第二十一話 水中神殿ですわ!

 

「着いたぜ」


 魔法学園内で一番有名な水場といえばこの湖。

 夏には暑さを凌ぐために生徒が泳いだり、休日には釣りをする人がいたり、カップルのデートコースになったりもしている場所だ。


 ただ、今日は深夜に来ているので月明かり以外の光源が無くてちょっとだけ不気味。夜風で波が立っているのも怪しげな雰囲気を出している。


「ねぇ、まさかこの湖の中の何処かにあるとか大雑把な事言わないでしょうね?」


 目の前に広がる湖は対岸が肉眼で見えないくらいには広い。

 水底も見えないし、きっと水深もかなりあるはず。

 こんな広い場所の中から個人が持ち出せるサイズの秘宝を探せなんていくら時間があっても足らない。

 湖の水を全て消したりすれば簡単だろうけど、そんなのはお師匠様でも不可能だ。


「安心してよ。ちゃんと場所は調べてある。湖の底に洞窟があって、そこに秘宝はある」

「洞窟までの道のりは?」

「泳ぐのみ!」


 どうしてシンドバットが自慢げに胸を張るのか、私には理解不能だった。

 モルジャーナさんは早速上着を脱ぎ始めている!?


「モ、モルジャーナさん!?シンドバットもいるのに何してるのよ!」

「服を着ていたら泳ぎ辛いだろう。安心しろ、下に水着を着ている」


 脱いだ服を丸めて茂みに隠すと、モルジャーナさんはタンクトップみたいな水着姿になった。

 健康的な腕と肩紐部分の日焼けが美しい。是非お触りしたいけど、そんな事を言ったら私の首が飛びそうなので見るだけ。


「後はオレっち達が潜ってるのバレないように人払いしなきゃね」


 パンパン、とシンドバットが手を叩くとどこからともなくターバンを頭に巻いた人が数人現れた。


「オレっちとモルジャーナとこの子で潜る。警戒を怠るなよ」


 シンドバットの指示を受けると彼らは頷いて、湖へと手を向けて魔法を発動させた。

 すると水面に濃い霧が発生するではないか。


「シンドリアン式の隠蔽魔法ってね。これで何も知らない一般人が近づくと、その人間が恐れている化け物の姿が現れるのさ」

「へぇ」


 初めて見る魔法だ。

 霧を扱う以上は水魔法に分類されるんだろうけど、複数人で魔力を合わせて発動させるのはあまり見ない組み合わせだった。

 闇魔法じゃなくても精神に作用する効果があるとは驚きだ。


「……ねぇ。最近噂になっている怪談って」

「人払いのはずなのに肝試しする連中が増え始めてさ、そろそろバレそうだから急いでんのよ」


 お茶会で聞いた怪事件の正体はシンドバット達が原因だったのね。

 一部で湖の怪物は私が操っていて、人を食べているなんて根も葉もない話が広まっている。

 去年、ベヨネッタ達を脅す時にエカテリーナを呼び出したのが理由らしいけど冗談じゃないわ!

 最初に怪物の噂を流した奴には罰を与えてやる!それこそエカテリーナで締め付けて1時間くらい丸呑みの状態で過ごしてもらおう。


「じゃあ、そろそろ行くぜ」


 私が復讐に燃えていると、シンドバットとモルジャーナさんの二人は地面に何かを描き終わっていた。

 それは私もよく知る魔法陣。


「出てこい!」


 魔力を流し込むと発動したその魔法は召喚魔法。

 使い魔を呼び出す魔法使いなら誰もが知っているポピュラーな魔法だ。

 二人が呼び出した召喚獣は魔法陣から飛び出して湖の水面へと落ちた。


「キュイイイイイ!」

「キュッキュッ!」


 シンドバットが呼び出したのは黒と白の表皮をした立派なシャチ。

 モルジャーナさんの方はそれより少し小さいイルカだった。


「珍しいタイプね」

「シンドリアンは海上国家だからさ、あっちだとこいつらみたいなのが主流なんだよ。こっちは内陸部分が多くて中々出せねぇんだよね」


 一緒に旅をしている時もシンドバットは呼び出していなかったわね。

 それにしても……湖って淡水だけど海の生き物って平気なの?魔法で呼び出す使い魔だからその辺はセーフだったりするんだろうか。


「行くぞ」


 そう言ってモルジャーナさんは躊躇なく湖に入ると、イルカに跨った。


「シルヴィアちゃんはオレっちの後ろに乗ってね」

「その前にちょっと待ってね」


 私は風の魔法を使って自分をすっぽりと空気の膜で覆った。

 シンドバット達は慣れているからそのまま潜るみたいだけど私は泳ぎについてはそこまで得意じゃないし、濡れたくないから楽させてもらう。

 微妙な力加減が難しいから一人限定なんだけどね。


「器用だね」

「お師匠様に教わったのよ」


 気分としてはダイビングスーツを着て酸素ボンベを付けている感じ。

 ひんやりとする湖に入ってシャチの背中に跨る。


「レッツゴー!ってね」


 私達はこうして湖への底へと潜った。

 水の中は月の光で照らされているのもあったけど、水質がいいのかくっきりと魚の姿が見えた。

 シャチとイルカはぐんぐん潜っていく。


 シンドバットとモルジャーナさんは流石海の民と言うだけあって顔色一つ変えていない。

 私はというと、少しずつ暗くなる水中が妙に心地良くて、それと同時に鳥肌が立つ。


『【なにかいるよ】』


 時間にして数分だった。

 水底にある亀裂へと侵入して移動をすると、薄っすらとした光が見えた。

 月明かりが届かない場所なのに?

