第59話 ジャック・スペード。
「遅いぞシルヴィア」
「ごめんなさいね」
学園の校舎。その中でもあまり人気の無い場所にオレとシルヴィアはいた。
「呼び出したのは貴様だっただろ」
「えぇ、そうよ。ジャックにどうしても伝えたい事があって」
昨晩。寮にある自室で授業の復習をしていると、開けていた窓から手紙が投げ入れられた。
差出人は不明だったが、こんなことを王子相手にする人物は限られている。その上で、お互いの関係性についてともなればこの女しかいない。
「それで、何の用だ」
心のどこかでソワソワしているオレがいる。
随分と待たされた。告白直後に返事が無かったのは残念であり、ホッともした。
オレではまだコイツの一番では無くて、だけど頭を抱えて悩ませるくらいには好感度もあった。
城にいる連中に話を聞いても、7年も経てば初恋なんて冷めると言っていた。
それがどうだ?オレはいつまでもうだうだと引きずってココまで来た。
何人もの美女や、魔法・勉学に優れた女を紹介されたがピンと来なかった。
唯一、付き合いが深くてシルヴィアについても相談できた異性はエリス姉だけだ。彼女にはどこかコイツに似た空気を感じた。
『ジャックはその子の事が好きなのね』
『ハァ?オレ様があんなのを好きだって⁉︎』
というより、エリス姉のせいで明確に自覚してしまったな。
エースもシルヴィアを気にかけていて、正直嫉妬した。
エースには勝てないと心のどこかで決めつけていたが、コイツだけは譲りたく無かった。諦めてなるものか!と奮起した。
クラブを取り込み、クローバー家に恩を売りつけて優位に立とうとした。
……正直、クラブが有能過ぎてシルヴィア関係なく手元に置いておきたい。魔法も使えて執務もこなせて、周囲のバランスを取りながらまとめ上げてくれるなんて副官として最高なんだが。偉そうに頷くだけで後ろに皆が付いてきてくれる。
『クラブ、お前はその歳でどうしてここまで』
『僕には追いつきたい人がいます。そのためにこんな所で躓くわけにはいかないんです』
一年飛び級で入学するために勉強する姿は鬼気迫るものを感じた。
オレもエースもそんな姿を見て負けていられないと思ったし、応援したいと思い、城の家庭教師をクローバー家に派遣したこともあった。
そして、オレ達はこの学園に入学した。
『いいですか?姉さんとはくれぐれも距離を取るようにお願いしますよ』
『その程度造作も無い。7年も経って野宿生活でサルにでもなっていたら面白くて近付きたいかも知れんがな』
一日遅れで教室に入った瞬間、オレの胸に電流が走った。
好みど真ん中の女が座っていたのだ。それがシルヴィアだと気付いたのはその直後だったが。
『クラブの姉だということで貴様も誘ってやろうか?』
『結構です。私、予定があるので』
これには傷ついた。
勇気を出して初日からシルヴィアに近づいてしまったが断られた。
派閥のメンバーを増やすための食事会なら一人くらい増えてもバレない……と思って誘ったがダメだった。
怒っていた様子だから、オレは自分が嫌われているんじゃないかと不安になってしまった。クソ!シルヴィアの分際で!
