第6話:霧の都の路地裏にて④


 ガキン!!

 

 何か、硬いもの同士がぶつかる音がした。いつまでたっても予想したような衝撃が来ないので、おそるおそる目を開けてみると、

 「――やはりお前だったか。赤帽子レッドキャップ

 いたって落ち着いた調子でつぶやいたのは、こちらもまた見知らぬ人物だった。いったいどうやって滑り込んだのか、こちらに背を向ける形で割って入ってオノの一撃を受け止めている。そのまま思いっきり押し返し、力負けした相手が吹っ飛んで転がるのを確認してから、こっちに振り返る。

 「さて、怪我はないかな? お嬢さん。間に合って良かった」

 穏やかに告げてきたのは、二十代の頭と思しき青年。しかも霧の中、ぼんやりした明かりでもはっきり分かるほどの男前だ。淡い色合いの髪と瞳、意志の強そうな凛々しい顔立ちで、ついでに背もかなり高い。へたり込んだ結菜に声をかけるためにわざわざ膝をついてくれる辺り、見た目がいいだけでなく中身も優しい人のようだ。例えがちょっとあれだが、地獄に仏ってこんな感じだろうか。

 無言でこくこくうなずきつつ、差し出された手に掴まって立ち上がる。ちょっと離れたところで、先ほど防がれた老人のようなものがどうにか身を起こしたのが見えた。悔しそうに歯ぎしりなんかしている辺り、大してダメージはくらっていないらしい。なんて元気なんだ、じーちゃん。

 今ももちろん怖いのだが、こんなときでも知らないモノへの好奇心は健在だった。すかさず背後にかばう態勢を取った青年の袖を、ちょいちょいと引いて訊いてみる。

 「……あの、あっちのおじいちゃんて何なんですか? 絶対人間じゃないのはわかるんだけど」

 「ああ、我々は赤帽子と呼んでいる。無差別に人間を襲っては、その血で自分の帽子を染め上げる邪霊の一種だ。

 本来なら、もっと北方に住んでいるはずなんだが……何かの拍子に人里まで来てしまったらしい」

 うげ、と息だけの悲鳴が漏れた。確かに邪霊と呼ぶにふさわしいステータスだ。

 「すまない、少しだけ待っていてもらえるか。顔を伏せて、耳も覆っているといい」

 相も変わらず丁寧に言い置いて、再びオノを拾い上げた赤帽子に向き直る。そこでようやく、先ほどの一撃を受け止めた得物が何だったのかに気付いた。

 どこから見ても外国籍の青年が片手に携えているのは、全長が一メートル弱で芸術的なカーブと刃紋を持つ、これまたどう考えても日本刀だ。それをわずかに腰を落とし、実に堂に入った仕草で構えて――


 ザシュッ!!


 《――――――ッ!!!》

 横殴りのオノを身を沈めてかわし、傍らをすり抜けながら放った斬撃が怪人を一刀両断した。

 恐ろしい断末魔を上げて、赤帽子が石畳に崩れ落ちる。血の代わりに、黒い霧のようなものを傷口から噴き出しながらもがく姿がすうっと薄れていく。程なくオノもろとも、完全に消滅してしまった。

 「……わあ」

 『……えっと、もうだいじょうぶ?』

 「うん、たぶん」

 手の中で固まっていた小鳥がもぞもぞと顔を出して、こっそりとそんなやり取りを交わす。そんな中、赤帽子が消えたところを念入りに観察していた青年が戻ってきた。軽く払うように刀を振るうと、瞬く間にそれが杖に変わる。えっと目を見張っていたところ、

 「さ、これを。私の外套で悪いが」

 「へ? あの、特に寒くないし平気で」

 「良いから着ておきなさい。霧がまとわりつくと身体を冷やす。……それに、いくら異邦人とはいえ、妙齢の女性がそんなに足を出すものではない」

 「あし……?」

 さっと足元まであるマントを着せ掛けられてしまって目を瞬かせる。特にスカート丈を詰めてはいないのだが、微妙に目線を逸らした相手が何やら困っているようなので、とりあえず言うことを聞いておく。ひとの厚意は素直に受け取った方がいいだろう。

 「――さて、名乗り遅れて申し訳ない。私はここ、王都ロンディアで探偵をしているクロード・アスターフォードという。

 恐ろしい目に遭ったばかりですまないが、二、三聞きたいことがある。同行してもらって構わないだろうか?」

 「え、ええと」

 突然の申し出にちょっと言葉に詰まる。

 ふつうだったら、見知らぬ男性からこんな提案をされてほいほい受けるのが危険なのは言うまでもないが、今はとにかく状況が特殊すぎだ。どこにいるのかもわからないし、言葉をしゃべる小鳥もいるし、人を襲う邪霊がうろついているし。

 それなら少なくとも、突然現れてモンスターを撃退して、ついでにマントを貸してくれたひとの方が、まだしも安心できると思う。

 「……じゃあ、お言葉に甘えて。結菜といいます」

 そんなことを考えつつ。結菜はよろしくお願いします、と、クロードと名乗った青年に利き手を預けたのである。


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