てつはう

「秋葉原で、てつはう、を買ってきてくれ」

 それが父の最期の言葉だった。

 天麩羅の食べ過ぎが原因で死んだ、父。阪神タイガースの監督だった真弓と生年月日が同じ、父。あまりにも早過ぎる、死。

 てつはう、とは、元寇の際に蒙古軍が使用した武器だ。鉄塔、だったならばお手上げだが、てつはう、ならば私にも手が届く。四十九日の法要が済むと、父の生前の願いを叶えるべく、私は秋葉原へ足を運んだ。

 初めて訪れた秋葉原は、なんと言うか、賑やかな街だった。電器店、飲食店、メイドカフェ――そんなところだ。メイドのコスチュームに身を包んだ若い女性が作り笑いを浮かべてポケットティッシュを押しつけてくる。それを受け取り、すぐさま打ち捨て、てつはう、を売っている店を探す。

「てつはう、は売っていますでしょうか」

 電器店を見かけるたびに中に入り、店員に尋ねた。店員はみな、申し訳なさそうに首を横に振った。二十ほどの店に寄ったが、てつはう、はどこにも売っていなかった。

 そうこうするうちに正午を回った。歩き回ったせいで、すっかり空腹だ。丼ものならなんでも取り揃えている、と大言壮語している小汚い店に入る。父は天麩羅が好物だった。天丼にしようかと一瞬思ったが、カツ丼が食べたい気分だったので、そちらを注文する。

 天麩羅が好きだった父。トンカツが好きな私。親子にもかかわらず好きな食べ物が異なる。その事実が意味するもの、それは、私と父に血の繋がりはない、ということではないか。秋葉原で、てつはう、を買ってきてくれ、と言ったからには、てつはう、は秋葉原に売っているはずだ。それなのに、てつはう、を私が見つけられないのは、父と血が繋がっていないのが原因なのではないか。

 そんなことを考えながらカツ丼を頬張った。味は、さほどでもない。

 天丼にしておけばよかっただろうか。

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