その夜は眠れなかった。
そこから学園生活は始まって、シルヴィアの起こす問題にクラブと二人で頭を抱えて、エリス姉からの赤紙でとうとう諦めて干渉するようになって、予想外の時期でのエースの先制攻撃に焦った。
なんとしてもシルヴィアを手に入れるためにノープランでの電撃戦を発動し、告白した。
軽率では?とクラブに言われたが、相手はエースだ。油断ならない。
その後に立て続けに事件も起きて恋愛どころでは無かったが、それも今日までかも知れんな。
「実はね。告白の返事なんだけど……お断りしようと思うの」
「そうか」
淡白に反応してしまう。
内心は矢で心臓を貫かれたような痛みに襲われるが、顔に出したくない。
「だってジャックってエースより劣っているし、派閥だってクラブが支えているから保っているだけじゃない」
「それは……」
「つい最近だって、結局は私を止めることも出来ずに撤退。魔法に関しては平民のアリアにだって及ばなかったわね」
滅多刺しだ。
フラれるだけかと思ったら罵詈雑言が飛んで来た。
「やっぱり光属性を持って、大貴族達からの信頼も厚いエースの方が良いわね。それに比べたら多重属性とはいえ、たった二つしか持たない貴方じゃ天と地ほど差があるわ」
やっぱりエースにオレは勝てないのか。
「いくら張り合おうと、所詮ジャックはエースのスペア。王にもなれなければ好きな女を手に入れることも出来ないのよ」
これは堪えるな。
シルヴィアから指摘されてしまうなんて。
他に誰かが見ているならばオレはまだ反論したかもしれないが、ここには二人きりだ。
コイツはオレのことをよく知っている。だからこの意見は間違いないのだろう。
「でもね、まだ貴方だけにしか出来ない逆転の一手があるの」
「なんだと?」
シルヴィアの一言が酷く魅惑的に聞こえた。
反応したオレを見てコイツは微笑んだ。
「敵がいなくなれば貴方の一人勝ちになるのよ」
「おい、何を言って!」
「ねぇ……ジャック…」
距離を詰め、耳元で囁くシルヴィア。
その妖艶な声に思わず抱きつきたくなる。
他の女にはこんな感情は抱かないのに、どうしてコイツだけは特別なのか。
「エースの事、嫌いなのよね?いつも貴方を上から見下ろしていた目の上のたんこぶ。公務を手伝ったり魔法を必死で頑張った貴方の先を行く存在。邪魔だとは思わないの?」
「そんな事は……」
エースはオレの越えるべき壁であり、ライバルだ。
競い合って高め合ってきた。どちらが勝っても負けても互いを助け合い、この国の未来を守ると約束した。
「負けた貴方は一生、エースの子飼いにされて王としての絶対的権力を失うの。きっと周囲はこう言うでしょうね。ーーー何も得られなかった負け犬だって」
そんな事はない。
あってたまるか。
オレだって、
「クラブも貴方を見限ってエースに付くし、クローバー家もエースなら面倒を見てくれるわ」
「オレだってクローバー家を守ろうと行動してきた!シルヴィアの居場所を失わせないように必死に!」
「でも、エリスを殺そうとした私を、クラブを殺めようとした私を貴方は止められなかった」
「っ⁉︎」
ギリっと奥歯を噛みしめる。
腕に力が入り、握り拳が震えた。
あぁ、悔しかったのだオレは。
「あそこでアリアやマーリンがいなかったら私の居場所は消えていた。貴方じゃ力不足なの……今のままではね?」
「どうすればいいのか。エースに勝って、貴様を守れるだけの力を手に入れ、オレ様が王になるに相応しい人間になるにはどうすればいい!」
その道は行ってはならない。人として当然の守るべきルールを踏み外してしまいそうだ。
だが、それと同時にもうその手しかないと心の中の悪魔が囁く。
「エースを消しなさい。そうすれば貴方の望む全てが手に入るわ」
「オレには…」
「そうね。だから、殺さずに苦しめる方法や目覚めない眠りにつかせる方法があるわ。それなら貴方の手は血に汚れないわよ」
「殺さなくて済むのか?」
「えぇ。痛みは一瞬よ。それでエースは王位継承からも貴方の前からも消える。……そしたら私だって貴方のモノになってあげるわ」
全てを手に入れる。
思い出せ、元々のオレは我儘を言わずに我慢できる男だったか?欲しい物は余す事なく自分の物にしないと納得できなかったではないか?
「私の事が好きなのよね?」
甘い声で囁くシルヴィア。
熱っぽい視線がオレを見つめる。
うなじから見える肌が、スカート伸びた足が、その蠱惑的な在り方が、オレを惹きつける。
「だったらその証拠を見せて。誠意を持って行動に移せば、世界は全て貴方の手の中に……」
天使の声など聞こえずに、悪魔がオレの中で存在を増していく。
何か、何かを思い出して警戒しなくてはと理性は訴えるが、胸の中に飛び込んで来たシルヴィアの体の熱がそれを掻き消す。
「ジャック。貴方こそ王に相応しいわ」
オレが、この世で一番欲しい一言のせいで視界は黒いモヤに包まれたように真っ暗になってしまった。
「くしゅん!」
「風邪かシルヴィア?」
「いえ。全然平気です!だからあの苦い薬は勘弁してくださいお師匠様!」
「はぁ。それで、この時計台の隠し部屋にある魔道具は見つかったのか?」
「それがなんですねお師匠様。……無いです」
「君が言ったのだぞ?ここに安置してあると」
「そうなんですけど、それっぽい置き場所があっても現物が無いんですよ」
「それはつまり、」
「また誰かが先回りして手に入れたみたいですよ。……悪用されたらマズいのを」
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