クローバー伯爵領での日々。その5

 

「ちょっとお師匠様、預かっててください!」


 王都へと出発する前日。

 約束を果たすために少し無理をして仕事を終わらせ、束の間の休憩を取っていると、シルヴィアが慌てた様子でやって来た。

 なんでも王都へ持っていく筈だった品物がいくつか間に合っていないらしい。

 王子達に会いにいくのだから手土産の一つ、二つは持参するのが慣しなのだが、手違いで届く日付がズレてしまったとか。

 アリア君のユニコーンや、クラブの鷹、シルヴィアは身体強化をして走れば早い。

 三人がかりで町へ引き取りに行くそうだ。


 私も手伝いを申し出たが、休んでいてくださいと断られ、代わりに預けられたのは小さな子供だった。


「おじちゃん、遊んでくれるの?」


 リーフ・クローバー。

 シルヴィアの妹であり、クローバー夫妻待望の生まれながらの魔法使いだ。

 年齢は7才になったばかりだったか?


「私はおじちゃんではない。いずれ君の義兄さんになる者だ」

「お兄ちゃん?でも、にーにはにーにだけだよ?」

「そうではなくだな……」


 なんと説明してよいやら。

 まだこの子供には義理という関係が理解出来ないようだ。

 とはいえ、きっちりとした教育をしておかないと公衆の場で恥を掻くかもしれない。


「ではマーリン先生と呼びなさい。それならば問題あるまい」

「せんせー!」


 マーリンと呼び捨てられる方が良かったが……。

 この一年で先生という呼ばれ方にも慣れたし、私がいずれリーフの教師となるかもしれないので先生呼びも悪くない。


「せんせー、何して遊ぶ?」

「子供の遊びはあまり良く知らない。普段は何をしているんだ?」

「んーとね、おままごと!」


 ままごと。

 与えられた役割で場面を演じる。そうする事でコミュニケーション能力や、有事の際の行動を予測する事が出来る古くから存在する遊戯。

 成長し、大人になってからも防犯対策や就職する際の面接練習などで使用する技能だ。


「リーフがね、奥さんでせんせーは旦那さま!」

「私はシルヴィアの婚約者なので別の役を希望したい」


 おままごととはいえ、不誠実な事はしたくない。


「じゃあ、浮気相手?」

「……どこで学んだ?」


 首を傾げながら年齢に不釣り合いな言葉が出てきた。


「お姉ちゃんのご本!」

「シルヴィアっ…」


 リーフ相手に寝かしつけるために本の読み聞かせをしていたと言っていたが、どんな本を読ませているんだ……。

 シルヴィアは普通の者より本をよく読むタイプだ。

 私が魔道具の研究や論文を書いている待ち時間が長かったからというのもあるが、昔から、違う世界に生きていた頃から物語を楽しむのが好きらしい。

 特に恋愛ものが好きだと言って本を買っていたが、子供の教育には悪そうだ。


「他の役を求める」

「わがままだね?……じゃあ、悪い魔法使い!」

「……それなら了承しよう」


 悪いというのが気になるが、魔法使いであれば演じるのもごく自然に出来るだろう。


「リーフは囚われたお姫さま!」

「なるほど。では、どういう設定なんだ?」


 悪い魔法使いに囚われた姫を誰かが助けに来るという話だろうか?

 古今東西、話のテイストは少し違ってもよくある話だ。

 それに、性別や立場は違えど私にも経験がある。

 トムリドルに殺されかけた私をシルヴィアは救ってくれた。あの場面だけを見れば私は囚われたの姫なのだろう。

 そして私が持っていた心の中の闇を彼女が照らしてくれた。死ぬ運命を受け入れようとした私に生きるの諦めるな!と言ってくれた。


 ずっと、そんな事を言ってくれる誰かを待っていたのかもしれない。

 私の魔法の力や半妖精の血ではなく、私自身を求めて愛してくれる人を。


 誰しも自分を救ってくれる誰かを期待するものだ。

 おままごとでそれをこの子が望むのもまた必然か。


「お話はね、捕まったお姫さまに悪い魔法使いが近づいてきて『ぐへへいいカラダしてんじゃねーか?たっぷりと楽しませてもらうぜ!』って言って、ムチで叩いたり服をビリビリに破いてお姫さまが『くっ、わたしを殺しなさい!』っていうストーリー」

「よし、シルヴィアだな?」


 帰って来たら指導だな。犯人はシルヴィアに違いない。

 幼い妹に悪影響しか与えていないのではないか?

 それにどうしてそう具体的なストーリーなんだ。


「流石に他のに変えられないか?」

「いやだ!せんせーわがまま!」


 拒絶されてしまった。

 だが、これならまだ夫婦役の方が安心出来たのではないだろうか?

 リーフは頬を膨らませて拗ねてしまっている。

 ど、どうすれば……。


「せんせー、いつもリーフを避けてるから今日はいっぱい遊んでもらえると思ったのに……」

「それは……君は私が怖くないのかい?」


 露骨に避けていたわけでは無いが、近寄らなかったのは事実。

 私は中途半端な人間だ。

 幼い子は自分と他人の違いに寛容ではない。人と違う存在を排除したがる傾向がある。

 無知で純粋で、正義感に駆られる。


 石を投げたり、木の棒で叩かれたり。

 存在が汚いと川に突き落とされた事もある。


 大人の言う事を真に受けて、子供は素直で残酷だ。


「リーフはね、」


 クローバー伯爵とはシルヴィアの事で友好的ではあるが、私の知らない場所ではどういう話をしているのか分からない。

 婚約の話も夫人は乗り気だったが、伯爵は複雑な顔だった。

 やはり、私が忌み子だったからか。


「せんせーが凄い人だって知ってるの。にーにや、ソフィア、お姉ちゃんがいっつも褒めてるの」

「私を?」

「うん。頑張り屋さんでカッコよくて、強くて頼りになる人だって!」


 目をキラキラさせて話すこの子から嘘の気配は感じられない。


「それに妖精さんなんて絵本でしか見たことないもん!だからすっごい楽しみだった!」

「私は半分だけだ。君の望むような存在じゃない」

「半分だけっていいなぁ。リーフも半分妖精がいい」

「半分がいい?」

「うん。だって本物だったらみんなと離れ離れになっちゃうし、長生きしても寂しいもん」


 妖精族は住処を人間に奪われて姿を消した。

 私は人間の血が流れるから人間界に放逐されたが、もし妖精族の場所に生きていたらシルヴィアに会えなかった。

 寿命も人と妖精は違う。私は人より長生きするだろうが、孫やその次の代よりは早く死ぬだろう。

 半端者は種族の恩恵も中途半端。


「だからせんせーが羨ましい!」

「ははっ。そんな風に言ったのは君で二人目だ」


 いつか、何処か旅の途中でこの子によく似た誰かがそんな事を言っていたと思い出した。


「あ、せんせー笑った!」

「笑わずにはいられないな。では、ままごとを始めようか」


 もし、私に子供という存在が出来たら、その子ともこうして笑い合う事を願いたい。
















「ただいま〜。リーフ、良い子にして……」

「きゃー!!何をなさるのですかー」

「君をこの犬どものエサにしてやるのだ。ハチミツを塗られた手足を舐められるのはさぞ苦痛だろう。恐怖に歪むその顔がーーーシルヴィア?」



「お、お師匠様の変態!ロリコン!犯罪者!!」

「ご、誤解だ!!」





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