王都へ行こう! その6

 

 ーーーごくり。


 息を呑む。掌に汗を掻きながら、私は運命を決める戦いへ挑む。

 アリアの、クラブの、エースの、ジャックの、エリスさんの視線が集まる。

 状況は劣勢。ここで下手な手を打てばもう私は終わりだろう。

 前世の記憶も魔法の実力も関係無い。天に祈りを捧げる事しか出来ない。運が全てを左右する。


「いざ!」


 指先からふるい落とされたアイテムが私の行く道を示す。

 既に何人もの仲間達が地獄を見た。アリアに至っては半べそだ。

 それでも、私はここからの大逆転を夢見る。諦めたらそこで試合終了だって誰かが言ってた。


「六!……結婚する。全員からご祝儀として金貨十枚を貰うだって!」

「くっ……もう残金が…」

「姉さんは強運だよね。はい、金貨」

「あの、わたしはお金無いんですけど…」

「私がゲームマスター兼銀行屋よ。アリアには借金手形を発行するわね」


 全員から金色に塗られたおもちゃのチップを回収する。

 アリアの手元には二枚目の手形。他のみんなはまだ余裕があるのにアリアだけ借金。

 次にサイコロを振ったクラブは一回休みのマスに止まった。


「暇潰しにとこの人生ゲームを久々にやったが、ゲーム性やイベント内容がエグくなったな」

「そりゃあ、個人製作じゃなくてゼニー商会がキチンとした商品として作っているからよ。中身もリアル寄りにしてあって世知辛いのも多いけど」


 私は箱の中から青いピンを取り出して自分の駒に刺した。

 素材こそ違えど、私が知っている日本にあるのと殆ど遜色無い。ただ、選べる職業の中に魔法使いや騎士なんていう異世界風のがあるくらい。

 それにしてもまさかここまで盛り上がるとは思っていなかった。


 雑談をして時間を潰していたけど、お師匠様が中々戻らないからゼニー商会に行った時に買った人生ゲームを開けた。

 屋敷に持って帰ってリーフと遊ぼうと考えていたのが役に立った。


「これでシルヴィアは職業魔法使いの既婚者になるわけだね。順調じゃないか」

「エースは魔物に襲われたお姫様を助けて結婚したじゃない。同じ既婚者でも格が違うわよ」


 結婚マスのおかげでお金が増えたけど、一位を独走するエースには届かない。


「あ、わたくしも結婚のマスに止まりました。ご祝儀をお願いしますわ」

「くそっ、オレの最後の金貨が!」

「はい。アリア借金〜」


 続く二位がエリスさん。

 途中にあったギャンブルマスでジャックポットを叩き出して一気にお金持ちになって私と競っている。

 職業は商会長なので定期的にゲットできる金貨の枚数もそれなり……差をつけないと抜かれるわね。


「オレの番だ!……何々?不況の影響で職を失う。失業手当として銀行から金貨一枚を貰う…だと?」

「良かったじゃない。一文無しじゃなくなったわよ」

「職を失っとるではないか!今後の給与が無いと次の支払いが……」


 ジャックはエリスさんと同じ商人なんだけど、こちらは昇進クラスアップのイベントに失敗して雇われの従業員をしている。

 それが今回クビになるわけだ。


「昔から思うけど、ジャックって運無いわね」

「オレが地味に気にしている事を言うな。……生まれた時からこうなんだぞ」


 双子で後から出てきた事も含まれてそうね。

 ただ、一番ゲームでムキになっているのは分かる。あくまでお遊びなんだから俯いて暗い顔しないでよね?


「……乗っていた馬車が事故に遭う。治療費として金貨二枚を支払い一回休み……」

「はいはい。またまた借金手形発行しまーす」

「お姉様!?どうしてさっきからそんなに嬉しそうに借金を押し付けるんですか!?」


 職業マスに止まれずに有金全てをギャンブルマスで失ったアリア。

 最初はみんな同じ金額と平民からスタートしたのにこの差はなんだろうね?


