【第25話:かばでぃとアニパー】

 テストが明けた最初の週末の日曜日。

 美優ちゃんを除く僕たち五人は、学校近くの駅前で待ち合わせをし、はしゃぐさやかちゃんに振り回されながらも、特に問題なく予定通りの時間に遊園地に到着していた。


 ちなみに美優ちゃんは、午前中どうしてもはずせない家の用事があるらしく、遅れて合流することになっている。


 そして、今日僕たちがやってきたのは、この街唯一の遊園地で『アニ楽パーク』という少し寂れた遊園地だ。


 でも、この『アニ楽パーク』、通称『アニパー』は、かなり地元民に人気だ。


 その理由は二つ。


 一つは、このアニパー、敷地内にかなりちゃんとした動物園があるからだ。

 それは動物コーナーみたいな小動物中心の小さなものではなく、ちゃんと象やキリン、ライオンなどまでいる本格的なものだ。

 そのため、週末ともなると結構な数の子供連れの家族が訪れるのだ。


 そして二つ目の理由、それは遊園地側の施設に、最近VRコーナーなどの最新鋭のアトラクションが取り入れられたからだ。

 そのため、今日もここに来るまでの間にも、僕たちのような高校生ぐらいのグループをたくさん見かけていた。


 ただ、同年代の来園者が多いせいもあるのか、僕たちはかなりの注目を浴びてしまっていた。


 今日の貴宝院さんは、いつもの制服姿と違い、ジーンズに白いシャツというシンプルな出で立ちだった。

 にもかかわらず、動きやすいようにと後ろで止められた黒髪が、いつもとはまたまったく違った活動的な魅力を引き出しており、それが周りにも伝わるのか、男女問わず、注目の的となっていた。


 さらに、小岩井もこの日はパンツスタイルだったのだが、元々の少しボーイッシュな魅力がさらに引き出され、こちらもいつも以上に周りの目をひいてしまっていた。


 ただ、一番目立っているのは……さやかちゃんを肩車した正だ。


 どこからどう見ても、ちょっと目を合わすだけで殴りかかってきそうな、そんな危険な香りをまき散らしている男が、まるでお人形さんのように可愛いさやかちゃんを肩車しているのだ。


