第二十七話 死んでしまった悪役令嬢

 

「失礼しますの」


 扉をノックする音がしたと思ったらこちらが許可を出す前に扉が開かれた。

 押し入るように入って来たのは車椅子に座った少女。

 意識不明の状態から復活はしたが、後遺症のせいでまだ思うように歩けないらしい。


 もうしばらく療養をすれば元と同じように動き回れると聞いた時は、車椅子を押しているニール・ダイヤモンド公爵がガッツポーズをしていた。


 どうやら彼は故郷で帰りを待つ両親に執務をよろしく任せて妹の介護をするらしい。

 普段は有能で、食えない奴と定評のある人物だけど、本音は妹がかわいくてしょうがないというシスコンだった。

 車椅子も他の人に任せずにダイヤモンド公爵自ら志願して押しているとか。


「その……お加減はいかがですの?」

「バッチリよ!」


 心配そうな顔で私を見てくる少女にVサインを突き出す。


「そんなわけあるものか。馬鹿者め」


 ポン、と頭に手が置かれる。

 お師匠様の大きな手が私の頭を掴んで万力のようにキリキリと……。


「痛い痛い痛い!!怪我人に配慮してください!暴力はんたーい!」

「君がもうしばらく眠っていた方が私の心の平穏に繋がるようだな」


 何それ!気絶させてやるってか!?

 上等よ!やってやろうじゃないのさ!


「それだけ騒がしければ大丈夫そうですの。心配して損しましたわ」

「シルヴィアちゃん。キャロは中々ドアをノック出来なくてね、僕が叩いたらそのまま勢いで入室したんだよ」

「余計な事まで言わなくていいですの!!」


 愛しい妹の攻撃は効かないとばかりに笑って告げ口するニールさん。

 ……いくら叩いてもそのシスコンは喜ぶだけって気付かないのかしらね?


「騒がしいのは見た目だけだ。今もベッドから降りられないのだからな」

「もう本当に退屈よね」

「一度心臓が止まったのだぞ。絶対安静に決まっているだろう」


 起き上げていた上半身を再びベッドに押しつけられる。

 まぁ、正直な話だと横になっている方が楽だ。


 既にあの水中神殿での事件から一週間が経過していた。

 ベヨネッタが逃げた後、シンドバットがお師匠様達を呼んできてくれた。

 キャロレインは意識不明。シンドバットは片腕が骨折して、他にも傷が多少。モルジャーナさんは魔力切れの疲労と肋骨にヒビが入っていた。


 私に関しては心臓が止まっていたとかで、駆けつけたお師匠様達はとても焦ったらしい。

 ソフィアなんて話を聞いた時に意識を失って倒れたっていうんだから。

 また前世と同じくらいの享年を迎えずに済んでホッとしたわよね。


「やはりわたくしのせいですの……」

「それは違うぞキャロレイン・ダイヤモンド。この馬鹿弟子は空の魔力を無理矢理引き出し、内蔵にダメージを負っていながら暴れ回り、トドメに他人の呪印を移植するという自己暴走の果てに死にかけた。自業自得だ」

「ちょ、それは言い過ぎですけど……まぁ、私がしたくてやった事だからキャロレインは心配しないで。こうしてお互いに生きてるんだからオールオッケーよ」


 怪我人は多くても死人はいないからセーフ。

 きっとお師匠様がどうにかして助けてくれると信じていたしね。


「そう……。とりあえずお礼は言っておきますの。助けていただきありがとうございました」


 車椅子に座ったまま頭を深く下げるキャロレイン。

 こうしてしおらしくしていれば良家のお嬢様っぽいわよね。

 まぁ、生意気な所は彼女のチャームポイントでもあるけど。


「僕からも礼を言うよ。シルヴィアちゃん、それにマーリンも本当にありがとう」


 妹と同じように深々と頭を下げたニールさん。

 大したことはしていないし、かっこいい所はシンドバットが持って行っちゃったんだけどね。


「それでシルヴィア……いえ、シルヴィア先輩」


 先輩!?キャロレインが私の事を先輩って呼んだ!?

 空耳じゃないわよね?


