【第17話:かばでぃと香り華やぐ】
放心する二人をよそに、僕と貴宝院さんはコーヒーを手に取り一息つく。
コーヒーのほろ苦い香りが漂い、僕の気持ちを落ち着けてくれるようだ。
「ブラックの苦みが美味しいな」
「あれ? 神成くんってブラックが好きなの?」
「普段は砂糖もミルクも入れるよ。でも、そろそろツッコミ入りそうかと思うから、後で入れようかと思って」
「あぁ、なるほどね~」
そして、それぞれ僕たちの隣で固まっている正と小岩井に目を向けると、それをきっかけに我に返って問い詰めてきた。
それはもう身を乗り出す感じで……
「とまっちゃん!? なんで貴宝院がここにいんだよ!?」
「兎丸!? いったいどういうこと!? 貴宝院さんもどうして!?」
やはり相当驚いたようだ。
徐々に貴宝院さんの事を認識するといっても、それが隣に座っていれば、驚くのも当然だ。
僕はその声を聞き流し、もう一口コーヒーを口に含む。
うん。ファストフード店のコーヒーにしてはかなり美味しい部類に入るのではな……。
「ふげっ!? く、苦しい! く、首締まってるから!?」
せっかくコーヒーの香りを楽しんでいたのに、無粋にも正が胸ぐら……と言うか、襟辺りを掴んで問いただしてきた。
「なに、らしくもなく、コーヒーの香りを楽しんでんだよ!」
「お、落ちつけ! ふ、ふたが取れた!? こ、コーヒーが零れるって!?」
まぁわざと揶揄うようなことをしたのは悪いと思うが、熱々のコーヒーを零して火傷するのはごめんだ。
「もう! こんな時にふざけないでよ! それでいったいどういう事なのか説明して!」
小岩井も状況説明を求めて、今にも実力行使に出てきそうだし、これはふざけていないでちゃんと説明した方が良さそうだ。
しかし、いきなり現れたのは貴宝院さんなんだし、僕ばかりが責められるのはどうなんだろうか……。
僕は内心、少し憤るものを感じながらも単刀直入に説明する事にした。
「実は貴宝院さんは異能を持ってるんだ」
「「・・・・・・」」
あれ? 聞こえなかったかな?
テイク2いってみる。
「実は貴宝院さんは異能を持ってるんだ」
そして、今度は動き出した。
「いや、聞こえなかったわけじゃねーよ!? おまえバカか!?」
「なに? イノウって異能よね? あんたラノベ読み過ぎて、とうとう頭がおかしくなったの?」
ひ、ひどい言われようだ……。
面倒だからとドストレートで教えただけなのに、予想以上の辛辣な言葉が返ってきた。
「もう兎丸は黙ってて! 貴宝院さん、いったいどうしたの? こいつに何かされた?」
そしてもっと辛辣な言葉が追加された……。
と言うか、僕に聞いてきたのは誰ですか。
「あははは……えっと、神成くんの言ってることなんだけど……本当なんだ。でも、いきなり言っちゃう?」
一応、僕の発言を肯定してくれたようだが、ちょっと睨まれた。
美人が睨むと思った以上に怖いということを学習しました。
「え? 貴宝院さん? どうしちゃったの? え? え? 本気で言ってるの?」
ただ、さすがの信頼度マックスの貴宝院さんをもってしても、いきなり異能という非常識な話を信用してもらうのは難しいようだ。
「なんだ? とまっちゃんにそう言えとか強制されてんのか?」
ブルータスおまえおもか……。
もう僕の心をこれ以上抉らないでくれ……。
君たちだけは友達だと思っていたのに、扱いが酷くないか?
僕が一人心の中で泣いていると、貴宝院さんが、
「ど、どうしたらいいかな?」
と言って、助けを求めてきた。
内心、助けて欲しいのは僕の方だと泣きながらも、仕方ないので一緒に考える。
と言うか、もうこれしかないでしょ?
