王都へ行こう! その2
馬車で揺られること数時間。私達はお城のある王都へ到着した。
伯爵領とは比べ物にならないくらいの活気で賑わっていて、そこら中に人が居る。
馬車の通る道の脇には床に布を敷いて露店を開く人が大勢いた。
靴磨きでお金を稼ごうとする子供や、集まってボードゲームをする老人と幅広い層の人が暮らしている。
その辺りは学園都市では見られない光景よね。
「こんなに人が……酔いそうです」
「吐いたらまた洗ってあげるわよ」
なんて言いながらアリアの背中をさすってあげる。
その気持ち分かるよ。私だって初めてお城のお茶会に行く時は車酔いと人酔いで具合が悪くなった。
「光魔法で癒す事とか出来ないのかしら?」
「効果はないだろうな」
「どうしてですかお師匠様?」
「光魔法による癒しは呪いには効くだろうが、乗り物酔いは一時的な不調だ。薬で治るものには効果なし。逆に魔力を使用する事で悪化する恐れがある」
魔法は便利だけど万能じゃない。
残念だけどアリアにはもう少し我慢してもらうしかないわね。
持ってきた水筒で水を飲ませて横にさせる。
「私とお師匠様だけで商会に行くわ。クラブはこのままアリアとお城に行ってて」
「わかったよ姉さん」
「ごめんなさいお姉様……」
目的地の近くで降りて、馬車を見送る。
お城だったらお医者さんくらいはいるでしょうから大丈夫でしょうね。
用事を済ませてお城に行くまでそんなに余裕は無いから早く行動しよう。観光は式典が終わってから帰るまでにすればいいし。
「こちらだシルヴィア」
「はい」
人混みで離れ離れにならないように手を握る。
昔はお師匠様のローブの端を掴むだけだったけど、まさかこうして歩けるなんて想像もしなかった。
真っ直ぐ前を見ながらも、お師匠様は歩幅を私に合わせてくれている。
そうした気遣い、シルヴィア的にポイント高いですよ?
「着いたな」
「……前来た時より大きくなってません?」
辿り着いた目的地は周囲の建物よりピカピカで新築っぽかった。
最初に来た頃は小さな店だったのに今では国中で名の知れた大商会に引けを取らない店構えに大変身していた。
「なにかウチに御用ですか?」
「あの、商会長さんいらっしゃいますか?」
店先にいた男性の店員さんが声をかけてきたので、用件と渡されていた紹介状を見せる。
用がある時にすぐに取り次ぐ事が出来るようにと直筆のサインと判子が押してある。
「少々お待ち下さい」
一礼をして店の奥へ消える店員さん。
待っている間に店先に並べてある商品を手に取る。雑貨から魔法使い用の魔道具、調合の材料まで幅広く取り揃えられていた。
「うーん。質はいいですけどちょっと高めですね」
「学園都市に比べたらだな。あそこは生徒が直接採取して直売りしているから輸送費や中間の手数料がかからない。大地に流れる地脈も優秀だから自然と安価で高品質な物が集まりやすい」
学生のお小遣いで買えるくらいだもんね。
地脈に関しても聖杯に魔力を集めて活性化させているし、やっぱり学園都市って魔法に関しては一流の場所ね。
「やぁやぁ、待たせたね」
アレコレと二人で話していると、店員さんが消えた奥から前掛けに丸眼鏡。耳にペンをかけたいかにもザ・商人!って出で立ちの人が出てきた。
「相変わらずだなマイト」
「マーリンも相変わらず元気みたいでなにより。シルちゃんも元気してたかい?」
「ご機嫌ようマイトさん。……シルちゃんは恥ずかしいから呼ばないでください」
「そうは言っても小さい頃から呼んでたからね。ごめんねシルちゃん」
「もーう…」
あはは!と笑う快活なお兄さん。
この人が私達がお世話になっているゼニー商会のトップのマイトさん。
なんとお師匠様の同級生でもある。
「今日は何の用かな?」
「新しい魔道具の設計図とシルヴィアが作った商品の売り上げを受け取りに来た」
「オッケー。立ち話もなんだし、奥においで」
案内されて店の奥にある打ち合わせ室に入る。
高そうな机とソファーが置いてあって、向かい合わせで座る。
秘書?らしき人がお茶を用意してくれたので少し飲む。
アリアに飲ませて自分は飲んでいなかったから喉が渇いていたのよね。ありがたいわ。
「これが新しい魔道具の設計図だ」
「了解。……また面白いのを考えたね。デザインはこちらで弄ってもいいか?」
「構わない」
お師匠様が考え、マイトさんが作る。
学生の頃からこのスタンスでやってきたらしい。
機能性を重視するお師匠様の設計図のままだと売れにくいから見た目や入れ物を商会側で変更する。
そうやって初めて市場に流通するのだ。
「店が随分と賑わっているな」
「マーリンとシルちゃんのおかげでウチの店も儲かってな。建て直したんだよ店を。倉庫も増えて、今一番勢いがある商会さ」
「荷車から随分と進歩したな」
「いつの話なのさ。学生の一番最初の頃だけだよ」
私達が旅をしていた頃は商会長自らがキャラバンに参加して各地を回っていたけど、この所はずっと王都にいるみたい。
部下が育って安心して任せられるようになったのね。
「そうそう。なんとゼニー商会は春から学園にも店を出すんだよ」
「ほぅ」
「それって凄いじゃないですか!」