「ぐっ……やっぱりわたしは運が無い……」


 いや、一番運あると思うわよ?

 この部屋の中で唯一の平民だし、そもそもお城の中で王族や公爵家のご令嬢と人生ゲームしてるって普通じゃ考えられない。

 光の巫女になれたのだって奇跡みたいなものだから。


「ほらほら、借金手形よ」

「つ、次こそは負けないですよ!」


 それにしても、普段は明るくて元気なアリアが弱っていたり困っているのはこう……庇護欲を唆るわね。

 もうちょっと意地悪して泣かせてあげたい。それでいて私に縋り付くようなーーー何考えてるのよ私。


 イジメ、ダメ、ゼッタイ。


 そんな事したらまるで悪者じゃない。

 悪役令嬢シルヴィアは卒業。破滅フラグも回避したし、素のままの私で生活するのよ。


「私の番ね」


 エースが無難なマスに止まりまた手持ちのお金を増やした所で順番が回ってくる。

 渡されたサイコロを盤面の上に軽く投げる。出た目は二。


「一、二……子供が生まれた。全員からご祝儀として金貨一枚を貰う」

「お姉様!?」

「また無一文か!!」


 収支がトントンのクラブ、余裕があるエースとエリスさんは普通に渡してくれて、ジャックは握り締めた最後の金貨を悔しそうに、瞳から光が消えて絶望したアリアには追加の手形を渡す。


