第83話 TAKE ME HIGHER

 

「こほん」


 エースの咳払いで我に返った。

 なんてタイミングでチューした私⁉︎


「お姉様が乙女の香りに………イイね…」


 アリアは脳内トリップして鼻血出してるけど、平常運転ね。


「マーリン先生が助かって良かったねシルヴィア」

「協力ありがとうエース」


 手を出して握手する。

 その意味がわからない私でもないし、エースも複雑そうな顔だった。

 少し腹黒い発言もあるけど他人を思いやれる優しい人だよ貴方は。


「くくくっ。闇の宝玉は破壊され、マーリンを殺す事もできませんでしたか……」

「トムリドルっ!」


 意識が戻ったのか、こちらを見て笑っていた。

 手持ちの道具は取り上げたし、魔力だって残っていないはずだし、ロープで拘束してある。


「貴方の企みは潰えたわ!」

「えぇ、そうです。しかし、計画が失敗した時の保険はまだありますよ」

「それはなんだ。言わなければ斬る」


 私達全員の手がトムリドルへ向く。

 情けの無い見た目でこの男はとんでもない計画を実行してきた。最大限に警戒しないと。


「教えて差し上げますよ。……もう間も無く、闇の宝玉によってコントロールしていた獰猛な獣の群れが我を無くしてこの学園都市に攻め入ります。奴らは自分達を支配していた人間に深い憎しみを持ち、この学園都市は火の海に包まれるのだ!」


 何ですって⁉︎


「祈願祭で警備の薄い城門なんて簡単に突破される。私もろとも消えて無くなれば、」


 その続きを言い終わる前に、アリアのユニコーンがトムリドルを後ろ足で蹴り飛ばした。

 数回地面にバウンドして、うるさい口は閉じられた。


「ヒヒン!」

「腹が立ったのは分かったけど、やり過ぎたんじゃ……」

「大丈夫よ。手足がピクピクしてるし、そう簡単に死なないわよあのおっさん」


 それより先に、今はトムリドルが言った事が事実かを確認しないと。


「お師匠様!」

「遠見の鏡で門近くの様子を確認した。確かに、おびただしい数の獣の群れが一直線に学園都市を目指している。まるで大昔の闇の軍勢の大侵攻のようだな」


 冷静に判断している場合じゃないつーの!


「くっ!今からジャック達と合流して学園の全戦力を投入して……間に合わないな」

「わたしとエース王子はもう残りの魔力が……」


 時間も戦力も足りない。

 学園内でも優秀な戦力はダンスパーティーに参加していて、薬の影響が残っているだろうし、何よりあの数を相手に実戦経験の少ない学生達じゃ死人や怪我人が大量発生するのは目に見えている。

 全く、余計な保険を掛けてくれたわね!


「私に任せろ」


 意識のない黒幕に死体蹴りをしようか考えていると、お師匠様が自信ありげに手を上げた。


「いやいや。いくらお師匠様でも無理ですって。それに薬の影響だって、」

「体の傷を含めてその辺は先程のエリクサーで治った。魔力も含めて完全回復だ」


 流石万能薬。

 同じものを作れって言われると無理だけど、伝説級の回復薬なだけあるわ。


「それでもマーリン先生だけでは無理です。先生の実力を侮るわけではありませんが、無謀としか言いようが無い」

「エース。その点はしっかりと考えがある」


 ほうほう。聞かせて貰おうじゃない。


「私の他にシルヴィアを連れて行く。これで完璧だ」

「どこがだよ!全然完璧じゃないんですけど⁉︎」


 思わず声に出してツッコム私。

 全くもって安心出来ない作戦だった。


「お姉様は怪我もしてるし、魔力だって残り少ないですよ」

「魔力の供給についてはコレを使えば事足りる」


 私を心配してくれるアリアに対してお師匠様が手にしたのは、聖杯だった。


「聖杯の中に入ってる魔力。それがあれば確かに対処は可能か……」

「私の血が混じっている以上、コレを使えるのは私かシルヴィアだ」


 私も?何で?


