メメント・モリ

ドクソ

メメント・モリ


 今日はカーネルの三十歳の誕生日。近所に住む友人や親戚を集めて、庭でパーティーが行われている。

 しかし、主役であるはずのカーネルは、忙しく庭を駆け回っていた。

「ダメじゃないか、こんなに草が伸びきっている所でバーベキューをやったら!もし火が飛び移って、家が火事になったらどうしてくれるんだ。燃えた家の中に誰かがいたら死んじゃうかもしれないだろ!」

また、他の場所でもカーネルの文句が飛び出す。

「おーい、マリア!そんな切れ味の良さそうな包丁で野菜を切るんじゃない!もし手が滑って、胸に突き刺さったら危ないじゃないか!」

「でもカーネル、この包丁は毎日使っているんだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「いーや、ダメだ。もし俺の言っているように心臓に包丁が刺さったら、死んじゃうかもしれないだろ!」

「相変わらず、カーネルは妄想が激しいわねえ……」

 庭を動き回るカーネルに、年配の女性が声をかける。妻であるマリアの母親のリースだ。

「カーネル、誕生日おめでとう。私、あなたにピッタリのサプリを見つけたの、これを飲んでみなさい」

 そう言って、リースは手提げのバッグから薬瓶を取り出して、カーネルに手渡した。

「おお!お義母さん。サプリは体に良いから大歓迎です。ありがとうございます」

 カーネルはそのサプリの説明に目を通す。

 商品名は『メメント・モリ』その下の説明文には『毎食後に服用して下さい、死に対する恐怖を解消します』と書かれていた。

「死に対する恐怖ですか……」

「ええ、あなたは毎日誰かが死んでしまうことが、不安で仕方ないみたいだから。そのサプリを飲めば、そんな心配を和らげることが出来ると思って、買ってきたのよ」

「はい、特に今日みたいに、人が沢山集まると気が気じゃないですね。ありがとうございます」

 パーティーは無事に終わり、カーネルは夕食後に、貰ったサプリを飲んで眠りについた。

 翌日、マリアが目を覚ますと、ベッドの隣にカーネルがいない。

 寝室の窓を開けると、麦わら帽子をかぶり、首にタオルを巻いて草刈りをしているカーネルの姿があった。

 パジャマ姿のマリアに気がつき、声をかけるカーネル。

「おはようマリア、今日はとってもいい天気だね!」

「ええ、おはようカーネル。あなた、鎌は手首を切る危険があるから、持ちたくないって言ってたじゃない」

「そうなんだけど、流石に庭の草が伸びているのが気になってね。見てくれマリア、ずいぶんすっきりしたと思わないか?」

 マリアはカーネルの態度に違和感を覚えたが、綺麗になった庭を見て素直に喜んだ。

「早起きして綺麗にしてくれたのね、ありがとうカーネル」

「うん、そうだ!ここにマリアの念願だった、ウッドデッキを作ろうよ」

「ほんと!凄くうれしい。着替えてくるから、すぐにホームセンターに行きましょう」

「それがいい、早く出ておいでよ」

 そして二人はホームセンターで材料を揃えてきた。

 カーネルは早速、ウッドデッキ作りに取り掛かる。買ってきた木材を、電動ノコギリで切り始めた。

「ねえ、本当にどうしたのカーネル?ノコギリは大怪我をするかもしれないから、使いたくないって前に言ってたじゃないの。どういう心境の変化なの?」

「いやぁ、気付いただけだよ。使い方さえ間違えなければ、こんなのどうってことないって」

 そう言いながら切った木材を組み立て、釘を打ち始めるカーネル。

「釘を打つのも、もし事故が起きたら危ないって、怖がってたのに……」

 あっという間にウッドデッキは出来上がり、鼻歌まじりでペンキを塗るカーネル。

 マリアはカーネルの変わりようを不安に思い、母親のリースに電話をかけている。

「ええ、そうなのよ母さん、ペンキは口に入ったら毒だから、触りたくもないって言ってたのに」

 電話先でリースが答える。

「あらそうなの、デッキを作っているなら、そこで一緒にブランチを食べましょうよ」

 そう言ってリースは電話を切る。

「どうだいマリア、君の好きなターコイズにしてみたんだけど!」

 完成したウッドデッキをお披露目するカーネル。

 ペンキが乾く頃、リースが家にやってきた。

「あら、綺麗なデッキね。こんなところでご飯を食べたら気持ちが良いわね」

「いらっしゃいお義母さん。今日は俺が腕によりをかけて料理をしますよ」

 ウッドデッキに上がるリースとマリア、その上にはすでに、テーブルと椅子が用意されていた。

「マリア、お言葉に甘えて、私たちはここで料理ができるのを待ちましょう」

「ええ……」

 不安そうなマリアを見て、リースが声をかける。

「どうしたのマリア?今日はなんだか元気がないのね」

「母さん、カーネルは普段、火事になるのが嫌だって料理はしないし、ましてや包丁なんか持つのも恐ろしいって言ってたのに……私、なんだかカーネルの変わりようが怖くなってきたわ……」

「まあまあ、カーネルも元気そうでなによりじゃないの。夫が変わろうとしている時は、応援してあげるのも妻の役割なのよ」

「ええ、確かに悪い傾向じゃないから、別に良いんだけど。いったい何があったのかしら?」

 カーネルは作った料理をテーブルに並べた。

「マリア、僕達が初めてデートした時に食べた、パスタの味を再現してみたんだ。きっと美味しいよ」

「調子が良さそうでよかったわカーネル、昨日のサプリは効いたみたいね」

「はい、お義母さん。本当に素晴らしい物を頂いて、感謝してもしきれないですよ。おっと、毎食後に飲むんだった。いまサプリを持ってくるから、二人は食べ始めていて下さい」

 マリアはリースに尋ねた。

「サプリってなんのこと?母さんがカーネルにプレゼントしたの?」

「ええ、昨日の誕生日にビタミン剤をあげたのよ、瓶にちょっとした細工をしてね。どうやらよく効いてるみたいね」

「へー、ビタミンって、精神的にも効くのねえ……」

 カーネルが笑顔でサプリの瓶を持ってくる。

「これだよマリア『メメント・モリ』っていうサプリでさぁ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メメント・モリ ドクソ @dokuso0317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