁でも壊して逃げるんだけどなぁ。
とはいえ、目的があってわざと捕まったのだ。
何か敵の手がかりを見つけないと痛い思いをした意味が無いし、マチョがボロボロにされたのを我慢した意味が無い。
「エカテリーナが無事って事は正体を知らない?」
エカテリーナは私の召喚獣で、何でか知らないけど人間の子どもになった。
でも、その真実を知っているのはごく少数。アリア達とお師匠様、マグノリア理事長くらいだ。
その他の人には身寄りが無いのをお師匠様が拾って、私が面倒を見ているという設定になっている。
私を母親のように慕っているから孤児院には預けていないと説明すると、感動して涙ぐむ人がいたのは申し訳ない。
実際の事を話したら混乱を招くだけだからね。
つまり、エカテリーナに何の魔術的拘束をしなかった連中は正体を知らないわけだ。
そこだけは好都合ね。
ただし、私を相手に三人で誘拐しようなんて考えている所から魔法が使えない、魔力が回復していないのはバレている。
「でも、詰めが甘いわね」
特訓して汗を流したりするから特に荷物は持っていなかった。
それを見て私の身体検査をしなかったのが運の尽きだ。
「この指輪に魔力を流せばお師匠様に簡単に連絡が出来る……あぁっ!?」
他人がどれくらいの魔力を持っているかとかは感じられるようになったけど、私の中の魔力はちっとも回復してない。
通話する機能なんて魔力が温泉みたいに湧き出てるから使えただけで、今の私だとただの婚約指輪でしかない。
「運が尽きたの私の方じゃん……」
これだと外への連絡手段が無くて助けが呼べない。
それはマズい。
私が寝ていた時間と隙間から差し込む光から計算して、学園の外には出ていないはずだ。
ダンスパーティーやジェリコ・ヴラドがベヨネッタを招き入れた事もあって、門からの出入りはかなり厳しくなっている。
荷物の中身を確認もしているから人を連れ出そうとすればバレてしまう。
だからまだ学園内。ここにベヨネッタが隠れていると分かれば連中を一網打尽に捕まえて問題は全て解決する……って思ったのに。
『【ママ、魔力いる?】』
「エカテリーナ、もしかして出来るの?」
『【うん】』
私の左手にエカテリーナが手を重ねる。
そして黒いモヤが指輪に吸い込まれていく。
おぉ、みるみる魔力が注ぎ込まれていくわね。おかげで指輪が光り出した。
「ありがとうエカテリーナ。よーし、これでお師匠様と連絡出来るわ」
後はお師匠様が他の人達を引き連れて助けに来てくれれば万事解決。
なんて考えていると、扉の方からガタガタと音がした。
誰かが入ってこようとしているのに気づいた私は通話機能をオフにして、指輪を洋服のポケットにしまった。
「あらあら、随分簡単に捕まったようね」
「やっぱ貴方が指示したのね。ベヨネッタ」
私を拐った男達を引き連れて倉庫に入って来たのは元シザース侯爵家の令嬢、ベヨネッタ・シザースだった。
「縄で縛られて無様な格好だわ。お前にはお似合いよ」
キャロレインの腹違いの姉で、今回の一連の事件の首謀者だと思われている人物。
私に対して並々ならぬ嫉妬をしている縦ロールの派手な女。
「まだ学園内にいたのね」
「お前のせいで色々と台無しになったせいでね」
杖を持っているベヨネッタが近づいてくる。
エカテリーナを背後に隠して向かい合う。
「私を捕まえるためにそいつらを雇ったの?」
「そうよ。ただし、雇い主はわたくしじゃないわ」
ベヨネッタじゃない?
ジェリコ・ヴラドが死んだ以上、残っているのはこの女だけだと思っていたけど他にいるの?
「本当ならこの場で嬲り殺しにしてあげたいけど、運が良かったわね」
ツカツカと新しい影が歩いてくる。
刺青の男達とベヨネッタはその人物に跪いて頭を下げる。
「はじめまして……ではありませんねお客様」
「貴方は!?」
何本か抜け落ちたり欠けたりしている歯。
頭の半分以上を包帯でぐるぐる巻きにしている魔法学園の制服を着た少年。
ゼニー商会の魔法学園店を取り仕切るセブルさんが立っていた。
「そんな……貴方が黒幕だったの!?」
「お手本のような反応をありがとうございます」
店であった時のように営業スマイルを浮かべるセブル。
「いやぁ、こうも上手く行くとは思いませんでしたね。これなら魔法刻印も必要無かったですかね」
ニコニコとしたまま話す姿はどこが影のある不気味な生き物に見えた。
セブルは私の顔に手を触れると、じっくりと観察するように顔を撫で回す。
「体調も悪くないみたいですね。腹を殴って気絶させたと聞きましたが、無事でなによりです」
「全然無事じゃないわよ。お腹痛いっての」
手を振り払うように顔を逸らす。
触れられただけなのに鳥肌が立って気持ち悪い。
「私を誘拐して何をするつもりなの?言っておくけど、クローバー家はそんなお金持ちじゃないわよ」
お師匠様のお金と私の便利グッズの売り上げを足したら相当な額になるけど、どちらもゼニー商会から貰っているものだ。
誘拐までしなくてもお金はあるはずよ。
「金銭目的で誘拐だと思っているんですね。それは違いますよ」
「なら何?お師匠様に恨みでもあるっていうの?」
クローバー家の他の人間ではなく、わざわざ私を選ぶとなると一番関係してくるのはお師匠様だ。
他の生徒なら兎も角、私だとお師匠様が出て来ざるを得ない。
何かとあちこちで無自覚に恨みを買っていそうな人だから私を拐ってお師匠様を誘き出そうとするのは理解出来る。
ベヨネッタは私を恨んでいるし、師弟揃って厄介なのに目を付けられた。
「それも違います。マーリン・シルヴェスフォウに思う所はありますが、私共にはもっと崇高な計画があるのです」
「計画ですって?」
「えぇ。改めて名乗りましょうか。私、いや、我の名は、」
スルスルと包帯を解いていくセブルだったもの。
包帯が無くなった場所から肌がグジュグジュと崩れ落ちていく。
瞳の色も変化して、抜けていた歯が早送りのように生えてきた。
頭部に髪の毛は無くて、代わりにびっしりと黒い刺青があった。誰よりも濃くて多い、生き物のように蠢く魔法刻印が。
「あの夜の屋上以来でしょうか」
声も年齢に合っていないような枯れた声から若々しい張りのある声へ。
体系だけは細長いもやしだけど、私は見覚えがあった。
こんな顔じゃなかった。
ーーーでも面影はある。
報告は受けていた。
ーーーならこれは夢?いいや、現実だ。
こんな事はあり得ない。
ーーーしかし、こいつならあり得る。
「驚くのも無理ありませんね。この姿の私と会うのは初めてでしょうから」
得意げにそう話すセブルだった男。
今まで何もかもを偽っていたわけだ。
私は奥歯を噛み締めて、唸るようにその名を口に出す。
「トムリドル・J・ドラゴン!!」
「はははっ、違いますよ。今の私はただのJOKER。この世を再び支配する万物の先導者なのデス」
死んだはずの人間が若返って生きていた。
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