10.聖夜の対決
二人が玄関から出ると、数条のサーチライトが集中した。
西の空から、バラバラという音が近づいてくる。
その正体がヘリだ、と気づいた時、二人を照らす光線が増えた。
「……眩しい」
『首一つに厳重なことだ』
サタンクロスは皮肉げに笑う。
『恐れるな。そのまま、真っ直ぐ五歩だ。足下に気をつけろよ?』
美咲は指示通り、ゆっくりと前へ。
その場にいる人間のほぼ全てが、二人を警戒しつつ、光源より後ろに立っている。 しかし、サタンクロスのカメラは、光源の前に唯一人、仁王立ちする存在を捉えていた。
『やぁ! しばらくだな、オメガマン! 会いたかったぞ!』
「……サタンクロス! やはり生きていたのか」
『お互いにな。基地ごと吹っ飛ばしてやったはずだが、しぶとくて何よりだ』
サタンクロスと言葉を交わす存在は、美咲には逆光で影にしか見えない。
「一体、どれだけの人間を傷つければ気が済む!?」
『安心しろ。もう俺の気は済んだ。この少女にこんこんと説教されてね。どれだけ我々が愚かだったのか、身につまされたよ。だからこそ負けたのだろうな……』
サタンクロスの口元が、自嘲気味に歪む。
「……今度は何を企んでいる?」
『心外だな! 俺は心底悔いているのだ。そもそも、俺に自身で悪を成そうという意思はなかった。他の機械人形と同様、あくまで総統の指示に従ってきたに過ぎない。……言われたよ。俺にとって、命令であれば、人を殺すことも、花を植えることも違いはなかっただろうと。そして、それは真の悪党ではないとも』
「貴様の自分語りに付き合うつもりはない! 少女を離せ!」
『そんな寂しいことを言わないでくれ。さっきも言ったが、俺を説得したのはこの子なんだ。悪などくだらないとな。どんなに悪が蔓延ろうと、最後に勝つのは愛と正義だそうだ。胸が熱くなるだろう? まぁ、俺にはもう胸はないが』
オメガマンは、サタンクロスの真意を測りかねているようだった。
だからこそ、さらに揺さぶりをかけていく。
『……なぁ、オメガマン。俺を信用できないのは当然だ。望むのなら、遠慮なく破壊すればいいだろう。だが、一つ忠告するなら、この場では避けた方がいい。俺の頭の中には、まだ爆弾が一つ残っている。下手に攻撃すれば、辺りを巻き込んでドカンだ』
「貴様……! やはり!」
「サー君!?」
爆弾の存在を隠し、油断させるはずだった。
段取りと違うことに、思わず驚きの声を上げる美咲。
サタンクロスは気にせず続ける。
『誤解するな。そうなってしまったら困るだろうと言ってるんだ。何しろ、見ての通り、俺は一人では動けなくてね。美少女の腕の中というのは、これはこれで具合がいいんだが、お前の宿命のライバルとしては、いささか情けない姿だろう? ということで、取引……というよりお願いかな。この子の父親を連れてきてくれないか?』
一瞬、美咲の手が強ばる。
「父親、だと?」
『ああ。聞いた話だと、この子は幼い頃に父親と死別、母親も再婚後に亡くなってからは、その再婚相手と義父一人子一人で生きてきたそうだ。血の繋がりもないというのに。泣ける話だろう?』
「それがどうした!」
『……だから、彼女の父親に俺を受け取りに来させろと言っている。そうして、悪魔をいたいけな少女から引き離してやるがいい。後は捕まえるなり、破壊するなり好きにしろ』
普通に考えれば、不可解な要求である。
爆弾を持っていることを明かし、人質の少女の父親を要求しているのだ。
オメガマンは無言でサタンクロスを睨み付ける。
(もう一押しだな)
『おいおい、考えてもみろ! もし俺が何か悪巧みをしているのなら、ご丁寧に爆弾の存在を教えてやるのは逆効果だろう?』
宿敵は歯噛みしながら、一旦光源の後ろへと下がっていく。
そうして、しばらくぼそぼそと何やら打ち合わせをしていたが、やがて元の位置へと戻ってくる。
『話はついたか?』
「……おい!」
オメガマンに促され、新たに影が一つ前へと進み出た。
制服に身を包み、背を丸め、怯えるように正義の味方の後ろへと隠れながら。
『顔を見るのは初めてだな! お前が美咲の父親か!?』
「……そ、そうだ。娘を帰してくれ!」
サタンクロスを抱く腕が小刻みに揺れる。 彼は少女の恐怖をぬぐい去るように、さらに声を張り上げる。
『言われなくても返してやる! さっさと俺を受け取りに来い! そうすればそら、お前の前にいる正義の味方が、愛娘を助けてくれるだろうさ!』
男は、サタンクロスとオメガマンを交互に見つめ、躊躇する。
『どうした! 娘が大事なんだろう! ほら、ここだ。ここにいるんだぞ?』
