特別編 祝100話記念! もしもの話。

 

 特農チーズケーキが食べたいなぁ。

 お父様が美味しそうに話をしてくれた領地内で販売してあるチーズケーキ。

 土産話だけではお腹は満たされない。むしろ、興味が湧いて食べたくなった。

 しかも焼きたてを食べたのだそうで、もうそれは店先でしか味わえない代物よね。


 よし決めた。町へこっそり行って食べよう。


 おねだりして連れて行ってもらう?違うのよ。今、この時に食べたいのよ。

 そうと決めたらレッツゴー!


「お嬢様。ダメです」


 断られた。

 最初はソフィアを丸め込んで、適当なアリバイをでっち上げてこっそり行こうとしたけど、逆に考えて素直に目的を伝えればついて来てくれるかも!?なんて考えたのが運の尽き。


「もしも二人で町へ行き、暴漢にでも襲われたらどうなさるおつもりですか?」

「私には魔法があるわよ。そんな連中、返り討ちよ!」


 転生チートとして私には四つの魔法属性がある。

 まだまだ練習中だけど、筋は良いのよ。


「お嬢様の魔法はまだまだ未熟です。それに複数人に囲まれてしまえば無意味。私もお嬢様も武術の心得は無いのですから危険です。私はお嬢様に仕える事は出来てもお守りする力は無いのです。どうかご理解ください」

「うー……」


 そこまで言われると無理強い出来ない。

 ソフィアの言っている事は正論で、万が一があれば取り返しのつかない事件になる。

 私が生き残っても、ソフィアが捕まったりもし殺されるような事態になれば一生後悔する。


「……じゃあ、今度お父様に連れて行ってもらえるように交渉してくるわ」

「それがよろしいかと。その時はご一緒しますから」


 こうして私の屋敷を抜け出しての冒険は初めから頓挫してしまったのだった。

 まぁ、その日はジャックが遥々遊びに来たので楽しかったから別にいっか。














 しばらくの時が流れる。

 最近、お父様とお母様がそわそわしている。

 今までいなかった屋敷の護衛?の人も雇っているし、外に出歩く機会も減った。

 私には屋敷の中や庭までならいいけど、それ以外の場所への外出禁止令が出された。


「クラブは何か知らない?」

「……さぁ?それよりもスゴロクして遊ぼうよ」


 私が退屈しないようにクラブがいつもボードゲームに誘ってくれるようになった。

 初めはツンツンしていたのに、今では屋敷内でも私のすぐ後ろをついて来るレベルのお姉ちゃんっ子になった。


「なーんか隠し事の匂いがするのよね」


 私の知らない所で大事になりそうな予感がする。


「ジャックやエースに相談してみようかしら?」

「ダメだよ姉さん!……それは止めた方が…」


 クラブが大きな声を出して、何かを言いかけて口ごもる。


「どうして?」

「エース様やジャック様は王族なんだ。伯爵家の僕達が迷惑かけちゃいけないよ」

「そうかしら?」

「うん。それに姉さんは王子達と遊んでばかりだ。もっと近い身分の人とも遊ばなきゃ」


 とはいえ、お茶会のお誘いなんて来ないのよね。

 なんでかは知らないけれど、ある時期を境にさっぱり。


「でも、誰からも誘われないのよ」

「だったら僕らから誘おうよ。養父さんにお願いして伯爵や男爵の子達を集めてさ」


 その発想は無かった。

 日本に居た頃は誘われてばかりだったし、パーティーの主催側なんてオタクにはハードルが高かった。


「でも、私に出来るかしら?」

「僕も手伝うよ。大丈夫。姉さんの事だからすぐに友達が作れるさ」


 そう言って私を励ましてくれるクラブ。

 そうね。何事も挑戦すべし!っていうわよね。


「貴族同士の繋がりは大事だからそこを疎かにしちゃいけないんだよ。そしたらきっと……」

「よし!どうせ開くならとびきり可愛いのにしちゃいましょう。パーっと飾り付けして美味しいお菓子も用意するわよ!」


 その為にはあの偏屈な料理長を説得しなくちゃね。

 町にあるチーズケーキも買いに行かなきゃ。


「頑張りましょ、クラブ!」

「うん」












 また時は流れる。

 とうとう魔法学園へ入学だ。


「お久しぶりです。エース様、ジャック様」

「久しぶりだねシルヴィア」


 なんとか試験で好成績を出して一番上のAクラスになれた。

 風の魔法以外はそんなに強くないから助かったわ。


「しかしまぁ、貴様にしてはそこそこ頑張ったじゃないか」

「まぁ、私には優秀な弟がいましたから」

「クラブか……彼も来年は入学するんだよね?」

「えぇ。姉さんと同じ学年になるんだ〜って言っていたけれど、あの子にはゆっくりと過ごして欲しかったですから。……それに弟と同じ学年だと私が劣ってるみたいじゃないですか」


