第八話 売り言葉に買い言葉

 

 ベヨネッタ・シザース。

 その名前を私は忘れないだろう。


 悪役令嬢じゃなくなったシルヴィアの代わりに悪役令嬢のポジションに収まった女。

 私やアリアにはちょっかいを出して、ザコーヨとデーブという取り巻きを従えていた。


 返り討ちにした後も何かと私を恨んでいて、親の権利を使ってトムリドル達を援助し、あのダンスパーティーの会場でシザース侯爵は死んだ。

 事件解決後は今まで明るみに出ていなかった様々な事件に関与し、悪事を行なっていたとして家が取り潰しになり、全てを失って国外追放になった。


 ある意味でシルヴィアのありえた可能性の一つ。


「ーーーあぁ、別に憎んだりはしていませんの。むしろお礼を言いたいくらいですの」


 その妹だと名乗る目の前の少女は、あっさりと私の懸念を否定した。


「わたくしのような天才を無い者として他家に売り飛ばしてくれた姉を惨めな目に遭わせてくれて感謝するくらいですの。侯爵家だって、消えるべくして消えたのですし、わたくしには特に影響もありませんでしたので」

「なら一体、私に何の用かしら」


 些末な事だとキャロレインは言う。

 姉の敵討ち!くらい言われても仕方ないと身構えたんだけど、どうも違うみたいね。


 シザース侯爵家にはクラブの両親、叔父様と叔母様の事で一発ぶん殴ってやりたかったが、死んだのだから何も言えない。

 その話題についてはクローバー家では暗黙のタブーになっていたし。


「わたくし、アナタに言いたいことがありますの」


 不敵な笑みのまま、キャロレインが言った。


「わたくしが入学したからには、この学園で好き勝手にはさせませんの。いずれ全てを手にするのはわたくしでので」


 好き勝手にしているわけではないんだけどね。

 褒められる回数よりお説教の方が多いし。


「学年が違うので直接競う事は無いですが、学園で一番と言われるアナタに勝てばわたくしが一番でよろしいんですの?」


 段々と彼女が何をするために私を呼び止めたか分かった。

 一歩前へ進み、距離を詰める。

 身長さもあって完全に見下ろす事になるが、顔を上げた彼女は真っ直ぐに私の目を見ていた。


「つまり……喧嘩売り来たって事かしらね?」

「話が早くて助かりますの」


 まさか進級した初日から、年下に喧嘩を売られるなんて思いもしなかった。


「ちょっと急ぎ過ぎじゃないかしら?」

「いいえ。こういうのは早い方が良いですの」


 近くで私達を見ていた生徒が、走り出して逃げた。

 特に何も言ってないのに周囲から人が離れていく。


「悪いけど、そんな気分じゃないから断わるわね」


 いくら私でもそんな簡単に喧嘩を買ったりしない。

 ベヨネッタの時はアリアを馬鹿にされて、どうしても我慢出来なかったからで、精神年齢が大人な私はそんな軽い女じゃないの。


「あら、逃げるおつもりですの?」

「何とでも言いなさい。それじゃあね」


 ここは先輩としての余裕を出しながら華麗に去る場面だ。

 何だか私、出来る女っぽいわね。


「……負けるのが怖くて逃げるなんて、思っていたより雑魚でしたのね」


 ……………。


「破壊神ゴリラなんて噂されていたので、どんな化け物が出るのかと思っていたら、とんだ小心者でしたの。こんなのが学年一位だなんて嘆かわしいですの」


 ………。


「ーーー所詮はあの姉と同レベルの根性なしでしたの」

「それ以上喋れないように口を縫ってあげましょうか?」


 人が黙っていたら良い気になっちゃって……潰す。


「そうでなくてはですの」


 とりあえず邪魔な荷物を脇に放り投げる。

 喧嘩を売りに来たとしても、口喧嘩じゃないでしょうね。

 キャロレインは間合いを計るように一歩後ろへ下がり、私も少しだけ足を引く。


「最初に言っておくけど、怪我しても恨み言は言いっこ無しよ」

「当然ですの。そちらこそ、負けたからといっていちゃもんを付けないでくださいな」


 お互いに口元に手を当てて、「「おほほほ」」と笑う。


 面白い冗談を言うわねこの子。

 公爵令嬢だかなんだか知らないけど、後悔させてあげるわ!



