84話 一年生終了ですわ!
「門の外を荒地にして、門自体も修繕対象になっちまったねぇ」
机の上に置かれた山積みの報告書。
この屋敷の主人であるエリちゃん先生の視線が刺さる。
「ご、ごめんなさい……」
申し訳なさでいっぱいになって頭を下げる私。
「被害がそれだけで済んだのです。最悪の事態にならなくて良かったどしょう」
「お師匠様も頭下げてください!」
ふんぞり返ってないでさ!
この部屋にはアリア見守り隊が集まっていた。その中で、それぞれが自分のやった事がいかに危険で綱渡りだったのかを反省する中、お師匠様だけが私のすぐ隣で紅茶を飲んでいた。
「あたしはアンタに言ってんだよ。あの魔法は禁術に指定されたからね」
「そうなんですか?」
「そうさね。見た目は綺麗で相手の目を引き付けて、爆発するんだ。込めた魔力によって威力を増すし、原理さえ分かれば真似しやすい。見た目の割に威力が高くて悪辣だから禁術だよ」
そんな……7年かけて習得したのに。
他にもっと禁止する必要があるものがあるでしょうに。
「ハゲも死んだしね」
「死体の確認は?」
「抜かりないさ。確実に本人だったよ」
驚いたのがトムリドルの死だったわ。
死因は魔法による頭部破壊。詳しい情報を見ると、エースによって学園側に引き渡され、事情聴取をしている最中に拘束具を破って逃走。牢獄のあるエリアから脱獄する直前に理事長によって殺された。
逃げられたらどんな手を使って復讐をするのか危険度が高いと判断しての処分だった。
他の構成員や組織の全貌が明らかにならなかったのは惜しまれるが、そこはエース達王国側の捜査員が捜査するでしょう。
「……この紅茶は美味しいね」
「お褒めいただきありがとうございます」
一口飲んでエリちゃん先生が感想を言う。
いつもこの理事の部屋ではトムリドルが小間使いとしてお茶汲みをしていたが、既に死んでしまったので今日は代わりに私が淹れた。
「この学園で最後に美味しい紅茶が飲めて幸せさね」
「やはり処分は覆らないのですか?エリザベス先生」
「誰かが責任を取らなきゃ貴族達に示しがつかないからね。あたしが適任さ」
この事件で一番驚いたのが、エリちゃん先生の辞任だった。
長年トムリドルを部下にしていたのに裏での動きに気付けず、今回の事件を引き起こさせてしまったとして自主的に申し出たものだ。実際は理事長や他の理事からの尻尾切りともいえる。
「何辛気臭い顔をしているのさ」
「もっと早くトムリドルが黒幕だって気づいていたらと考えると、」
「心配しなくて良いさね。行く宛もあるし、しばらくは自由に観光でもするつもりさ。肩の荷が降りた気分だよ」
既に退去の準備はスタートし、理事に宛てがわれたこの部屋も前回来た時より荷物が減っている。
長期休みの期間中にあの屋敷も明け渡されるのでしょう。
「エリちゃん先生……」
「泣くんじゃないよアリア。アンタはもう立派な光属性の魔法使いさね」
涙ぐむアリアの頭を優しく撫でる。
仲のいいお婆ちゃんと孫のようだ。光属性という事もあって気にかけていたからね。私にとってのお師匠様に近い存在だ。
「マーリン。あたしからアンタに頼みが一つある」
「エリザベス先生の頼みとあれば」
これが本題だったのだろう。
お師匠様も真剣な顔で対応する。
「あたしの代わりに理事になりな。次の選挙期間までの代理だが、理事長からの承認も受けてるさね」
理事?
それってこの学園都市の最高意思決定機関じゃない!
「大出世ですよお師匠様!」
「あぁ。ですが、私にそんな資格は……」
「あるよ。教師としての期間は短いが、それを補って有り余る功績がある。研究の成果だけで理事に選ばれるには十分さね。それに、アンタは王子達からの信頼も厚い」
学園都市は今、厳しい状況下にある。
国家転覆を企むテロリストの本拠地だったし、恐ろしい性能の魔道具が数々発見された。
エースやジャック達も危険な目に遭い、貴族達の中には自分の子供達を学園に通わせる事に疑問の声が上がっている。
シザース侯爵の件もあるからどっちも変わらないと思うんだけどね。
ベヨネッタとザコーヨは処刑や投獄さえ免れたが、最低限の荷物だけ持って国外退去になった。デーブは情報を売ったこともあって奉仕活動のみの処分となった。
「出来る限り精一杯努めさせていただきます」
「サポートやフォローは頼んだよシルヴィア。アンタならマーリンの手綱を握れるさ」
「はい。任されましたわ」
人付き合いが苦手な人だ。私が秘書代わりに手伝ってあげないとね。
「アリア。庭の薬草は任せたよ。きっと必要になる」
「マーリン先生とお姉様のコンビですからね。薬の調合が間に合うかどうか……」
ヒソヒソと何かを話している二人。
チラッとこちらを見ているのは何故かしら?