 二匹はその光を目指して今度は浮上する。


「っぷぁ!」


 水面から顔が出た瞬間にシンドバットが大きく息を吐いた。

 モルジャーナさんも同じように空気を求めて呼吸をする。


「やっぱキツいなぁ〜。シンドリアンの人間じゃねーと保たないよ」

「だからこそ秘宝がある確率が高いのです」


 鍾乳洞のような洞窟に辿り着いた私達は水から上がった。

 主人達から許可が出ると、二匹の召喚獣は光の粒になって消えていった。


「ここ、いかにもって感じね」

「わかるわかる。お宝隠してありそうだもんね。シンドリアンでも海賊連中がこういう場所にアジトを用意してたりするし」


 私と違って肺活量だけでここまで来た二人が息を整えるまで周囲を見渡す。

 さっきの水中から見えた光源は洞窟の天井部分に埋まっている鉱石が自ら光っていた。

 奥へと続く道にも同じような鉱石がちらほらと岩肌から顔を出していた。


 珍しい石ね。少し持ち帰ってお師匠様に調べてもらおうかな。

 私としては空気がどれくらいあるか不明な洞窟の中で、火魔法を使って光源を確保しなくて済むから助かる〜くらいにしか思わないけど、お師匠様だったら夢中であの鉱石を調べ出すわね。


「ふぅ……そろそろ進もうか」


 休憩はもういいのか座り込んでいた二人は立ち上がって歩き出して、私はその後ろについて歩く。

 洞窟は一本道で、少し歩くと行き止まりになっていた。


「ここだ」

「これって……」


 行き止まりになっている壁には図書館の地下や聖剣のあった遺跡と同じような壁画があった。

 今までのは一組の男女が彫られていたけど、ここのは初代国王と光の巫女ともう一人、肌の色が違う男性がいた。


「きっとこいつが英雄シンドバット。オレっちのご先祖様っしょ」

「おそらくそうね。これまで何度か似たようなものを見てきたから分かるわ。それで、この先はどうするの?」


 ただ壁画があって終わりという感じではなさそうだ。

 私が質問すると、シンドバットが壁画の真ん中を指差す。


「あそこに手を置く部分があってさ、触れると魔力を吸われるんだよ。で、吸われた魔力の量によってこの壁が動く……そこまでは解き明かしたんだけどねぇ」


 シンドバットが疲れた顔で言った。


「要求される魔力が多くてオレっちとモルジャーナだけじゃ足りないの。外の連中にも試させたけど無理。しかも一日経ったら吸われた魔力が消えるから数日に分ける事も出来ねぇの」


 お手上げだと彼は言う。

 外の人達がどれだけ実力があるか知らないが、シンドバットとモルジャーナさんは一緒に授業を受けているから分かるけど、平気以上の優れた魔力量を持っている。

 それが二人がかりでも開かないとなると……。


「シルヴィアちゃんを呼んだ理由がコレ。ぶっちぎりの魔力を持ってるからさ。ヴラドって人との授業でも底が見えなかったし、シルヴィアちゃんなら行ける!ってね」

「任せなさい」


 特定の属性や素質が必要だったら、悪役令嬢で特別な役割も無い私は不用だったかもしれない。

 でも、ただ魔力を流し込むだけの力業なら大得意よ。

 それにここ最近は驚くくらいに力の上限が見えないから、自分の魔力量を計るのにもいいかもしれない。


 別に全力を出しても構わんのだろ?


 ドヤ顔で私は壁に触れる。

 掌くらいのスペースがあるので、そこに手を置くと壁に魔力が吸われていくのが分かった。


「んー、これは並の人間じゃ無理そうね」

「シルヴィアちゃんはどう?」


 一定のペースでぐんぐん吸われる。

 平均的な魔法使い一人分を吸われたくらいで壁に動きがあった。

 このまま続ければいずれ壁が開いて奥に進めるってわけね。


「まだ全然平気よ」

「……規格外だな貴様は」


 モルジャーナさんが信じられないものを見るような目をしている。

 失礼ね。私は規格外なんかじゃないわよ。

 ゲーム主人公やそれに負けるとも劣らない攻略キャラ達と渡り合うにはこれくらいの実力が無いと無理なの。

 一番の強敵はお師匠様だし、魔法の腕だとまだ勝てないからせめて魔力量だけでも……。


「ねぇねぇ。そろそろオレっちとモルジャーナが二人がかりで魔力切れになりかけたけど?」

「そうね。ちょっと疲れたくらいかしら」

「……ジーマー?」


 シンドバットすらそれ本気マジ?なのと言ってきた。

 私としては日本で学校の校庭をジョギングで一周したくらいの感覚だ。


「これ、吸われる量が一定だから時間かかるわね。一気に流し込んじゃダメかしら?」

「下手に手を出すと装置自体が壊れそうだから止めてねシルヴィアちゃん」


 それからもしばらく手を置いたまま待つ。

 シンドバットとモルジャーナさんの顔が引きつるくらいになると、やっと壁の奥に隙間が見え始めた。


 そして、私が肩で息をするくらいになってやっと人が通れるスペースが解放されたのだった。


「あー、本当に疲れたわ」

『【ママ、おなかへった】』


 このシステムを作った責任者がいたら文句を言ってやりたいくらいだ。

 調整失敗してないですか?って。


 とりあえず私達は奥へ進む。


「……何人分だ?」

「……一クラス……それもAクラスの平均で考えるくらいかと……」

「……ぱねーな」

「……敵対しなくてホッとしています」


 またシンドバットとモルジャーナさんがコソコソ話しているけど、何かあったのかしら?




 そして、私達は見た。




 一番乗りだと思った場所に誰かが立っている姿を。




「あら。随分とお早い到着ですの」



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