第80話 マーリン・シルヴェスフォウ!

 

「さて、儀式を始めましょうか」

「くっ…」


 体に力を込めるが、キツく結ばれたロープはびくともしない。

 身体強化が万全であれば引き千切ることも容易いのに上手く魔力を制御出来ない。


「無駄ですよ。事前に貴方や理事長に飲ませたのは通常の数倍の濃度。アルコール度数も高めなので気づきにくいものですから。味より酔いが早く回るお酒が好きなんですよホーエンハイムは」


 あの場にいた誰も違和感なく飲んでいたのは好みに合っていたからか。

 10年近くも無能を演じて騙していた相手だ、その程度の用意は造作も無かったのだろう。


「理事長も外部の人間には厳しいですが、自らの教え子や学園内の研究成果には緩いんですよ」


 入念な下調べと準備だ。

 この用意周到性をもっと別に活かせば今頃は出世していただろうに、復讐へと走った結果がこれだ。


「しかしながら、貴方まで罠にかかるとは驚きでしたよ。当初の予定ではシルヴィア・クローバーや他の生徒を人質に身動きを封じるはずが、その必要性すら無くなったんですから。甘くなりましたねぇ」

「お前は変わっていないのだな」


 ポロリと本音を零すと、靴先が飛んできた。

 蹴られたせいで口の中に血の味が広がる。


「気に入らないんですよ。昔からその態度。何もかも見透かしたような態度で、上から目線。ガキの分際で大人に歯向かい!卑怯な手を使って勝利し!天才ともてはやされ!与えられる地位を捨てて旅に出た!その全てが気に入らない!!」


 何度も、何度も踏みつけられる。

 身体強化をした状態だ。骨が軋む。呼吸もヒューヒューと音がする。

 肉体的な痛みを受けるのは久方ぶりだ。


「おっと。勢い余って殺してしまう所でした。危ない危ない。貴方にはもっと苦痛を味わってもらわないと」


 嗜虐的な笑みを浮かべるトムリドル。

 歓喜に震えているのか、口からはヨダレも垂れている。


「まずは儀式用の魔法陣ですね。ほれ!」

「くっ!!」


 シルヴィアから奪った杖の先、刺突用武器にも使える部分が私の足に突き刺され、そこから血が滲む。

 インク代わりに血を使い、地面に図形を描く。一筆ごとにまた突き刺さる杖。


「どうもこの方法は効率が悪いですねぇ。時間がかかりそうだ」


 刺さった杖がぐりぐりと捻られる。

 苦悶の声が漏れてしまった。

 そして、私の苦しむ顔を見て益々口角が吊り上がる。


「まだ序の口です。死なないでください。血が溢れるのは勿体無いから止血しましょうか?」


 そもそも儀式に必要なのは血であって、魔法陣に使う必要性など無い。自らに高揚感を与えるための自慰に過ぎない。


「あぁぁぁぁっ!!」


 止血と言ったそれは、火魔法によって超高温になった杖を開けた穴へと触れさせるものだった。

 じゅくじゅくと肉が焼ける音と、匂いが立ち込める。

 生きたまま焼かれるのは初めてだ。


「ははっ。中々愉快に悲鳴をあげますね?そうでなくてはならない!もっと苦しませてあげましょう!」


 体内に魔力はあるが、私は常人の何倍も量があるため、制御に失敗すれば大惨事だ。

 この場を中心に大規模な爆発も起きかねない。それを避ける為には魔法を使わないようにしなくては。


「意識を失ってもすぐに起こして差し上げますよ。穴を開けられ肉を焼かれ、何度でも目を覚ましてあげましょう」


 一つ一つの傷は深くない。というより浅い。

 抉られた場所はいずれも急所ではない為、死ぬまでは時間がかかる。

 夜明けまで続けば流石に講堂以外に居た教師達も気づくだろう。そこから救助隊や討伐隊が編成されれば生徒達だけでも……。


「どうすれば貴方に苦痛を、死より辛い思いをさせられるのかこの一年考えましたよ。研究成果を燃やそうと、肉体を痛めつけても大した効果は無い。精神的にどう苦しめるべきか」