「えっと、やって見せてあげれば一発で信じてくれるんじゃないかな?」
「あっ、そうだよね」
僕と貴宝院さんのやりとりを見ていた小岩井が、僕に疑いの目を向けつつも、もしかして本当なのかと貴宝院さんに話しかけた。
「ちょ、ちょっと待って。ほ、本当に何か異能が使えるの?」
「はい。その……大した能力ではないのですが、認識を阻害すると言うか、自分の存在感を無にするような事ができるんです」
その質問を肯定されるとは思わなかったのだろう。
小岩井は唖然とした表情を浮かべて固まっていた。
「小岩井。さっきさぁ、貴宝院さんが突然横に現れたように感じなかった?」
そして、僕のその質問にハっとする。
「そ、そうだ。今さっき、気づいたら隣に貴宝院さんがいた感じだったわ……」
「言われてみればそうだな。さっきとまっちゃんがコーヒー渡した時には気付かず、暫くたってから初めて気づいた気がするぜ……」
どうも実演して見せる前に、だいぶん信じてもらえたようだ。
あと一押しだろうか?
まぁでも、どうせだから実際に体験してもらって、ついでにどんな風に感じたのか教えてもらおう。
そうすれば、能力がどういった風に感じられているのかも聞くことが出来て、一石二鳥だからね。
「じゃぁ、貴宝院さん。実際に使ってみてもらえないかな?」
僕がそう言うと、一瞬、貴宝院さんが息をのんだのがわかった。
やはり人前で能力を使うのは緊張するのだろう。
ずっと隠していた秘密を誰かに打ち明けると言うのは、それだけで勇気も必要だ。
「や、やっぱり実演して見せないとダメだよね……恥ずかしいな」
そっちかい!
と、内心盛大に突っ込みつつも、その気持ちも分からなくもないので、そっとしておいてあげるかばでぃ。
「そうだね。能力の効く人が、実際にどういった風に感じているのか。それを知る良い機会でもあるし、やってもらえないかな?」
僕がそう言うと、貴宝院さんもそのことに気づいたようで、覚悟を決めたようだ。
まぁ覚悟と言っても、恥ずかしいのを我慢する覚悟なんだろうけど……。
「わ、わかったわ。えっと、小岩井さん。出来れば私の能力を、どんな風に感じたのか、後で教えてもらえないかしら?」
「う、うん。でも、ほ、本当なのね……」
そして、ここにきて小岩井も完全に異能のことを信用し始めたようだ。
ちなみに正のバカは、もうすっかりその気になっているようで、両こぶしを握り締めてわくわくしており、楽しみで仕方ないといった様子だ……。
「それじゃぁ、行くわね……カバディカバディカバディ……」
貴宝院さんが呟き出すと、正と小岩井の貴宝院さんを見つめていた二人の目が、徐々に虚ろになっていきます。
「あ、動画撮っておけば良かったな……」
ただ、僕が呟く言葉はしっかり認識してるようで、
「あん? 動画なんて撮ってどうすんだ?」
正よ……その「あん?」は僕じゃなかったら、心臓が止まるぐらい顔が怖いから気をつけような。
「ん~あとで説明するから、ちょっと今は待って」
とりあえず今色々説明してもややこしくなりそうなので、そう言って正は放置しておく。
「うっ……な、なんか変な感じ……何か忘れたような……。でも、思い出せない……」
小岩井の方は、意識的に貴宝院さんのことを覚えておこうとしていたみたいだけど、それでもそこにいた事がわからなくなっているようだ。
つまり、透明人間みたいに見えなくなるだけなのと違って、目の前にいるのに、今そこにいると言うことも含めて、まるで存在そのものを遡って認識できなくなるような、そんな感じだろうか。
どうやら貴宝院さんの能力は、思っていたよりもずっと強力な能力なようだ。
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