「あたしからの話はここまでさね。アンタらから何か報告はあるかい?」
「あります。今回、トムリドルがどうやって我々の情報を入手したかについてです」
それって遠見の手鏡を入手したからじゃないの?
「そもそも奴は学園に隠された秘宝の場所すら知らなかったんだ。それをどうやって知り得たのか。どうして常に我々より先の一手を打てたのか。召喚獣の気配があれば私だって気付けたはずだった」
ふむふむ。確かに怪しい点がいくつもあったわね。
「これがその答えです」
お師匠様が指をパチンと鳴らす。
するとどこからともなく青い鳥が飛んで来た。
「この鳥に不正な術式が組み込まれていました」
「あぁ!その鳥って」
広大な敷地内で迷子になる生徒のために作られたシステム。学生時代のお師匠様が作って、その偉大さをまた一つ実感したのを覚えている。
私やアリアもよくお世話になっていた。
「決められたエリアや寮の敷地内には立ち入らないように設定していたが、その術式に細工がしてあり、トムリドルはコレを使ってシルヴィアやその近くの生徒をマーク。必要であれば遠見の手鏡で遠距離からの呪術を施す事も可能だった」
「わたしもお姉様も、思い当たる点がいくつかあります」
「そいつは盲点だったさね。今じゃ普通に誰でも利用していたからね」
「学生時代のまだ考えが甘い私が作ったものですから。穴があったのでしょう。現在は術式の複雑化と暗号化で細工出来なくしました。ひとまずはご安心を」
「仕事が早いね。これなら理事を任せられるさね」
自分のプライベートがあいつに監視されていたと思うとゾッとするわね。
迂闊に隠しアイテムだなんて情報を漏らしてしまったから……。
「君の責任ではない」
俯いていたのが心配だったのか、お師匠が手を握ってくる。
「これからは何があろうと私が守る」
「けっ。枯れた魔法馬鹿に春が来たのは良いけど、自分の目で見ると甘ったるくて砂糖を吐きそうさね」
「ここ一週間、こんな感じでわたしも嬉しさ半分妬ましさ半分……ぐぬぬお姉様が…」
大きくて温かい手を握り返す。
やっぱりこの手が一番大好きだなぁ。頭を撫でで欲しいなぁ。
「言っておくけど、理事として振る舞う以上は政敵に隙を見せんじゃないよ。ここは魔法を極めた怪物共が運営しているからさね」
「分かりましたエリザベス先生」
先輩からの、恩師からの忠告に今度はキチンと頭を深々下げるお師匠様。
こうして、エリザベス・ホーエンハイムの学園理事として最後の仕事の引き継ぎが行われた。
事件の事後処理や貴族に関するゴタゴタは皆んなが手伝ってくれて、帰省前には片付いた。
一年生が終わる。
前倒しも良いとこのシナリオだったけど大切な仲間やかけがえのない恋人も出来た。
学園にはこれから長期休みに入る。生徒が誰もいないなら寮の仕事も無いのでソフィアも一緒に帰る。
クラブは実の両親の仇が死んで嬉しさ半分、やるせなさ半分だったからクローバー領に戻ったらパーティーでも開いて元気を取り戻してもらいたい。
この一年で起きた様々な出来事を両親や妹に話してあげたい。お土産も沢山用意したし。
揺れる馬車から外の景色を眺めると、確かに穴ぼこだらけの地面が見えた。月面並みにクレターが出来てる。
や、やり過ぎよねやっぱり。
「シルヴィア。来年度についてだが、寮ではなく私の屋敷に住まないか?」
「嫌です。だってお師匠様と二人っきりになったら何されるか怖いので」
「そうか……」
「冗談ですよ!だからそんな捨てられた子犬みたいな目をしないでください!」
私を膝の上に乗せて満足そうに抱きしめてくるお師匠様。
「姉さん、そういうのは僕らがいないとこでやってよ」
「お嬢様。お付き合いしているとはいえ、まだ婚約までしているわけではないので、適切な距離感をですね、」
いや。私は逃げ出そうとしてるけど、お師匠様が離してくれないだけなんだって!
「シルヴィア。子供は何人欲しい?私は沢山、」
「だーかーら!まだ早いですってお師匠様!」
こんな感じで私がこの世界に転生して、原作開始からの激動の一年が終わった。
多分、これからもまだ厄介なイベントやシナリオが出てくるんでしょう。
でも、このシルヴィア・クローバーならどんな大事件もお師匠様と一緒に乗り越えられる………はずよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます