神保町のおにぎり屋さん

 神保町のどこかに、フンコロガシが店主を務めるおにぎり屋さんがある。店の名前は「反日」。鮮やかな青色の屋根が目印の、こぢんまりとした店だ。

 冬の終わりの日曜日、朝九時の開店と共に、常連の大内さんが「反日」のドアを潜った。カウンターの内側から、店主のフンコロガシが「いらっしゃいませ」と愛想よく微笑む。大内さんはフンコロガシと談笑しながら、サンプルが並べられているガラス棚を覗き込み、おにぎりを選ぶ。ラインナップは全部で三十種類。鮭、梅、昆布などの定番から、チョコレート、ピータン、イチジクなどの変わり種まで、幅広く取り揃えている。どのおにぎりも、コンビニで売っているものよりも一回り大きく、二割ほど安い。

「じゃあ、今日はツナマヨを三つ貰おうか」

 大内さんが告げると、フンコロガシは細い前脚を器用に動かし、その場でおにぎりを握り始める。注文を受けてから作るというのも、「反日」の売りの一つだ。

 おにぎりはすぐに出来上がる。完成したおにぎりはパックに詰められ、客に手渡される。

「な、なんじゃこりゃあ!」

 受け取ったものを見て、大内さんは頓狂な声を上げた。

「おにぎりじゃなくて、馬糞じゃないか……!」

 大内さんが受け取ったのは、白い三角形ではなく、焦げ茶色の球体だったのだ。

「客に馬糞を出すなんて、失望したよ。長い付き合いだったが、それも今日でおしまいだ」

 大内さんは憤然として店を出て行った。

 大内さんの後ろ姿が見えなくなると、フンコロガシは箒とちりとりで馬糞を片付ける。深々と溜息をつき、店内の隅に置かれた丸椅子に腰を下ろす。

 おにぎりは、注文を受けてから握ることにしているので、何もすることがなかった。次に店のドアを開けるのが己の天敵ではないことを祈りながら、フンコロガシは身じろぎ一つせずに丸椅子に座り続けた。

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