名無しの竜と赤ん坊

綿貫むじな

おとぎ話のはじまり

 人里から大きく離れた奥山の更に奥。

 秘境と呼ばれる場所においても人は住んでいる。

 住めば都とうそぶく集落の人々は、こんな山奥になぜ先祖は住まいを構えたのかと時折冗談のように言うが、その理由はもう誰も覚えていない。

 

 集落に夜の帳が下りていく。

 夜になればもう人々の今日の生活は終わり。

 誰もが早々と夕食を済ませ、神への祈りを終えた後に床につく。

 集落にとある一つの家があった。

 父親はどうやら出稼ぎに行っているのか家におらず、今は母親と子供の二人で暮らしている。

 家の中はロウソクによる燭台のほのかな灯りのみであり、それ以外には宵闇に包まれている。

 母親と子供は今日も一緒にベッドで横になっているが、子供はまだ眠くはないようだ。

 子供が母親にせがんでいる。


「ねえ、お母さん。またあの話をして?」

「また? 話をしているうちに寝ちゃうじゃないの」

「今度は終わるまで起きてるから!」

「本当? それならお話ししてあげるね。でも長いからちゃんと聞くのよ」


 ――昔々、ある所に……。

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