学園都市にある店は生徒が経営する店舗が多い。
たった一、二年間だけのものや先輩から後輩に看板を引き継いで続く店もある。
しかし、それだけでは学園全体を賄う事は出来ないので外部の店からも支店を募るのだ。
最新の魔法技術が溢れている都市なので貴重な枠を取り合う店の数は多いだろう。それを突破して出店するなんて大企業の仲間入りね。
「ちょっと裏技じみているけどね」
「というと?」
「ウチの店の期待の新人が入学するから彼を支店長にして、従業員は学園の中でバイトを募集するのさ。そしたら人件費や初期費用も少ないだろ?規模は普通の雑貨屋と変わらないよ」
学生が運営するっていうスタンスを利用したのね。
それなら歴史の浅いゼニー商会でも可能ね。
「ゆくゆくは卒業生の平民の子達を雇って魔道具で大貴族や他国相手に商売するのさ」
「国で一番の商人になる夢が叶いそうだな」
「これもマーリンが救ってくれたおかげさ」
「懐かしいな」
前にマイトさんが話してくれた。
学園で平民だからという理由で厳しい指導を受けて自主退学へ追い込まれそうになっていたと。
そんな時に、作った魔道具を売りもせずにポンポン溜めていくお師匠様に出会って一心発起。
元々が商人の家に生まれたマイトさんは、自分だけの店を立ち上げてお師匠様の作った魔道具を世界に広めて一番の商人になると誓う。
その時にマイトを庇って教師に決闘を挑んで勝ったのが天才魔法使いと呼ばれるきっかけになっている。
「そういえば、あのトムリドルが死んだんだって?」
「あぁ。もう王都にも話は伝わっているのだな」
「詳しい内容は伏せられているけど、シザース侯爵やエリザベス先生の事もあって商人の中ではもっぱらの噂さ。最近はまた別の話で盛り上がっているけどね」
伯爵領でも、何か大きな事件が魔法学園で起きたというくらいしか伝わってないもんね。
テレビやネットが無いから詳しい内容が早く広まるわけじゃないけど、時間の問題かもね。
もしかして、その不安を無くすための式典かしら?
「別の話か?」
「海の向こう側から珍しい商品や魔道具が運ばれてくるのさ。お偉いさんが来るのに合わせて貿易をするらしい」
「興味があるな」
「勿論、ウチで仕入れたら物は安くで提供するよ。シルちゃんもアクセサリーとか洋服とか欲しいのがあったら言ってね。値引きするから」
「プレゼントしてもらえるとありがたいのですが?」
「タダより怖い物は無いから無理だね」
ちっ、流石は商人。おねだりしても買ってくれないか。
お父様に頼むしかないわね。チョロいし。
「マーリン達は何か面白い話を知らないかい?」
「そうだな。シルヴィアと婚約した」
「へぇ〜…………えぇっ!?ーーアツっ!」
驚きのあまり飲んでいたお茶を膝に溢すマイトさん。
信じられない!といった目で私とお師匠様を交互に見る。
「まさかあのマーリンが婚約なんて。恋愛なんて必要ないから邪魔だって言いそうなのに」
「残念ながら事実ですよ。ほら、お師匠様から貰った指輪です」
そう言って自慢げに左手を見せつける。
毎日指にはめて、綺麗に磨いている指輪がキラキラ光る。
「本当みたいだね。ちょっと早めの嘘かと思ったよ」
「どれだけ驚いているのだ。そんなに意外か?」
「「はい。意外です」」
不思議そうな顔のお師匠様に思わず本音を言う私とマイトさん。
一生結婚なんてしないと思っていたからね。
しかも相手が私なんて想像もしなかった。
「となると、独り身は肩身が狭いな」
「これ程の財力なら貴族からも縁談があるのではないか?」
「下手したら乗っ取られるから慎重なのさ。潰されたりでもしたら敵わないから」.
と言いつつも、実は仕事が忙しくて彼女を作る暇が無かったりして。
マイトさん、商人としてはカッコいいけど彼氏にするにしては胡散臭いから。
「えーと、後はシルちゃんへの支払いだったね」
「はい。手持ちも減ってきたので受け取りたいなと思いまして」
実家に帰ってから何かとお金を消費したからね。
リーフの洋服や本。バレンタインの贈り物などなど。
折角王都に来たから受け取っておきたい。
「じゃあ、コレで」
事前に用意していたのか、マイトさんは懐から紙を取り出して私の前に置いた。
この世界には紙幣は無いはずだけど何コレ?
「小切手だよ。額が大きいから銀行で受け取ってね」
そこには目が飛び出すような金額が書いてあった。
「な、なんですかコレ!?」
「何ってシルちゃんのアイデアで作った商品の取り分だよ。今やウチの店の主力商品だからね。お金持ちにはマーリンの魔道具。平民にはシルちゃんの便利グッズってね」
前世の知識で作ったボードゲームやおもちゃ、百円均一のお店にあるような物のパクリなのにこの額……。
高級な馬車が買えてしまうのでは?
「マーリンにも。はい」
「うむ。……そこそこだな」
横目で見たお師匠様の小切手には私の倍近い金額が書いてありましたとさ。
これでそこそこってどんだけ稼いできたんですかお師匠様?
私の旦那様ってお父様よりお金持ちだったりする?
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