「今の私と君には魔術的なパスが繋がっているだろう。それを応用すれば魔力の共有が可能だ」


 へー、そうなんですね。

 って、私をまだ馬車馬のように働かせるつもりなんですね。やっぱりスパルタだよこの魔法使い。


「では、俺はトムリドルの連行と講堂にいる理事長達に報告をして、動ける人手を集めて来ます」

「討ち漏らしが出るかもしれないので助かる。アリアくんもそちらを手伝いなさい」

「はい、分かりました。マーリン先生、お姉様、ご武運を」


 二手に分かれる私達。

 トムリドルはエースの召喚獣の獅子が咥えていった。

 残されたのは私とお師匠様の二人。


「ここからどうやって門まで移動するんですか?お師匠様の召喚獣や身体強化を使って走ってもそれなりの時間がかかりますわよ?」

「君のおかげで新しい力が手に入った。それを使う」


 お師匠様が体内の魔力を活性化させる。

 目に見える量の相変わらず膨大な魔力を背中に一点集中させる。

 するとどうだろう。お師匠様の背に羽が生えた。

 鳥のような羽毛ではなく、蝶のような羽だった。


「半端者の妖精族には扱えないはずだったがな。どういう事か覚醒したようだ」

「これで飛んで行くんですわね」


 なるほど。完全に理解したわ。

 ただでさえ強いお師匠様が空を飛んで高速移動するわけだ。

 ゲームバランス壊れてない?大丈夫?


「では行くぞ。しっかり掴まっていなさい」

「きゃっ。ちょっと、この持ち方って」


 いきなり抱き抱えられる私。

 小脇に抱えられるわけでも、背中に担がれるわけでもないお姫様抱っこってやつだ。


「異論は許さない。飛ぶぞ」


 羽をはためかせると、ふわりと宙に浮いた。

 そのまま高所である校舎の屋上から飛び降りた。

 下を見て怖くなったのでお師匠の首に回した手に力が入る。


「本当に飛んでます……」

「普通の魔法で飛翔するより楽だな。細かい飛行や軌道変化は要訓練だ。今回は真っ直ぐ飛ぶだけなので支障は無い」


 お祭り騒ぎ中の学園都市上空を通り過ぎて行く。

 真上から見た町の灯りがとても綺麗だし、夜風が気持ちいい。

 お空でランデブーも悪くないわね。


「気持ちよさそうだなシルヴィア」

「ちょっと怖いですけど、最高ですわ!」


 このまま遠く、どこまでも高く、私を連れて行って。


「見えてきたぞ」


 あっという間に門に着いて、空中から外を眺める。

 ウジャウジャとした黒い群れが迫っているのが肉眼でも見えた。

 こんなのが侵入したら大騒ぎよ。


「さ、お師匠様。私に魔力供給を!」


 聖杯には山盛りの魔力が詰まってる。

 怪我をしていても、抱き抱えられたままなら固定砲台として活躍できる。


「では、遠慮なく」

「んんっ⁉︎……ん……んっ………ぷぁっ」


 何の説明も無くお師匠様が唇を重ねてきた。


「な、何するんですかいきなり!!」

「魔力供給だ。パスが繋がっているなら肉体的な接触が一番早い。流し込むという行為なら一番は交わる事だが口づけでもこの場は十分だ」


 交わる⁉︎

 それってつまり男女のアレで、ベッドの上でのあんな事ですか⁉︎


「………」

「どうした黙り込んで」

「……心の準備というか、今更になって恥ずかしいというか…」


 顔を赤くして、もじもじとしてしまう。

 だって、ついさっき告白してのコレだよ?


「君のそんな顔が見れるとはな。……あまり照れないでくれ。襲いたくなる」

「平然とした顔で何を言ってるんですの⁉︎」


 私を掴むお師匠の腕に力が入る。肩が抱き寄せられた。

 もしやこの場所って世界で一番危険な肉食獣の檻なんじゃない?食べられちゃうの私?

 洋服もボロボロだし、下着だってそんな勝負するようなの履いてません!


