クローバー伯爵領での日々。その4

 

「あー、いい天気ね」


 雲ひとつ無い青空。

 チュンチュンと鳥の泣く声が聞こえる。

 空気も澄んでいて美味しい。


「ちょっと休憩」


 足元の原っぱに寝転がる。

 他の人に見られたら、はしたない!とか服が汚れるじゃない!って言われそう。

 風魔法を使えば服についた葉っぱや土くらいすぐに取れるから問題無いよ。

 もっとも、微細なコントロールが必要だし、こんなくだらない事に魔法を使うなんてどうなの?って話になる。

 私には関係ない。だって、魔力は沢山あるわけだし。


「…………眠い」


 横になった体に太陽の光がやわらかく当たるので陽気な気分で眠りたくなる。

 年頃の女の子が森の中で寝ているなんて犯罪に巻き込んでくださいと言わんばかりだが、結界と即死級のトラップを仕掛ければ安眠出来る。……トラップは物騒ね。


「エカテリーナ〜」


 名前を呼んであげると、影の中からカラフルな体表の蛇が頭をひょっこり出す。


「シャー?」


 呼びましたかご主人?と頭を傾げる召喚獣。

 いつの間にか額に黒いゴマみたいなのが付いているけど、長年の付き合いになるペット兼友達だ。


「聞いてよエカテリーナ。お師匠様ったら私がいると仕事が捗らないから離れていなさいって言うのよ?」


 現在、私が一人ぼっちで森にいる理由。

 それは今朝、お師匠様から言われた事が原因だった。


 ここ最近のお師匠様は毎日のように書類仕事に追われている。

 そこに追加で貴族達からの挨拶状やお師匠様の開発品を販売している商会からの報告書や新作の開発要請まであってグロッキー状態だった。

 自作の栄養剤を毎日飲んでいて、普段からある目の隈も深くなった気がする。


 そこで私は一肌脱いで手伝いを申し出た。

 紙の整理や簡単な計算、魔道具の調整なんかも出来るから安心してくださいね!と言って、ホワイトデーに貰ったシュシュでポニーテールにして、ソフィアから借りたメイド服(サイズは調整済み)を着て準備をしたら追い出された。


『集中出来なくなるから屋敷から出ていなさい。服も髪型も元に戻すように!ほら、早くしなさい』


 折角のシュシュなのに一人で自分の部屋にいる時にしか使えない。

 メイド服でご奉仕しようとしたら速攻で着替えを命じられた。

 あんまりな言い方だったので、私はこうして家出をしたのだ。


「誰かが迎えに来るまで帰らないつもりよ」

「シャ〜……」


 気のせいかしら?エカテリーナが呆れ顔をしたような気がする。


「他の誰かと遊ぼうとしたらみんな忙しいって言うし」


 お父様やお母様は分かる。

 ソフィアも屋敷内では今まで通りの働きをしているから忙しそうだ。

 だったら今、半居候状態で遊びに来ているアリアやクラブ、可愛い妹のリーフと遊ぼうと思ったのに、


「まさかその三人で街に出掛けているとは思わないじゃん」


 私がお師匠様の所へ行っている間に三人は馬車に乗って町に行ったらしい。

 そうして誰もいなくなった。


 アリア達に追いつこうと全力を出せば合流出来るけど、それをやると暇人が遊び相手を求めて必死になっていると笑われてしまう。

 私はスマートな女。そんなはしたない真似はしないわ。


「故に待つのよ。誰かが来るその時まで」


 きっと私の姿が見えなくて寂しくなった誰かが泣き叫びながら探しに来るわ。

 そして頭を下げてお願いするの。シルヴィア様が居ないと何も手につきません!戻って来てくださいませ!って。


「だから暇つぶししましょ?」

「シャー…」


 今度はやれやれ、と首を左右に振った。

 なんだかエカテリーナの方が真面目な感じになってない?

