第一章:

第1話:三人でお茶を①



 「――で、先生の声も聞こえないほど爆睡してたんだって? 結菜ゆうな

 「う、うん」

 呆れ混じり、というか八割がた呆れている友人のことばに、向かいの席で尋問された方がうなだれた。まったくもー、と更なるお小言が頭上から降ってくる。

 「しかもよりによって数学の授業中に。あの先生は生徒指導もやってて、規則にうるさいの知ってるでしょうが。そりゃあ泣くほど怒られるって」

 「……そのとおりです、はい」

 だから泣きすぎで真っ赤になった目が元に戻るまで、家に帰る前にいつものカフェで時間をつぶしているわけなのだ。それにつきあってくれている彼女には本当に頭が下がる。だがしかし、一応弁解はしておきたい。

 「でもね晴香はるか、ゆうべは寝られなかったんだって! 二時過ぎまではどうしても!」

 「……今度は何やったのさ」

 「いきなり断定!?」

 「あんた日が暮れたら自動的に眠くなるタイプで、基本夜更かし出来ないじゃん。

 で?」

 「………………ひとりかくれんぼ」

 「アホ結菜ーッ!! 今すぐ塩まけ塩ーっっ」

 ものすごい勢いで青ざめつつ叫ぶ晴香。ごもっともすぎる反応に、吐かされてしまった結菜はカメみたいに首をすくめるしかない。と、

 「はい、お待たせいたしました。晴香ちゃんは今日も元気だねー」

 「もうっ、店長さんもなんか言ってやって! このド天然、あたしがいくら叱ったって聞きやしないんだから!!」

 「ううう、だからごめんってば~~~」

 「やかましい! なんか背後にいてるんじゃないでしょうね!?」

 「朝からずっと塩とか持ち歩いてるから大丈夫! ……たぶん」

 「力いっぱい言い切った後で付け加えるなあ!!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐお客に怒りもせず、『元気でいいなぁ』なんてにこにこしているご店主はすごいなぁ、とこっそり思う。ひとりでこのカフェを切り盛りしており、聞き上手で物腰の柔らかな好青年だ。結菜たちの高校では癒し系イケメン店長としてちょっと有名である。

 「ひとりかくれんぼっていうと、少し前にネットで流行ったあれ? いろいろ細工したぬいぐるみに霊を呼び込んで、夜中にかくれんぼの形式で心霊体験をするとか」

 「あっ、それです。店長さん物知りですね!」

 「いやぁ、たまたま知ってただけだよ。それで結菜ちゃん、ゆうべ試してみたんだ? ほんとに好奇心旺盛だなぁ」

 「その情熱をもっと実のあることに生かしてほしいです、マジで……」

 「ええー、実があったときもあるじゃん」

 あるときは図鑑に載っていた珍しい鳥を探して裏山を駆けずり回り、またあるときは幻といわれる魚を探して川を渡り歩き。その結果本当に発見してしまい、市の教育委員会から表彰状をもらったこともあったのだ。経過も含めて楽しい思い出の一つである。

 晴香の方はというと、小学校以来の付き合いになる結菜の好奇心は途切れたことはない、と断言できる。その行動力と、何度失敗してもめげない根性にはこっそり感心してもいる。言ったら調子に乗るから口には出さないけど。

 相手の内心は知らずにほおを膨らませる結菜をなだめつつ、ご店主が穏やかに口をはさんだ。

 「まあまあ。こうして元気に学校から帰ってるってことは、無事に済んだんだろう?」

 「無事っていうか……あの、笑いません?」

 「もちろん」

 「……あれ、ぬいぐるみの中身を全部取り替えるんですけど、綿を出すのがかわいそうになっちゃって」

 おそらく、そこがいちばん重要なルールだったのだ。が、生け贄として用意したはずのクマさんに情がうつった結菜はまるっとスルーしてしまった。結局心霊現象っぽいことは何も起こらず、単にモフモフの可愛いぬいぐるみと夜更かししただけという結果に終わったのである。

 「……結菜。あんた竜頭蛇尾って知ってる?」

 「うわあああん知ってるー! こないだのテストで出たもん、初めだけ景気よくて最後がショボいってことでしょー!?」

 「ハイ正解。じゃあ今度の週末にでもクマさんに会いに行くわ、どーせ大事に取ってあるんでしょ」

 「ちゃんときれいにして部屋に飾ってある~~~」

 「こうなったら末永く大事にしなきゃね~。あたしが名前でも付けてあげよう、喜びたまえふはははは」

 「あはは、楽しみだね。それじゃあ仲直りのお祝いに、うち特製のアフタヌーンティーセットをどうぞ」

 「「いただきまーす」」

 マヌケな結末で晴香の怒気が抜け、じゃれあいだした女の子二人にちょうどいいタイミングでお茶が差し出される。三段になったトレイには、食べやすい大きさのお菓子がきれいに並んでいた。

 いろいろあっておなかが空いているので、結菜はまずいちばん下にあったサンドイッチを手に取った。このセットには何故か必ず入っていて、はさんであるのはバターとキュウリだけなのに不思議とおいしい。たぶん、ご店主がやっている自家菜園の採れたてを使っているからだろう。

 「このキュウリおいしい! やっぱりいつもの畑のですか?」

 「うん、今朝採れたんだよ。――そういえばね、昔のイギリスではキュウリって高級食材で、貴族しか食べられなかったんだって。どうしてだかわかる?」

 「え? うーん……知らないかも」

 「じゃあ、今度来るときまでに調べてみてごらん。正解したらサービスしてあげる」

 「はーい!」

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