 いろんな意味で凄く目立っていた。


 ただ、最初に僕がせがまれて肩車したのに、五分と持たずに体力がつきてしまい、僕の方から正に頼んで交代してもらった手前、僕に何かを言う資格はない……。


 ちなみに僕は、春物のパーカーにチノパンという、どこにでもいそうで、でもあまり見かけないといった感じの、目立たない男の子ルックだ。自分で言ってて悲しいけど……。


「まさか、葵那以上に視線を独り占めする強者が現れるとは思わなかったわ」


「ふふふ……さやかもその原因の一つになってるから、本郷くんは責めないであげて」


 などと、話す程度にはダントツで正が目立っていた。


「ところでさやかちゃん、乗り物に乗るのと、動物を見に行くのとどっちが良い?」


 正に肩車され、僕よりずっと高い位置にいるさやかちゃんを見上げ、そう尋ねてみた。


「ん~っとね! さやか象さんが好きぃ! でも、キリンさんも好きぃ!」


 何かどこかで聞いた気がするフレーズだけど、動物が見たいなら、まずは動物園エリアの方だね。


「じゃぁ、とりあえず動物園エリアの方かな? みんなもそれで良い?」


「おう! 象とか見るのも随分久しぶりだな~」


「みんな、さやかに合わせて貰ってごめんね」


「い、良いわよ! そんなの当然なんだし、葵那も気を使わないで!」


 ん? なんか小岩井のテンションがやけに高い気がするな……。


「なにか小岩井から、動物ものすごく見に行きたいオーラを感じるんだけど?」


 別にそれが悪いわけではないけど、あきらかに早く動物園に行きたくて仕方ないオーラを感じたので聞いてみた。


「うっ……兎丸のくせに鋭いわね……。わ、私、動物が大好きなのよ。か、からかったりしたら怒るからね!」


 小岩井とは中学から結構長く一緒にいるけど、動物大好きとか初耳だった。

 それに、いつものさばさばした感じとは違って、恥ずかしそうに少し頬を朱に染めるその姿は、マニア・・・にはたまらないだろう。


「あんた、今、何か失礼なこと考えてない……?」


 そして勘も鋭いようで、そう言って僕を睨みながら小突いてきた。

 うん。僕は怖いので遠慮しておきます。


「シツレイナコトナンテ、ナニモ」


「くっ……まぁいいわ。じゃぁ、決まったのなら早く行きましょ!」


 そして、結局僕を追求するより、動物園に向かうことを優先したようだ。


「やった~! 象さ~ん!」


「うっし! じゃぁ、飛ばすぞ~!」


 そして僕たちは、正の肩の上で「きゃっきゃ」とはしゃぐさやかちゃんを追って、動物園へと続く道を歩き出したのだった。


 ……前言撤回……歩いては追いつけそうになかった。


「た、正!? 速すぎるから!? ちょ、ちょっと待ってって!」


 さやかちゃんを肩車して爆走する正を追いかけ、僕たちは走り出したのだった……。


 ~


「ほ、本郷……この体力馬鹿……あんた、いい加減にしなさいよね……」


「ははは……本郷くんって、本当に体力凄いよね」


 もちろん全力では無かったが、それでも正を追いかけるのに結構なペースで走り続けることになったので、皆、息を乱してしまい、正に向かって苦言を呈していた。


「ちょっと兎丸? なんで酸素ボンベ吸ってるのよ……」


 そして体力のない僕は、貴宝院さんが苦笑いを浮かべながら差し出してきた酸素ボンベを、ありがたく吸わせて貰っていた。


 はぁはぁはぁ……、まさか僕が酸素ボンベを吸う日が来るなんて……不覚だ。


「象さ~ん!」


 まぁでも、さやかちゃんは象を見て大喜びだし、走った甲斐はあるとしよう。

 興奮して正の頭をぺちぺちと叩いて喜んでいる。


 さやかちゃん、もっと叩くんだ……。


「うわぁ♪ 象さんおっきいねぇ~!」


 そして、その喜んでいるさやかちゃんに、満面の笑みで同意を求める小岩井……。


 さやかちゃんと同じぐらい目をキラキラと輝かせている小岩井が、なんだか可愛らしい。

 普段の僕に対する態度とは大違いだ。断固抗議したい。


「さやか、良かったね。ちゃんと、みんなに感謝するんだよ?」


「うん! 怖いお兄ちゃん! こひわいお姉ちゃん! しんじょう! ありがと~!」


 僕だけ呼び捨てなんだね……でも、小岩井がなんだかいけないお姉ちゃんになってることの方に同情しておこう。


「う……さやかちゃん、こひわいじゃなくて、こ・い・わ・い、お姉ちゃんだからね?」


「こ・ひ・わ・い~?」


「心愛、ご、ごめんね?」


「あ、謝らないで……よけいに恥ずかしくなるから」


 とりあえず、さやかちゃんの小岩井の呼び方は置いておくとして、その後も午前中は、動物園エリアを皆で見て回った。


 象、キリン、チンパンジー、ライオン、象、ラマ、狐、狸、キリン、カピバラ、ピューマ、象、キリン、猿、象、キリンなどなど……。


 かなり歩いたので少し疲れたけど、僕も久しぶりの動物園を、いつの間にか結構楽しんでいた。

 いや、皆で見ているからこそ、こんな風に楽しかったのかもしれないな。

 今までも正や小岩井とは仲は良かったが、休みの日に約束してどこかに出かけるというのは、あまりしたことは無かった。


 そう思うと、貴宝院さんに感謝しないといけないかもしれない。

 たぶん、貴宝院さんとこういう関係になっていなかったら、ここに皆で来ることもなかっただろうしね。


「……カバディカバディカバディ……」


「……みーんみーんみーん……」」


 ちなみに、今、貴宝院姉妹に異能の力を使って貰っているのは、どうも貴宝院さんが、今日、このアニパーに来ているという情報が、どうもネットに流されてしまったようなのだ。


 実際にネットを調べたら拡散されてしまっていたし、それに、明らかに動物ではなく、カメラを構えて人を捜しているような人たちも一組見かけたので、間違いないだろう。


「まぁ動物園エリアは十分楽しんだし、乗り物エリアに行けばいいさ!」


 幸いこのアニパーは、動物園エリアも含むと、かなり大きな遊園地なので、乗り物エリアに行けば、そうそう合うこともないだろう。


 小岩井が機転を利かせ、動物園エリアで見かけたって偽の情報も流したしね。


「葵那とさやかちゃんのW異能もあるしね~♪ 問題ない問題ない」


 たぶん貴宝院さんが気を使うと思ったからだろう。

 小岩井は、わざとそんなことを繰り返し言っていた。


 そのやさしさを僕にも少しはわけて欲しいところだけど、今は言わないでおこう。


 そして、遊園地エリアに移動した僕たちは、少し広めの芝生を見つけると、そこでお昼をとることにしたのだった。

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