「わ、私は……一般人だぞ! そんな恐ろしいことが出来るか!」
『はぁ? ちょっと待ってくれ。拍子抜けするようなことを言わないでくれよ。ご立派な制服は飾りか? 美咲の話では警察官という話だったが、いい歳をして、コスプレが趣味なのか? 上野基地に殴り込んできた奴らを見た時は、勇敢な戦士達だと思ったんだがなァ』
わざとらしく、嘲るように煽る
宿敵の言葉に、オメガマンは怒りを露わにする。
「いい加減にしろ、サタンクロス! これ以上、罪もない人間を巻き込むな」
『おいおいおいおい、そんなに悲しいことを言わないでくれ。俺はただ知りたいだけだ。彼女の言う、愛と正義の素晴らしさを。それが分かるからこそ、お前も正義の味方なんてものをやっているんだろう!』
首だけとなっても不敵に笑うサタンクロスに、オメガマンは苛立ちを隠せずにいる。
『なぁ。この美しい少女に……正義と愛を信じるこの子に、父親が差し伸べる助けの手を見たいのだよ』
オメガマンは、一縷の望みを掛けて、背後の父親を見やる。
「……必ず、守ります」
しかし、やはりと言うべきか、彼は冗談じゃないと首を横に振った。
仕方のないこととはいえ、オメガマンの奥歯が軋む。
『なんだなんだ。困ったなぁ。が、まぁ当然か……。どんなに娘が大事でも、恐怖というものは簡単に乗り越えられるものじゃない。よし! いいだろう! ここは一つ、俺が勇気が出るよう、手助けをしてやろう!』
「……何をするつもりだ?」
『なぁに。娘との思い出を掘り返してやるだけだ。ここに来ざるを得なくなるように』
「……?」
オメガマンが訝しげに眉根を寄せる。
次の瞬間、サタンクロスの両目から光線が伸びると、焦点を結んだ場所に立体映像が再生される。
――貴様等のような悪党を倒し、正義をなすためだ!
「……!?」
『どうだ? 良く撮れているだろう? 正義の味方が宿敵を倒し、悪の秘密結社を壊滅させる瞬間の映像だ』
「……これがどうした!」
『証明だよ。俺にはカメラに映った物を映像として保存し、再生する能力があるという証明さ。こんな小さな頭でも、俺が生まれてから見てきたことが全て詰まっている』
サタンクロスは映像を止める。
そして、美咲を苦しめる男へと、凄惨に笑いかける。
『ちなみに……俺はここ数日、ずっと美咲の部屋にいた。ずうっとな。お前は気づかなかったかもしれないが、俺は全てを見ていた』
発言の意味を察し、男の顔が真っ青に変わる。
『どういう意味か分かるよな? まぁ、流石の俺も、父親と娘の仲睦まじい様子を収めたホームビデオなんて物を、頭の中に残しておくことは出来なくてねぇ。かといって、二人の記念になる映像を消してしまうのも忍びない。……だから、USBメモリに保存して持っている』
「……な、な」
サタンクロスは表情を消すと、温度のない瞳で刺すような視線を送る。
『なぁ……。どこにあるか気にならないか? 何しろ、大切な娘との一時を映した動画だ。気になってしょうがないんじゃないか?』
勿論、そんな物はない。あの夜、サタンクロスのカメラは、電力が足りず、暗視機能が使えなかったのだから。
とはいえ、当然そんなことが分かるはずもない。
『教えてやろう。俺の後頭部にUSBの差し込み口がある。ほら、こいつだ』
彼の言葉に合わせ、美咲がサタンクロスの向きを変える。
後頭部から伸びたコードの先に、骨付肉がぶら下がっている。
『おい、オメガマン!』
突然呼びかけられ、はっとするオメガマン。
『どうやら、父君は受け取りに来たくないようだ。代わりにお前が受け取りに来い。ついでに、この“ホームビデオ”も証拠品として提供しよう』
「この……! 言われなくても!」
「ま、まま待ってください! 私が行きます! 行かせてください!」
「……えっ?」
恐怖で動けなかったはずの男の、突然の豹変に戸惑うオメガマン。
予想通りの態度に、サタンクロスは哄笑する。
『ハッハッハ! そうこなくてはな。ほら、ここだ。お前の娘も、USBメモリも、ここにあるぞ』
呆気に取られるオメガマン。
それを尻目に、美咲の父親は大きく唾を飲み込むと、おっかなびっくり歩を進める。
一歩ずつサタンクロスの方へ。
彼が前に進むたび、美咲の手の震えは大きくなっていく。
『……心配ない』
彼女にだけ聞こえるように、守るように機械仕掛けの首は呟く。
男はたっぷりと五分ほどを掛けて、二人の前に立った。
おずおずと、サタンクロスへと手を伸ばし……
「やっぱりダメ!」
美咲は離さなかった。
『……美咲!?』
「ダメ! 離したらサー君とお別れになっちゃう! そんなのいや!」