「いきなり過ぎませんか?」

「君が悪い。私はずっと我慢してきたのだ。お互いが愛し合っているとわかれば遠慮する必要などあるまい。安心しなさい。責任は全て必ず私が取る」


 あー、そうだった。

 この人、誰かを愛したり愛されたりした経験が無さすぎてクソデカ感情を拗らせたんだった。

 私への愛が重い。……嫌いじゃないしむしろ有り難いし、私だって大好きだけど、今じゃないでしょ。


「魔力の方は今ので回復したか?」

「あ、そういえば空っぽだったのが元に戻っていますね。コレなら戦えそうです」


 手を出して、真下にいる獣の群れに特大の火球を落とす。

 お師匠様も風魔法で竜巻を発生させたり、土魔法で地割れを起こしたりする。


「シルヴィア…」

「あっ……ん……んんっ…」


 魔力を消費する度にキスをする。

 学園都市を守るために仕方ないとはいえ、顔から火が出そうなんですが。

 お師匠様、調子乗って舌をいれないでください!!


「これ、いつまで続くんですか?」

「聖杯の魔力が尽きるか、獣の群れを殲滅するまでだろう」


 カラダもってくれよ!!

 後、お師匠様の自制心も!


「……ぷぁ……おひひょうしゃま……」

「惚けている場合ではないぞ。魔力があっても規模が追いついていない」


 頭の中がクラクラしてきた。

 普段以上の大技を連発するのと、何回も外部から流し込まれる魔力のせいで体内の魔力回路が熱い。オーバーヒートしそう。


「わかってます。……エカテリーナ!!」


 闇魔法で影を作り、そこから出すのは潤沢な魔力で巨大化させたエカテリーナ。

 いつぞやの地下大決戦よりも大きいサイズ。


「シャ〜!!」


 怪獣映画のワンシーンのように暴れる相棒。

 一方的な蹂躙の前に、食べられていく獣達。

 体内からガンガン消費されて、無理矢理供給される魔力。

 ……お師匠様。手つきがちょっといやらしいですわよ?


「エリクサーと妖精としての力が覚醒した反動なのだろうな。体が火照る」

「集中してもらえませんかねぇ?学園都市の一大事なので!」


 理性と本能の鍔迫り合いをしてる場合じゃない。

 お師匠様の光魔法のレーザーが大地を焼くけど、それにしたってキリがない。

 怯えて躊躇する個体も少なからずいるけど、まだ暴れたり侵入しようとする意思が強い。


「何か方法はありませんか?」

「残りの魔力をかなり使うが、とびきりのがある」

「アレですか?」

「あぁ。アレだ」


 お師匠様の考えが分かった。

 私も同じ魔法を使おうと考えていたからだ。


「見よ、魔術師マーリンの大魔法を!」

「見なさい。この私の全力全開、最強魔法!」


 特大の魔力を集中させる。

 本来は魔法陣を必要とするけど、今回は魔力にものを言わせた大盤振る舞い。

 私達の頭上から、半透明な鳥や馬達が現れて夜空を飛び回る。

 獣達も突如現れた大軍勢に戸惑う。

 いつぞやの誕生日の日に見せてもらった魔法。飛び交う幻影の生物達が光の尾を引いてとても幻想的で美しい。


 ずっとこの魔法が使いたくて練習してきた。

 この規模は一人じゃ流石に出来ない。出せるのもミニサイズの生き物だけだ。

 それが今夜、ワイルドハントのように展開している。


「これ、怒られません?」

「やむを得なかったと報告しよう。これだけの規模は私でも使えないからな。どれほどの威力があるか試してみたい」


 この魔法馬鹿は……。そんな所もギャップがあって好きですけどね。


「「これでフィナーレだ!!」」


 振り上げた手を叩きつけるように下す。

 一連の事件の幕引きを。

 どこがにまだ残っている連中の残党へ向けて。

 私とお師匠様がいるぞと警告するように。






 次の瞬間、幻影達が花火となって連鎖的に大爆発を起こした。

 視界が光に包まれる。遅れてやってきた爆発音が鼓膜を突き破らんとし、衝撃波が門の一部を削った。

 大地に大穴が空いて、獣の死骸すら残らなかった。








 後に、この日の魔法は禁止指定魔法として末代まで学園都市の記録に残される事になった。




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