「治療が終わって元の生活に戻れたら、わたくしの開くお茶会に参加してもらえませんか?」


 恥ずかしそうに指をもじもじさせるキャロレイン。


「また、前にお誘いしていただいた方達と一緒に」

「するする!絶対に参加するわ!」


 食い気味に参加表明を出す私。

 まさかキャロレインの方からお誘いを受けるなんて想像していなかった。

 それに前と同じメンバーって、案外嫌そうな顔していて楽しかったのね。


「今度は私の友達のソフィアも一緒よ。お菓子作りも出来る子だから、沢山用意してもらうわね!」

「では、楽しみにしていますの」


 私が快諾したのが嬉しかったのか、キャロレインはニッコリと微笑んで部屋から出て行った。

 去り際にニールさんが「キャロが他人をお茶会に誘うなんて初めてだよ」と言ってくれた。

 そのせいでまたキャロレインから怒られていたが、妹からの仕打ちは全てご褒美だと受け取っている人には無駄だった。


 賑やかなお見舞い客がいなくなると、室内には私とお師匠様の二人だけになった。

 私が横になっているベッドにお師匠様が腰掛ける。


「さて、改めて確認をするが……

「いいえ。これっぽっちも」


 日頃と同じように意識を集中させるけど、私の手には火も風も水も土も現れない。魔法障壁を張る事も身体強化も使えない。

 そもそも魔力を感じられないのだ。


「原因は体に流れる魔力を無理矢理生み出した事によるオーバーヒートだ。傷が癒えるまでは魔法が使えない。治ったとしても元と同じように戦えるかは不明だ」

「結構マズいですね」

「全身から血を噴き出して死にかけたのだ。幸運だったと考えなさい。今後も魔力を感じても完治するまで魔法の使用は禁止だ」


 私の現状はヒビが入って壊れかけのポンプ。

 湧き出た水をそのまま放水しようとすれば元栓ごとドカーンだ。

 爆発四散!なんて死に方は嫌なので大人しく従おう。

 身体強化が使えれば多少痛む体を動かしたり、傷の治りを早く出来るんだけどなぁ……無い物ねだりしても意味ないか。


「それとアレについてだが、」

『【ママ!ただいま〜】』


 お師匠様が難しい顔で話をしようとしたら開いていた窓から小さな子どもが部屋に飛び込んできた。

 ここ、二階なんだけど……という困惑は私の意識が戻った初日にもしたのでもう気にしない。


「おかえりなさいエカテリーナ」

『【おはなをつんできたよ】』


 差し出されたのはエリちゃん先生が庭に植えていた色とりどりの花。

 どうやら花壇から抜いて来たらしい。


「ありがとうね。でも、花壇が荒れちゃうから次からは摘んじゃダメよ?」

『【はーい】』


 聞き分けよく頷く幼子。

 見た目は5才くらいの人間だけど、その正体は私の召喚獣でもある蛇のエカテリーナ。

 黒い蛇から人間の子どもに変化するなんて聞いた事無い。


「よく平気で話せるな」

「何というか、皆んなは怖がりますけど正体がエカテリーナなら私は今までと特に扱いは変わりませんよ?ずっと一緒でしたし」


 褒めて〜と頭を差し出したエカテリーナを撫でる。

 気持ち良さそうに目を細める姿は蛇の頃と変わらない。


 この子は死にかけていた私から漏れた黒いモヤが変化して誕生したらしい。

 モルジャーナさんは神殿内で光の粒子になって消えるエカテリーナを見たし、この子は開口一番に自分でエカテリーナだと名乗ったらしいのだ。


 溢れ出した闇魔法の力の結晶体にアリアやエースは警戒して浄化しようとしたのだが、お師匠様がそれを止めさせた。


「シルヴィアに敵意があるように思えなかったからな。むしろ心配で側にいたいと願うように……元が人間ではなくとも私には関係無い」


 それは自分が妖精のハーフだからか。

 お師匠様はエカテリーナが私の近くにいる事を許してくれた。

 その上でエカテリーナにいくつかの封印をしたのだという。


「無闇に蛇の姿へ戻ってはいけないし、第三の目も使用禁止。普通の人間の子どもらしくするのが条件なのは忘れるな」

『【はーい、パパ】』


 それと、エカテリーナはお師匠様の事をパパと呼ぶ。

 どうしてそう呼ぶのかと本人に聞いたら『【ママとつがいだから!】』と言われた。

 アリアが一人で暴走したのをエースが宥めた事件も発生したのよね。目の前で黒いモヤがこの子になったのを見たはずなのに「か、隠し子!?」なんて失礼しちゃうわよ。


 まぁ、確かにエカテリーナの見た目は私によく似た顔立ちだけど髪の色や瞳の色はお師匠様にそっくりなのよね。

 二人の子どもだって言っても信じてもらえそうなくらいには。


「パパと呼ぶのは止めてくれないだろうか。まだ私は父親になるような事はしていない」

「それ言うなら私だってまだ清らかな乙女ですよ。お腹だって痛めていないし」


 愛を育んで妊娠して出産なのに、過程をすっ飛ばして結果として大きな子どもが出来ました!という感じだった。


 授業に復帰する時はソフィアにでも預けておこうかしら?

 教室に連れて行くとあらぬ誤解を招いてしまいそうだし。


「これからどうなるんでしょうね」


 甘えてくるエカテリーナ(性別が分かるものが付いていない)をあやしながらお師匠様に問う。

 彼は窓の外、校舎のある方を見て呟いた。


「それは分からない。ただ、今はエースやアリア君の帰りを待つだけだ」


 キャロレインにはニールさんが。

 私にはエカテリーナとお師匠様が付いている。


 ーーー本日は作戦決行日。


 エース指揮の元、学園理事の一人であるジェリコ・ヴラドが逮捕される予定の日だ。

 何があるかわからないので少数精鋭で頼れる助っ人付きだ。


「みんな、無事で帰ってきなさいよ……」


 お師匠様と同じ方角を見る。

 今日の空は今にも雨が降りそうだった。


『【ママ、だいじょうぶ】』

「シルヴィア、今は休みなさい」




 不安な気持ちになる私の両手を二人がそれぞれ握ってくれた。







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