『離せ! 協力すると言ったろう!』
「私も悪党よ! サー君と一緒に悪党になる! だから、約束なんて破ってやる!」
娘の思わぬ抵抗に、父親は焦りを見せる。
「美咲! 離しなさい! パパに渡すんだ!」
「いや! あんたなんかパパじゃない! 絶対にやだ!」
「離すんだ、美咲! このっ! 離せっ!」
「あうっ……!」
男は美咲の細い腕から、サタンクロスを力任せに引きはがす。衝撃で、美咲はアスファルトを滑り、ポーチに激突する。
肺から空気の漏れる、かはっという音がした。
「メモリーっ! メモリーはどこだ!」
男は、最早娘には目もくれず、サタンクロスの後頭部をまさぐる。
「……! ……な、無い!? どういうことだ!?」
『こういうことだよ』
ブンッ、という電子音。
サタンクロスの声に応じるかのように、男を青白い光が包み込む。
瞬間、飛び出したのはオメガマンだった。
右腕を軽く振ると、一直線に伸びる光の棒……サタンクロスの装甲を切り裂いた、くだんの剣が現れる。
「……食らえっ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされる必殺武器。
――カチィ……ン
耳障りな甲高い音がこだまする。
「な……に……?」
一度は宿敵を屠ったはずの光の剣は、青白い光に弾かれ、霧散。
手首に残った鈍い衝撃に、指先が痙攣する。
何が起きたのか分からず、呆然とするオメガマン。
『ハハハハハハ! その顔だ! 俺は貴様らのその顔が見たかったのだ!』
サタンクロスを中心に、ちょうど大人一人が入れるか入れないかという程度の青白い空間が発生している。
美咲の父親は光の中心で恐怖に震えている。
「ひいいいっ! だ、誰か! 誰か助けて!」
必死に抜けだそうとするが、青白い壁が行く手を阻む。
男の情けない悲鳴に、オメガマンは正気を取り戻す。
「……ちぃっ! こうなったら、発砲の許可を……!」
『おやぁ、オメガマン。お前はこの男を犠牲にするのかな? まぁ、お前の剣を弾くバリアだ。実弾程度を何発受けようが、物の数ではないがね』
「……ぐっ! まだそんな物を隠していたのか!」
『隠していた、というと語弊があるな。使えなかった、が正しい。何しろ、守れるスペースは一人分。一旦発動すれば、一定時間は解除出来ず、バリアの内側から外へも攻撃出来ない。ついでに燃費も悪いとくれば、使う気も起きないだろう?』
「ならば、何故今になって使う!? 自爆するつもりなら、爆発がバリアの内側に閉じ込められてしまうはず……」
『分かってるじゃないか。まぁ、元々家一軒を吹き飛ばすのがせいぜいの、玩具に毛が生えた程度の代物だからな。普通に使っても、お前を殺すことは出来ないだろう』
「では、何故……!」
『簡単だ。お前……この男を救えないだろう?』
「……!」
『ハハハハハッ! 正義の味方が守ると約束をした。その相手が、目の前にいるのに手も出せずにくたばるんだ! これ以上の屈辱はあるまい?』
「き、貴様ァ!」
怒りに震える宿敵の姿に満足すると、サタンクロスは自分を救った少女へと目を向ける。
「サー……君」
『と、いうわけだ。中々良い筋書だろう?』
美咲は必死に身体を起こすと、サタンクロスへと手を伸ばす。
「いや……やだ……やだよ」
『君はもう自由だ。なんて、ちと気障が過ぎるかナ?』
バリアを使ったことで、残存エネルギー量が急速に減っている。
音声が再び片言に、くぐもったものへと変わっていく。
「いや……お願い……行かないで」
『そレは無理というもノだ。まぁ、まとめて木ッ端微塵、と派手に行きたかったがナ。しょうがあるマイ』
身体を引きずり、サタンクロスへと近づこうとする美咲。
オメガマンは、彼女の身体を抱き留める。
「いやっ! 離して! サー君の所に行かせて!」
「ダメだ! あのバリアで爆発の影響が防げるという保証はないんだ。君だけでも安全なところへ……お父さんもそう望んでいるはず!」
「……サー君! 一緒だって……! 連れていってくれるって約束したじゃない!」
『……おイおい、忘れタカ? 美咲』
サタンクロスは、泣き叫ぶ少女へ、会心の笑みを向ける。
『俺は悪党なンダ。約束なんテ守ると思うカ?』
次第に、サタンクロスの放つ光が、青から赤へと変わっていく。
オメガマンは美咲を抱えると、宿敵を一瞥した。
「……何を満足そうに笑っていやがる」
悔しそうに零し、その場を離れる。
激しい発光は、数秒後、轟音を残し闇に消えた。
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