 話を長引かせろ。時間を稼げ。


「気づいたんです。貴方は自分に対する執着や生への渇望が薄い。そんな相手をいくら拷問しようと絶望はしない。それならですよ、」


 倒れた私の顔を覗き込み、トムリドルは言った。


「貴方の関係者を痛ぶって破滅させればいいじゃないですか。例えば……弟子とかをね?」

「っ⁉︎」

「反応しましたね?狼狽ることも取り乱すことも無い天才マーリンともあろう人物が、感情を露わにして私を睨みつけましたね!やっぱりそうか!」


 至極満足気に愉悦に浸る男。この身が自由であれば!と自分の不甲斐なさを実感する。


「どうしてあげましょうか?闇の神を復活させたらクローバー伯爵領を攻めましょうか?クローバー家を全員獣の餌にしましょうか?アリアという弟子もいましたね?彼女の故郷を焼き払って見せしめに首を刎ねましょうか?マーリンに関わった生徒を家族を含めて一人ずつ闇魔法で精神を狂わせて殺してしまいましょうか?」

「……ろ……めろ」

「一番反応が良さそうなのはシルヴィア・クローバーですね。彼女を無理矢理手籠にして貴方の前で犯しましょうか?拷問にかけて二度と太陽の下に出れないようにして、それでいて愛玩動物のように可愛がってあげましょうね?」

「やめろ!!………やめてくれ…」


 想像するだけで吐き気がする。

 考えるだけで心が苦しくなる。

 あの子には、そんな思いをさせたくない。そんな目に合わせたくない。


「いいザマだ!愉快!これ程まで心満たされる光景があったでしょうか!!マーリンが私に懇願したのです!やめてくれと!たかが小娘一人の名前を出されただけで悲痛な顔をして!あははははは!」


 狂気に染まった高笑いをし、再度歓喜に震えるトムリドル。

 無力な私は、自らの唇を噛んで悔しがることしかできないのか!


「……ですが、それは無理な相談ですねぇ。私は、貴方の、その表情を見ていたい!苦悶に苛まれる歪んだ姿を特等席で見物したい!やりましょう!血を流しながら命が消えゆくのを感じながら弟子が泣き叫び絶望する様子を目に焼き付けるのです!!」


 黒いモヤに包まれ、宙に浮く私。

 足元の魔法陣には聖杯が置かれた。


「この聖杯に魔力と貴方の血が満たされ溢れ出した時、最強最悪の闇の神は復活し、世界は再び恐怖に包まれ神の時代へと遡る!その世界に君臨するのは最も偉大なる魔法使いであるこのトムリドル・J・ドラゴン。JOKERなのです!!」


 杖の先に風魔法が付与され、その刃が私の体を斬りつけた。

 激痛が走り、鮮血が飛び散る。致命的重傷ではないが、浅くもない。


「さて、シルヴィア・クローバーを回収しましょう。安心しなさい。その傷だと死ぬまでしばらく保つでしょうから」


 零れ落ちる血が聖杯を満たす頃には失血死するだろう。

 これが妖精族と人間の間に生まれた忌み子の最期。人らしくなれなかった人間もどきに相応しい終末だというか。


 こんな事になるなら感情を知らなければ良かった。


 優しさに触れなければ良かった。


 誰かを愛する事をしなければ良かった。


 そんな物は不必要なのだから。私には魔法使いとしての才能だけあればいいのだ。愛を求めて憧れて、何かを成したいと光の巫女を探す旅に出ずにどこぞに引きこもって野垂れ死ぬべきだった。

 もし、もしも、私に啓示を授けた神にこの思いが届くのなら。聞き入れてもらえるのならば。


 彼女だけは。

 彼女とその家族、仲間だけは。

 彼女が笑って幸せに暮らせる世界だけは。


「…………守ってくれ」

「もう絶望ですか?今からシルヴィア・クローバーを連れて来ますよ。手鏡であの子の様子を把握し……馬鹿なっ⁉︎」


 天を仰ぐ。

 満点の星空の中に一際輝くものがあった。

 光は勢いを増し、こちらへ向かってくる。

 ソレは途中で分離し、超高速で飛来する。




 ダンっ!!




 地面がヒビ割れ、豪快な着地音がした。

 あぁ、私は夢を見ているのか。走馬灯というものか。

 あり得ないはずの姿が見える。



「助けに来ましたわよ。お師匠様?」



 闇夜に映えるドレスに自らの手で深いスリットを入れた少女が。

 私の心を掻き乱す元凶であり、私に生きる目的を与えてくれた弟子が。




 私の愛してやまないシルヴィア・クローバーがそこにいた。

 囚われの私を助けるヒーローとして。




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