「では、始めますわよ!」



 その言葉が開始の合図だった。

 先に動いたのはキャロレイン。


 そういえば私は彼女について何も知らない。どんな属性を使うか分からない。


「はっ!」


 足元からボコボコと音がして、舗装されていた石畳が礫となって飛んでくる。

 これは、土魔法ね。


「無駄よ」


 まともに当たれば怪我をするだろうけど、私が手をかざすと突風が吹いて石礫は地面に落ちた。

 とりあえずは土魔法が使えるようね。


「まだまだですの」


 小さな体から溢れ出た魔力が地面に流れる。

 すると、土が露出した地面から人型の、私より遥かに大きい土人形が出てくる。


「ゴーレム……」


 顔の形もないずんぐりむっくりな姿だが、これだけの質量で殴られたらたまったもんじゃない。

 シンプルだけど死ぬ。


「まぁ、効かないけどね」


 水魔法を使ってずぶ濡れにしてあげると、ただでさえ遅いゴーレムの動きが止まる。

 そこにすかさず風の塊を叩きつけてあげると、土の塊はボロボロと崩れ落ちた。


「はっ。学年一位だけの事はあるようですの」

「あれれ?もしかして喧嘩売った事を今更後悔してるわけ?」


 余裕そうだった彼女の不敵な笑みが消えたので、すかさず煽る。

 さっきまでの威勢の良さはどこに消えたのかしらね。


「なら、こちらは如何ですの!」


 キャロレインが足元に両手を触れるとまたもや地面が揺れる。

 ボコっ!っと盛り上がった土が波のように押し寄せて、私を生き埋めにしようとする。


 ……さっきから致命傷になりそうな攻撃ばかりなんだけど、喧嘩よねコレ?


 私以外だったらごく一部の人しか耐えきれないであろう物量。

 弱い魔法使いだと土を耕したり、人がつまづくような落とし穴くらいしか掘れないのだが、彼女の実力は飛び抜けている。


 でも、私が負ける理由にはならい。


「吹っ飛べ」


 魔力に物を言わせて火魔法を叩きつける。

 ちょっとした爆発が発生して、土の波の一部を食い破った。

 その隙間を逃す訳もなく、すぐさま風の刃を放つ。


「その程度、お見通しですの!!」


 読まれていたのか、キャロレインの目の前に石畳の壁が生えて、私の魔法は防がれてしまった。


「中々やるわね。貴方、ベヨネッタより強いわよ」


 ゴーレムに土の波、そして土壁。

 魔法の種類を切り替えながら相手の反撃を予想しての防御。

 魔法の規模からしてもかなり多い魔力を持っている。

 去年戦ったベヨネッタとは全てにおいてレベルが違った。


「当然ですの。なんたって、わたくしは振り分け試験でトップでしたの」


 自信満々に答えるキャロレイン。

 つまりはこの子が新入生で一番強いってわけね。それは油断ならないわ。

 魔法学園に入る前から相当鍛えていないとここまでの動きは出来ない。

 一番驚いたのは戦いの上手さだ。


 ただ魔法を使うだけなら誰でも出来るけど、相手の動きや魔法に合わせての戦闘は経験を積まないとこなせない。

 アリアだって魔力の量ならエースを超えているけど、直接の戦闘になれば勝てないと思う。

 王子達は自分の身を守るために実戦的な教育をされてきたって話を聞いた事がある。

 キャロレインも似たようなものだろうか?


「ねぇ、さっきから土魔法ばっかりだけど、他の属性は使わないの?」

「わたくしは土魔法しか使えませんの。それが養子に出された理由でもありますが、別に多重属性では無いから弱いというわけじゃありませんの」

「それもそうね」


 多重属性は珍しいだけ。

 使える魔法の引き出しは増えても、その深さは本人次第。

 私もお師匠様に出会わなければ、ただの珍しい属性持ちの平凡な魔法使いで終わっていた。


 私の身近にだってたった一つの属性で強い子がいる。風魔法は誰よりもクラブが一番だ。

 それであの子はエースやジャックに競り勝っているんだから。


「あの女、ベヨネッタはそこを履き違えていたんですの」

「それは言えてるわね」


 生まれつきの魔力量と多重属性に依存して、腕を磨かなかった縦ロールの小物。

 それに比べてこのちびっ子は大口を叩くだけの実力者だ。


「そろそろこっちから反撃するわよ」

「望む所ですの」


 その返答が気に入ったせいか、唇がニヤリとする。

 私は体の中の魔力を外側ではなく、肉体の内側へと張り巡らせる。


 彼女の攻撃はどれも遠距離。魔法の撃ち合いだと膠着は崩れそうにない。

 だから、有効打が入る場所まで近づく!


