3.12月22日

「起きた?」


 少女の声に反応し、サタンクロスは目を開ける。


『……うむ。どうやら、充電が完了したようだな』

「みたいだね。ピーピーものすごい音してたから」


 声がクリアに響いているのも、エネルギーが十分に足りている証だった。

 彼はまず、周囲の状況を確認した。


 飾り気のない六畳ほどの部屋だ。夕日の差し込む窓際に、ベッドが置かれている。

 向かい合うように置かれた本棚には、英米文学が五十音順に並べられている。


 机の上に本が積まれ、彼はそこに立てかけられていた。後頭部のUSB差し込み口から充電コードが伸びている。


 視界に入った時計の短針は四を、長針は一二を指している。

 シャットダウンしていたのは、およそ一八時間といったところだろう。


 サタンクロスは改めて目の前の少女へと目を向ける。


『……驚いたな』

「何が?」

『昨晩は気づかなかったが、君は存外美しかったのだな』

「そうかな?」


 上下共にグレーのスウェットというラフな服装だが、胸も尻も幾分窮屈そうに張っている。少し垂れ気味の目は長い睫に縁取られており、年頃には分不相応な色気を放っている。


 化粧がなくとも、肌は透き通るように白く、唇は紅を引いたわけでもないのに、赤く瑞々しい輝きを放っている。


『こうなると、身体が無いのが惜しまれる。助けてもらった礼に、この世のものとは思えぬ快楽を味合わせてやったものを……』

「あはは、残念だなぁ」


 さらりと流して、美咲は伸びをする。


『ところで、ここは君の家か?』

「ん? うーん、まぁそんなとこ」

『含みのある言い方だな』

「残念だけど、そんなに深い意味はないよ」

『ふむ、まぁいい。昨晩も言ったが、電話を貸して欲しい。連絡をしなければならないところがある』

「今は無理。下の居間にしかないから」

『……む。携帯は?』

「私は持ってないんだ」

『珍しいな。親が持たせてくれないのか?』

「秘密」


 美咲は椅子に腰掛けると机に頬杖をつき、サタンクロスと目線を合わせてくる。


「……あと、電話を貸す前に、この後どうするつもりなのか教えてもらわなきゃ」

『話すと言った覚えはない』

「ならいいよ。貸さないだけ。ついでに、外にも出さない」

『……ふむ、卑怯者め』


 サタンクロスの顔が自然と綻ぶ。


「悪者が言うことかな?」

『確かにそうだ。一本とられた」


 目を閉じ、しばしの沈黙。

 覚悟を決め、男は口を開く。


『……悪党になりたい』

「……へ?」

『聞こえなかったか? 俺は悪党になりたいのだ』

「……えっと。ちょっと待って。貴方って悪の組織の大幹部だったんだよね?」

『そうだ。戦闘員を統括し、組織の活動を指揮していた』


 美咲の顔に戸惑いの表情が浮かぶ。


「悪いこといっぱいしたよね?」

『だろうな』

「なのに、悪党になりたい? 本気?」


 美咲は困ったように額に拳を当てて唸る。


『おかしいか?』

「……うーん。次は正義の味方になりたい、とかなら分かるけど」

『笑える冗談だ。今更、正義の味方を気取ろうが、正義は俺の味方をしてはくれんだろう』 

「確かに」

『一つ聞こう。美咲にとって、悪党とはどんな者だと思う?』

「悪党?」

『そうだ。悪人、悪漢。言い方は何でもいい。つまり、悪とは何だと思う? 美咲、君にとって悪とはどういう行いだ?』


 美咲は目をつむり少し考える。

 そして、静かに答えた。


「自分以外のことを全く気にかけないこと、かなぁ。例えば平気な顔で嘘をついて騙したり、奪ったり、傷つけたり」

『いいぞ。俺は自らの意思を持って、そういった悪を成したいのだ』

「……悪いことしたい! ってこと?」

『いかにも』

「ふーん。首だけで、例えば何をするの? 夜道で人を脅かす?」

『……!! その発想は無かった。美咲には悪党の才能があるようだ』

「そうかなぁ」


 少女は苦笑しながらサタンクロスの髪を手で梳く。


『理解したようだな。それで? 電話はいつ使うことが出来る?』

「貸すのはいいけど、私からも条件があるんだ」

『……ほう? このサタンクロスに取引とは、中々いい度胸をしている』

「だめ?」

『一応、聞くだけは聞いてやる』

「ありがと。えっとね、クリスマスまで私と一緒にいて欲しいんだ」


サタンクロスは訝しむように眉根を寄せる。


『一緒にいる?』

「うん。今日が二十二日だから……あと四日。何があっても私の傍にいて欲しい」

『つまり、それまでは悪さをするな、ということか?』

「別にしても良いよ。その時は私も一緒だけど」

『……今度は俺が尋ねよう。本気か?』

「もちろん」


 答える美咲に表情は無い。


『……何故だ?』

「だって、私がいないと動けないでしょ?」

『その通り。だからこそ、敢えて頼む必要もあるまい。例えば俺を箱に詰め、デコレーションでもすれば、プレゼントされる先が刑務所だろうとスクラップ工場だろうと、受け入れるしかないだろう』

「私は悪党じゃないもの。自分の意思で傍にいてくれないのは寝覚め悪いじゃない?」

『……ふむ』


 サタンクロスは美咲を値踏みするように観察した。

 身じろぎ一つせず、静かに見つめてくる少女。


『……いいだろう』

「えっ?」

『二十五日。クリスマスまでだ。何があっても君と一緒にいよう。約束だ』

「電話の内容、教えてはくれないんだ?」

『……悪巧みだからな』


 悪戯っぽい笑みを浮かべるサタンクロス。

 美咲は少しぽかんとした後、つられて微笑む。


「悪巧みならしょうがないね」

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