寂しい森

 絶対に遅れてはならない待ち合わせをしていた、という事情は確かにあった。だからといって、ひとたび足を踏み入れると二度と出られないと言われている「迷いの森」を突っ切ろうとしたのが間違いだった。たちまち道に迷い、森から抜け出せなくなってしまった。

 切り株に腰を下ろし、森に入ったことを心の底から悔やんでいると、どこからか一匹の妖精が現れ、道案内をしてもいい、と言った。彼女は「迷いの森」に長年住んでいて、この森の地図を熟知しているという。差し伸べられた救いの手を払い除ける理由は一つもなかった。森の出口に到着するまでの間、話し相手になってほしいという交換条件も、喜んで呑んだ。

 足が棒になるほど歩いたが、森の出口は一向に見えてこない。

「あとどれくらい歩かなければならないの?」

 尋ねると、妖精はばつが悪そうな顔をした。そして、自分は長い間この森で孤独に暮らしてきたので、話し相手を見つけたことが嬉しく、出来るだけ長い間一緒に過ごしたいと思い、同じ道を延々と巡っていた、と打ち明けた。

 騙され、貴重な時間が空費させられていたと知り、私は激昂した。我に返った時には、妖精は私の手の中で息絶えていた。「迷いの森」を脱出するための唯一の希望を、私は自らの手で握り潰してしまったのだ。

 私は「迷いの森」からの脱出を幾度となく試みたが、結果はことごとく虚しかった。悪戯に時間が過ぎていった。私は次第に気力を失っていった。

 そして現在、森から抜け出す努力を完全に放棄した私は、孤独だ、と言っていた妖精の心情に心の底から共感し、夜な夜な涙を流している。彼女もそうだったように、空漠たる暗い森の中、正真正銘の一人きりで。

「絶対に遅れてはならない待ち合わせ」の詳細は、今となっては思い出せないし、思い出したくもない。

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