「やぁあああ!」

「っ!?」


 身体強化の魔法に魔力を全て回す。

 まさか魔法使いが単身で飛び込んで来るとは予想していなかったのか、反応が遅れる。


 キャロレインは再び石の礫を放つけど、私はそれを魔力障壁で防ぎながら距離を詰める。

 一度でも足を止めれば、そこから地面を操作されてまた膠着状態になるので、ひたすら真っ直ぐに進む。


「なんて野蛮ですの!?」

「合理的だと言いなさいよ!」


 今までならこんな戦い方はしないけど、魔法使い相手に虚を突くならこのやり方がいいと私は学んだ。

 Fクラスだった黒光りのマッチョ。彼がダンスパーティーの会場で取った行動は、トムリドルの部下ですら対処出来なかった。

 あそこまでの身のこなしは無理だけど、私にはこの膨大な魔力がある。


「もらったわよ」


 反応が遅れたせいで今度は壁を作る暇が無かったキャロレインに手を伸ばす。

 このまま押し倒せば私の勝ちだ。


「しまったーーーとでも?」


 腰を深く落とした彼女を見て、私は自分が悪手を選んだ事を悟る。

 キャロレインは伸ばされた私の腕を掴むと、そのまま勢いを利用して投げ飛ばした。


 その身のこなしに驚きながらも、このままだと地面に体を打ちつけて不味いと思った私は、魔法で風のクッションを用意して受け身を取る。


「貴族令嬢たる者、護身術くらいは学びますの。人を投げるくらい簡単ですのよ」


 嘘だぁ。私は知らないよそんな子。

 それに実戦の中で咄嗟に技が出るくらい体に染み付いてるとか、普通じゃない。

 一人だけ少年漫画から出てきたみたいな戦闘センスしてるわよ。


 ……私が言えた事じゃないけど。


 まさか乙女ゲームの世界で、しかも魔法使い同士で接近戦をするとは思っていなかった。

 救いなのは私も彼女も武器を手にしていない事だ。魔法学園なのに決着が剣とか正気じゃない。


「押し倒すんじゃなくて魔法を使えば良かったわね」

「それだったら反応出来ませんでしたの。……というより、全然息が上がってませんのね」


 土埃が付いて汚れたスカートを叩く。

 キャロレインの方はそんな余裕が無いのか、少し肩が上下している。


「去年までだったら貴方と同じくらい疲れていたけど、私だって成長するしね。魔力量についてはまだまだ底が見えないのよね〜」


 体力作りに一番貢献したのは、間違いなく新学期開始前にクローバー領から旅した事だ。

 持久力もだけど、運動能力も高まった気がする。身体強化の魔法も以前より少ない魔力で発動出来ている。


 魔力の量については原因不明だ。

 一時期はアリアに負けていたのに、再び抜き返した。

 まるで別の場所に貯蔵タンクがあるみたいに底が深くなっている。


「化け物ですわね」

「その化け物に喧嘩売って後悔、」

「ーーーしませんの。わたくしの実力がまだ足りなかった。その事実が分かっただけでも儲け物ですの」


 高飛車というか、傲慢というか。

 素直に自分に足りないものを認める潔さは認めたいわね。


「ですか、負けるつもりはありませんの」


 口惜しげに、それでいて楽しげに笑う姿はどこかで見覚えがあった。

 あれは確かーーー。


「ふっ」

「何が可笑しいんですの?」

「ごめんなさい。ちょっと懐かしい事を思い出して」


 深呼吸をして息を整える。

 笑ってしまったおかげでいい感じに力が抜けた。

 小さな体で強敵相手に立ち向かう。吊り目で悪役顔の女の子。


 そんな子は私が一番良く知っているじゃない。


「笑っているのも今の内ですの。魔法も肉弾戦もダメならとっておきを使いますの」

「こっちも残りの魔力、全部そっちに回すわよ」


 次の一手はお互いに予想がつく。


「出番よ。エカテリーナ!」

「行きなさい、テディ!」


 私の足元の影から極彩色の大蛇を。

 キャロレインは出したままにしていた石畳の壁から召喚した。

 どうやら、魔法を連続で打ち出しながら小細工をしていたらしい。


「シャアアアアアーーー!!」

「ゴァアアアアアアア!!」


 召喚陣から出てきたのは、さっきのゴーレムと同じかそれより大きい……3メートルくらいの巨熊だった。

 名前をテディって呼んでいたけど、テディベアが由来じゃないわよね?

 ここまで巨大で獰猛そうな見た目だとグリズリーの方がお似合いよ!


 学園の校舎前に出現した二匹の巨大生物。

 召喚獣って所詮はただの使い魔のはずなんだけど、この光景を見たらそうは思えないわよね。

 鳴き声を出しながら威嚇し、牽制し合う二匹。


 キャロレインは残りの魔力を全て注ぎ込んだようだし、私もこのエカテリーナで勝負を着けるつもりだ。


「「いざ、尋常に!!」」





「ーーーそこまでじゃよ」




 しゃがれた声が聞こえた瞬間に、場の空気が凍った。

 召喚獣達はそれぞれ姿を消して私とキャロレインの間に一人の老人が宙から降り立った。


「二人共。血気盛んに競い合うのはいい事じゃが、これはちとやり過ぎじゃな」

「「り、理事長!?」」


 この魔法学園で一番の権力者であり、実力者でもある凄い人で出て来た。


「魔法を使った私闘は校則違反じゃ。これだけ派手にやったんじゃからそれ相応の罰は覚悟するんじゃぞ」


 ゴゴゴ……と背中から魔力が溢れ出している。

 どうやら普段は大らかな理事長もご機嫌斜めのようだ。


「新入生は兎も角、挑発に乗ったシルヴィア・クローバーくんにはもう一つプレゼントじゃ」


 顔が笑っていない理事長が後ろを指差す。

 嫌な予感がしながら振り向くと、背後には鬼が立っていた。



 か・く・ご・し・ろ



 口パクでそう言ったお師匠様を見て、私は天を仰ぐのだった。




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