 ただでさえ勉強関連はクラブに教えて貰っている。

 これからは私が学園の先輩として教えてあげたいのだ。

 いずれは二人でクローバー領を経営していくとはいえね。


「シルヴィア様〜」


 双子の王子達と話をしていると私を呼ぶ声がした。

 廊下に待たせている友達からだ。


「では、お二人共この辺で失礼しますわ。お茶会の約束がありますので」

「うん。またね」

「エリス姉にもよろしくな」

「勿論ですわ」


 エースやジャックの紹介もあって公爵令嬢であるエリスさんとは仲良くさせてもらっている。

 どういう事故だったかまでは教えて貰えなかったけれど視力を失ったと聞いた時はとても残念だった。

 私からしたらエリスさんは恩人だ。エリスさんと仲良くなってからはあちこちに知り合いの貴族が出来た。

 だから、学園にいる間は私がエリスさんを支えてあげなくちゃ。


 その為にはあの子には負けていられない。

 とうとうゲームのシナリオが始まったのだ。

 試験では私以上の成績を出した主人公アリア。

 さらにはマーリンという強力なサポーターまでこの学園にいる。

 彼女達に勝って破滅フラグを乗り越えてやるんだから。


「ZZz……」


 初日から居眠りするなんてやっぱり大物よね。















 時間が流れる。


「成績はクラス下位か……」

「シルヴィア様は頑張られた方ですよ」


 BクラスやCクラスに在籍している貴族令嬢達とのお茶会。

 そこで私は物憂いげに溜め息を吐いた。


「だって私たちみたいな爵位の低い者達の憧れですもの!」

「そうですわ!おかげで私達も虐められずに済んでますし」

「えっと、ベヨネッタ様だっけ?確かに嫌な女よね」


 目の上のたんこぶベヨネッタ・シザース。

 私が本来なら収まるはずだったポジションにいる女。


 侯爵だかなんだか知らないけど、威張って来るのだ。私も伯爵家の娘のくせに……と何度か絡まれた。

 とはいえ、私の上には公爵令嬢のエリスさんがいるし、その派閥自体を敵に回すのは億劫らしく、直接何かをして来るわけではない。


「なんでも新しい派閥を作っているみたいですよ」

「声をかけているのは爵位の高い貴族達ばかり。シルヴィア様がいなかったら私達はどうなっていたか」

「再来年以降が怖いわね」


 もうすぐ一年生が終わる。

 そしたらエリスさんは三年生。翌年は卒業となる。

 そうなってしまえば私達の大きな後ろ盾が消えてしまうのでベヨネッタは勢力を拡大するだろう。


「王子達は平民の子に熱心みたいですし、どうなるのでしょうか?」

「そこなのよね……」


 主人公であるアリアの成長は目まぐるしかった。

 今ではすっかり強くなって私じゃ敵わない。

 喧嘩を売ってもマーリンが背後にいるから勝ち目は無し。


「そもそもあの教師、スパルタなのよ」


 授業を受けた時に『こんな実力では宝の持ち腐れだな』とか『君の頭は空か?』なんて言ってくる。口が悪いのよ。

 前世の友達は何を考えてあんなのを推したのかしら?


「マーリン先生ですか……」

「評判もあまり良くありませんものね」


 無愛想で人嫌い。特に貴族と怠け者はお嫌いだとか。

 魔法薬学の担当であるトムリドル先生と過去に揉めたらしい。

 そんなのが主人公を導くサポートキャラなんていうんだからあの子も大変よね。

 まぁ、女子の成績だとベヨネッタに次ぐ次席だった所を見ると指導は悪くないみたいだけど。


「ま、悩んでても仕方ないから今はお茶会を楽しみましょうか」

「そうですわね」

「シルヴィア様がお好きそうなお菓子をご用意しましたわ」

「ホント!?ありがとう〜」


 本番は来年からだし、今はまだ焦る必要はないかな?

 大丈夫大丈夫。私は悪役令嬢でも無いし、婚約者もクラブに決まっているし、身の丈にあった生活をすれば心配いらないわ。













 少し時が流れる。


「……なんでこうなるのよ……」


 学年末のダンスパーティー。

 その会場にエリスさんから誘われて参加した私は、ロープで縛られていた。

 壇上にいるのはベヨネッタとトムリドル先生。

 聞こえた話によると、テロリストを使ってこの学園都市を乗っ取り、国を作るらしい。

 まさか、飲まされたジュースに毒が仕込んであるなんて……。


「王子達はわたくしのペットにしてあげますわ」


 なんでもトムリドル先生はあのJOKERの末裔だとか。

 そんな設定、ゲームにありましたっけ?

 どこからか知らないけど、私の知ってるシナリオと違うんですけど!?


