曇り

 私が中学生の時の修学旅行先はQ州で、その二日目にN県を訪れた。

 正午を回り、私たちの班は中華料理店で昼食をとっていた。私はテーブルの隅でちゃんぽんを食べていたのだが、丼から立ち上る湯気のせいで眼鏡が曇っていた。それに気がついたY岡が声をかけてきた。

「おい、眼鏡曇ってるぞ」

 私はリアクションに窮した。自明の事実を指摘されても、はいそうですか、としか言い様がないからだ。眼鏡が曇っているから拭いた方がいいぞ、と忠告したつもりなのかもしれないが、どうせすぐにまた曇るのだ。拭いても意味がない。

 私はY岡を無視して麺をすすった。するとY岡は、隣席のT橋の肩を叩き、私を指差し、嘲るように言った。

「おい、見ろよ。あいつ、眼鏡曇ったままちゃんぽん食ってるぞ。あれ、丼の中身、ちゃんと見えてんの? それとも、見えないのに食ってんの? どっちにしろ、バカみてぇだなぁ。ていうか、実際バカだろ、あいつ」

 T橋は同調するように短く笑った。他の班員も、少し遅れて笑い声をこぼした。

 私は黙ってちゃんぽんを食べ続けた。

 修学旅行の班を決めた当初、私は仲がいい者同士で班を組んでいた。だが人数の都合から、私たちの班から一人、Y岡の班に移動しなければならなくなった。Y岡の班は不良グループの集まりで、誰も加わりたがらなかった。そこで移動する者はジャンケンで決めることになった。そして私が負けた。

 当時のことは思い出すだけで気分が悪くなる。心底つまらない修学旅行だった。

 あれから十年の月日が流れた。

 風の噂では、Y岡は去年の春、車の運転中にハンドル操作を誤って下校中の小学生の列に突っ込むという事故を起こし、懲役刑を食らったらしい。

 Y岡は取り調べに対して、「フロントガラスが曇って前が見えなかった」と供述したとか。

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