罪
購入した商品をレジ袋に詰め終えた俺は、買い物籠を定位置に戻そうとした。だが一番近くの買い物籠置き場の前は、立ち話をする中年女性二人組によって塞がれている。籠をサッカー台に放置したまま店を出ようとした、その矢先だった。
「あーっ! こいつ、買い物籠を戻さずに店から出ようとしてるぞーっ!」
突然、後方から喧しい声が聞こえた。振り向くと、クラウンの恰好をした男が、満面に笑みを湛えて俺を指差していた。
買い物籠を戻さなかった程度で、大袈裟な野郎だ。馬鹿馬鹿しいし、腹が立つ。睨みつけると、クラウンは肩を竦めた。
「みなさん、今のこいつの態度、見ました? こいつ、自分の行為を正当化しようとしましたよ! 籠を戻さなかった分際で! 他でもない、自分が悪いのに!」
周囲の人間の視線が俺に集まり出した。こうなると、こちらとしてもばつが悪い。反論することも、クラウンを無視して立ち去ることも出来かねて、その場に立ち尽くす。
「みなさん、どう思います? 買い物籠を戻さず、しかもその罪を誤魔化そうとする男を! 最低でしょう? ねえ、みなさん!」
気がつくと、周りの客はみな俺を指差し、隣の者と囁きを交わしている。
決まりの悪さに耐えきれなくなり、中年女性二人組を押しのけて買い物籠を戻した。罪を犯した自覚はなかった。客の注目を自分から逸らしたいがために、そうしたに過ぎなかった。
「みなさーん! こいつは恥ずべき悪人なんですよー! 卑劣な罪人なんですよー!」
だが思惑とは裏腹に、籠を戻したにもかかわらず、客からの白眼視も、クラウンの嘲笑も止まない。
俺は紛れもなく罪を犯し、その罪は罰を受けたところで購われるものではなかったのだ、と俺は悟った。
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