マッターホルンに登る三匹のニホンザル

 晩冬の早朝、防寒着に身を包んだ三匹のニホンザルがスイスの国際空港に降り立った。彼らはいずれも雄で、年齢は人間に換算すれば二十代前半。体力と気力が最も充実した年頃だ。

 三匹は鉄道を乗り継ぎ、アルプスの麓に辿り着いた。彼らは無言で赤ら顔を見合わせ、山に足を踏み入れた。その途端、登山靴を履いた彼らの両足が、地面から十センチほど浮き上がった。彼らの体は、宙に浮いた状態を保ったまま、山頂を目指して山道を移動し始めた。人間が早足で歩くほどの速度だ。

「人間は可哀相だね。四千メートルを超える山を、えっちらおっちら、徒歩で登らなきゃいけないんだから」

 先頭を務める、精悍な顔つきの一匹が、声に同情を込めて呟いた。

「その点、僕らは楽だよね。エスカレーターに乗るみたいに、ただ流れに身を任せていればいいんだもの」

 真ん中の、愛嬌のある顔の一匹が、前の一匹の体毛からシラミをとりながら言った。

「恐れるべきは寒さだけ、ってわけですかい。ま、それも大した問題じゃないけどね」

 しんがりの、小太りの一匹がそう口にした時、三匹は雪深い中腹を進んでいたが、彼らは身震い一つしていない。毛深い上、防寒着を着込んでいるため、寒さを感じないのだ。

 数時間後、三匹は山頂に到達した。

「四四七七メートルといっても、呆気ないものだね、僕たちニホンザルにかかれば」

「毎回思うけど、あまりに呆気ないから、なんていうか、達成感がないよね」

「疲れていないし、苦労してもいないからね。仕方がないよ」

 三匹は顔を見合わせ、三匹同時に苦笑をこぼした。

「それじゃあ、もう帰ります?」

「そうしましょうか」

「うん、そうしよう」

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