「俺やエリスは普通にお金をゲットするマスが多いけど、シルヴィアの場合は人から奪うマスが多いね」

「その上で姉さんはアリアさんやジャック様を指名しますからね」

「違うわよ!エースやエリスさんは盗難防止のアイテムを持っているでしょ?たがら選べないのよ」


 人聞きの悪い事を言わないでほしいわ。

 まぁ、クラブを指定せずにアリアとジャックは狙っているけどね。


「そろそろゴールね。このままだとエースが一位のままで終わりそうね」

「まだですよお姉様。ここから先は一方通行の大逆転ゾーンです!ここなら、ここならわたしは勝てる!」


 いや、その変な自信はどこから湧いてくるのよ。負けるヤツが言うセリフじゃないのよ。


「そうだ!オレ達の戦いはまだまだこれからだ!」


 ーーーフラグ立ったわね。











「はい。清算するわね」


 全員がゴールに辿り着いたのを確認して持ち合わせの金貨のおもちゃを数える。

 ゴールした時の職業に応じて退職金や家族の人数だけボーナスが貰える。

 使わずに余ったアイテムも買取して金貨を渡す。

 その合計が一番多い人が今回の勝者だ。


「第一位は………エース!」

「みたいだね」


 結局、誰も勝ち越す事は出来なかった。

 特に大きな損失も出さずに子供もバンバン増やしていた。

 職業が優秀な王様という扱いで、プレイヤー全員は税を納めないといけない仕様。妙に現実的で搾取されている感が怖い。


「くっ。ゲームだから譲ってやるが、この国の王になるのはオレ様だからな」

「はいはい。四位は黙ってなさい」


 第四位はジャック。

 大逆転ゾーンで活躍したけど、それまでの貯蓄が無かったせいでイマイチの成績。

 まぁ、みんなから集中的に狙われて金貨を奪われたせいでもあるけどね。

 結婚も出来なかったから子供もいないし、アイテムは私が使ったアイテム泥棒というマスの効果で消えた。

 職業は木こりとして生涯を終えた悲しき王子。


「二位はエリスさん」

「嬉しいですわ」

「おめでとうございます。エリスさんは職業の使い方が上手かったですね」


 職業は大商会の長。清算時のアイテム買取額が倍になるという能力で逆転勝ちだった。

 なるべくアイテムを使わずに温存していたけど、最後の清算まで視野に入れて行動していたとはね。先を見据えた作戦はお見事。


「三位は……クラブ」

「なんで不服そうなんだよ姉さん」

「だって堅実的で面白みが……」

「まぁ、地味だな」

「うっ。ジャック様、それは言わないでくださいよ」


 地味と言われて少しへこむクラブ。

 職業は辺境貴族。エース程ではないけど、定期的に少額の税というボーナスがある。アイテムもあるだけ使ってゲームを優位に進めようとしていた。

 一回休みのマスに止まる回数は多かったけど、特に大きなイベントも無く堅実的に確実な勝ち点を積み上げてきた。

 本人の性格が反映されているのかもね。


「ブービーの四位は……アリア」

「なんとか生き残りました」


 一番の快進撃をしたのがアリアだったわ。

 逆転ゾーンの中でお金を増やすマスに止まり、サイコロを振って賭けをするギャンブルマスでも勝利。ゴールにだって一番最初に到着した。

 ただ、それまでがマイナスだったので最終的な収支はプラマイゼロ。

 問題は、


「最下位が私か……」

「何があったシルヴィア?」

「シルヴィアさんの止まる場所がとても悲惨でしたわね」

「途中までは順調だったのに……」


 大逆転ゾーンに入ってからの私は散々だった。

 結婚した相手に先立たれ、子供は家出して消えた。

 隣国の王子との再婚話が破談して、職とアイテムを失い追放。

 まさかの一文無しになって処刑されるというオチだった。

 死んだらその時点でゲームオーバーなので、そこからは銀行屋としての業務に集中した。


「……なんか、これからの私みたいね」

「シルヴィア。それは言わない方が俺はいいと思うよ」

「姉さん。あくまでゲームだから気にしないでよ。ね?」


 慰めてくれる一位と三位。それが逆に悲しい。

 ふふっ。どうせ私は天寿を全う出来ないザコよ。

 まるで破滅フラグを回避して安心した所をバッサリ斬られた感じ。ゲームとはいえ、自分に重なる所が多くてーーー


「シルヴィアさんから闇の魔力が!」

「浄化!浄化!!お姉様カムバック!」


 ヤケになって黒いモヤが溢れ出た。

 魔法を使っていないからただの背景効果みたいに出るだけだが、見える人からすると焦るだろう。

 アリアが必死に掻き消してくれた。


「ーーー失礼する。……えらく楽しそうだな」

「どこをどう見たらそんな風に見えるんですかお師匠様!?」


 話が終わったのか、部屋へやって来たお師匠様を指差して怒る。

 ガヤガヤしていたのは事実だけど、とても喜べる状態じゃないよ!


「なんだ。人生ゲームというやつか」

「はい。それで姉さんが……」


 かくかくしかじかと説明するクラブ。

 全部聴き終わったお師匠様は私を見て言った。


「そんなくだらない事を気にしていたのか」

「くだらないなんて言わないでくださ〜い〜!なんか、これからの私みたいで気になったんです!」

「それは無いな。君は私が必ず幸せにしてみせるんだ。ご両親やエリザベス先生にも誓った。だから無駄な心配はするなシルヴィア」


 ちょ、な、何を!?


「私は君を置いて先に逝かないし、子育ても協力してしっかりやるさ。どんな脅威が襲おうとも君となら乗り越えられるだろう」

「そういうのは家でお願いします!!」


 真面目な顔で言い出すお師匠様を止める。

 ただのゲームだから!そんな重い愛の言葉とか求めて無いですから!


「……漏れてたモヤが消えましたね」

「シルヴィアさんったら……良いわねぇ」


 ポカポカとお師匠様を叩く。

 どうして言われた私の方が顔を赤くしなくちゃいけないんですか!


「時間があるなら次は私がシルヴィアの代理で参加しようか」











 最終戦績。お師匠様の勝利。

 サイコロの出目を完全にコントロールしてた。

 あと、エースも実は狙った目を出せるくらいの技量があって、二人以外は悲惨な目を見る事になった。


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