 随分と器用な仕草をするように成長したわね。


「よし、まずは巨大化よ」


 本当にするんすか?って半目のエカテリーナには一度影から退去してもらう。

 そんでもって、改めて地面に魔法陣を大きく描いて呼び出す。


 うーん。懐かしい。

 最初にエカテリーナを呼び出して以降、何度も練習して描いた魔法陣。

 学園の一年生はまだお手本を見ながら描く人が多いけど、私は慣れたわ。


 ストレッチをして魔法陣の真ん中に立つ。

 実はコレ、中に立って足下に魔力を流し込めばどんな体勢でもOKなんだけど、私は個人的なこだわりがあって手を必ず地面に着くようにしてる。


「口寄せの術!」


 誰も周囲にいないのをいい事に勝手に忍者っぽく言ってみる。

 契約してるのはエカテリーナだけだから名前を呼ばなくても出てくるけど、これは一度やってみたかった。


「シャーーー」


 魔法陣のサイズ目一杯の大蛇。

 足下から押し上げられて、私はエカテリーナの頭の上に乗っている。

 前に図書館の地下で呼び出した時と同じサイズ。


「見晴らしいいわね」


 すぐ側に生えていた木よりも視界が高くなった。

 クローバー領は田舎なので、遥か向こうまで緑がいっぱいだった。


「あの辺りに屋敷があって、こっちは村ね」


 ポツポツと緑が無い場所には家屋らしきものが見えた。

 学園都市や王都と比べるまでもなく開拓が進んでいない。

 一応、時間がある時に近場の村で畑の手伝いや、街道の整理に手を貸しているけど、キリがない。

 とはいえ、大規模な工事にはお金がかかるわけで。


「貧乏貴族クローバー伯爵家。……お金が無いわけじゃないんだけどね」


 むしろ、収入は同じ伯爵家の中で頭ひとつ抜けている。

 それと同じくらいに支出も多い発展途中の領地。

 クラブがお父様の跡を継ぐ頃には安定しているといいな。


 私も何か力になれればなぁ。


「そういえば、そろそろ商会の方からお金が……」


 こっちに転生してから色々な日本の便利グッズの開発をしたから、その特許料とかが諸々あるはず。

 学園に居る時は顔出し出来なかったけど、王都に行くついでに寄ってみよう。


「シャ〜?」

「ごめん考え事してた。それじゃあ、色々と試してみよっか」


 まずは叫び声から。


 巨大生物といったら特徴的な咆哮よね?
















「弁明はあるか?」

「ございません……」


 地面に頭を付ける。土がひんやりして気持ちいい。


「近隣の住民が駆け込んで来て、森に怪物が現れたと通報を受けて来てみれば」


 顔が見えないけど、声だけで分かる。

 お師匠様が大変お怒りだ。


「不用意に巨大化させるなと忠告した筈だ。特に蛇ともなればマイナスなイメージがつく。学園都市ならまだしも、片田舎でこんな真似をして、伯爵家の評判が悪くなったらどうするつもりなのだ」

「……つい、風が気持ちよくて」

「なんだと?」

「……ごめんなさい…」


 馬鹿。考えなしの私の馬鹿野郎!

 いきなり平和な森に大怪獣を出したらパニックになるじゃん!

 鳥が一斉に飛び立つのは爽快だったけど、一般市民目線だと災害の前兆よね。

 更に拍車をかけたのが、エカテリーナの咆哮。

 あんまり凄みが出なかったから、私の風魔法をちょっと応用したら怪獣っぽくなって、それが山に当たって山びこにもなった。


 闇魔法で黒い霧も出してみたら益々それっぽくなって遊びました。

 エカテリーナは既に私の魔力切れで影にいつものサイズで眠ってます。


「大体、どうしてこんな真似をしでかした?」

「実はその……」


 問い詰められたので、私は素直に構って欲しかった事を話した。

 みんな忙しそうなのに私だけする事が無いのも。

 それでプチ家出したのも。


 あ、お昼ご飯は美味しそうなフルーツと川魚を捕まえて焼いて食べました。

 旅の経験でサバイバルも出来るんだよね私。


「そんな事で君は……」

「反省してます…」


 土下座から正座にチェンジして俯く。

 さて、これからどんな罰が……とビクビクしていたら、お師匠様から持ち上げられた。


 ん?


「あれだけ暴れ回れば魔力も切れて疲れているだろう。君の足に合わせるよりこちらの方が早い」

「それはそうですけど、お仕置きとか罰とか無いんですか?」


 疲れた体で走って帰れ!とか、明日から筋トレの負荷を倍にする!とか言われるかと思ったのに。


「……今回の件は仕事が忙しいと君を遠ざけた私にも責任がある。叱りはしたんだ。それで十分だろう」

「お師匠様……」


 そのままお姫様抱っこの状況で、お師匠様の足に魔力が集まる。


「短い時間だが、空を飛んで帰る。夕焼けがよく見えるだろう」






 そのまま、夕焼け飛行デートをして屋敷に戻りました。

 仕事がひと段落したら一緒に王都に買い物に行く約束もして。



 案外、悪くない一日だったわね。




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