「でも、その前に邪魔な者から消してあげる。エリス・カリスハートとシルヴィア・クローバーを連れて来なさい」


 名前を呼ばれたと思ったら、覆面の怪しい連中に引っ張られと壇上前に連れて行かれた。


「よくもわたくしに楯突いてくれたわね。その罪、万死に値するわ」

「ちょっと、エリスさんは関係ないでしょ!」

「いいえ。この女はわたくしの周りをこそこそと嗅ぎ回っていたのよ。……そんなんだからトムリドル様から視力を奪われたのよ」


 なっ!?エリスさんの事故はコイツらのせいだったの!?

 許せない!とベヨネッタを睨む。


「その顔……面白いわね」


 ただ、縛られていては何も出来ない。

 召喚獣の蛇さえ呼び出せればまだ挽回しようがあったかもしれないけど、この様じゃ……。


「さて、どちらから殺して…」

「そこまでです!」


 会場にあるステンドグラスを打ち破って誰かが突撃してくる。

 眩い白馬。角の生えたユニコーンに跨るのは桃色の髪の少女。


「アリア……」

「大丈夫ですかシルヴィアさん!?」

「馬鹿な!貴方は配下達が捕まえて殺したはずよ!それなのにどうして!?」


 私に近寄ってロープを解くアリア。

 その姿にベヨネッタは驚いている。


「確かに、わたしは殺される一歩手前でした。でも、助けてくれたんです先生が」

「事を焦ったなトムリドル」


 いつの間にか現れたマーリン先生。


「姿が見えないと思っていたらやはり気付いていたかマーリン」

「私は他人を信用しないのでな。渡された飲み物も飲まずに捨てさせてもらったよ」

「だがしかし、この差をどう埋める!?数の差は圧倒的だ!」

「ホホッ。そうでもないわい」


 また一人、壇上に現れた。

 長い髭に魔法使いのとんがり帽子を被った老人。


「り、理事長!?」

「マーリン先生からの密告を受けてのぉ。警戒はしておったが、まさか闇の宝玉とは驚いたわい」


 学園都市のトップであり、現役最強と名高いアルバス・マグノリア理事長。

 初めて見たけど、なんなのこの圧倒的な強さ。


「諦めてくださいベヨネッタさん。もう逃げ場はありませんよ!」

「うるさい!やってしまいなさいお前達!」


 会場内を魔法が飛び交う。

 味方側の戦力は少なくても学園のトップクラス勢。

 私も知ってるチートレベルの人ばっかり。

 皿やグラスといった物が砕けたり、倒された人の体から血が流れる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。戦うなら別の場所にしてよね!


「シルヴィアさん……どうなっているの?」

「エリスさんは私から離れないでください」


 当然始まった最終決戦の中で、私はエリスさんの手を取ってテーブルの下に隠れて縮こまるしかなかった。

















 事件はアリアの勝利で終わった。


 ベヨネッタ・シザース、トムリドルの二名は死亡。

 テロリストの大半も拘束された。

 ただ、生徒側の犠牲者も少なくはなかった。会場で流れ弾を受けた子もいたし、学園の外に仕掛けられた魔獣の群れに襲われた人もいた。


 そして、私とエリスさんを守ろうとして……。


「あの子は偉そうだったけど、とても勇敢で優しい子だったんです……」

「馬鹿よね。なんで死んじゃうのよ……ジャック」


 後日に行われた合同葬儀。喪服の私達の前に慰霊碑が建てられ、その中に第二王子の名が刻まれていた。


「先生ぇ……」


 膝から崩れ落ちて泣いているのはこの事件を解決した立役者であり、ジャックを殺したベヨネッタを倒した人物。

 そのアリアの側には悲痛な顔で、ジャックが死んで一番悲しいはずの子が付いていた。


 闇の宝玉とやらを持っていたトムリドルはアリアとエース、マーリンが倒した。

 しかし、その戦いで深傷を負ったマーリンは魔獣の群れを止めるために自爆をして死んでしまった。


「黙祷じゃ…」


 生き残った魔獣や残党はマグノリア理事長が潰した。

 しかし、多くの犠牲者や王子であるジャックが死んでしまった責任は学園に問われるだろう。


 私の楽しいはずの学園生活は一年目から惨憺たる結末を迎えるのだった。


 もしも、と過去に戻れるならば私は強くならなくちゃいけなかった。

 自分の身分を弁えて爵位の高い貴族に従うようにと諦めていなければ。

 親に決められたクラブとの婚約をしていなければ。

 パワーアップアイテムの情報をアリアに教えておけば。


 例えば、アリアと仲良くなってマーリンに師事していれば犠牲者を少なく出来たんじゃないかな?


 でも、それはもしもの話。


 あぁ、怠惰にも何もしてこなかった私は最低最悪の悪役令嬢に相応しいのでしょう。




















 ーーコロコロ。


 何かが足に触れた。


 誰かが落としたのだろうか?


 確かコレはトムリドルが持っていた………、


『君ノ願イハナーニ?』


 声、が、聞、こ、え、た。

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